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ボヘミアン・ラプソディの大ヒット、賛否両論にフレディが笑っている

死もロックスターとして演じきったフレディの苦悩、悲劇を極力排除した映画はクイーンにふさわしい物語だ

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大変なヒットである。

ずっとファンであったかと言われると80年代前半は非常に怪しいのであるが、最初に好きになったバンドがクイーンである僕は、それから、40年後の現在でもクイーンがこれほど話題になり、人気が更ににあがっていくであろうことが素直にうれしい。

これがファン心理というものなのかもしれないなどど今更思う

一方、正直にいうと、この大騒ぎに、この大ヒットに、逆にいつからこんなにクイーンはビックなバンドになったのかと不思議でもある。
クイーンは賛否両論当たり前のバンドであったからだ。

社会現象として、映画がテレビでも取り上げられる一方、クイーンらしく賛否両論もある。大絶賛の嵐のなか、一部には、事実と違う、フレディの苦悩を描きたりない、あまりに単純なストーリーであるという意見。

この社会現象、映画の大ヒット、賛否両論に、亡きフレディは、
【それがクイーンだよ。ジョービジネスだよ。最高だよダーリン】
と笑っているに違いないと確信している。

40年前、ひたすらクイーンのアルバムを買い続け、貪るように聴きまくった。
当時の中学生が2,500円のアルバムを買うということは重大な決断であり、だからこそ購入したアルバムは擦り切れるまで聴きまくり、ライナーノーツを暗記するほど読み込んだものだった。

初期のアルバムはライナーノーツは大貫憲章さんが書いていて、英国のロックジャーナリズムは、「小便桶」と酷評しているが、とにかくクイーンは素晴らしいと記述されていた。

ロック初心者で、ロックジャーナリズムなどの存在もよくわからなかったが、大貫さんの言葉に僕は大いに勇気をもらった記憶が鮮明に残っている。

クイーンというバンドは、デビュー当時から、グラムロック、ハードロック、プログレにカテゴライズできず、更に、フレディの美意識であるオペラ、バレエの要素まで取り込んだ音楽の多様性、異形性≒唯一無二の音でありながら、大仰すぎる楽曲とエンターテイメントに徹した姿勢が物議をよぶ常に賛否両論のバンドだった。

僕はクイーンの最高の名盤はいまでもQueenⅡであると考えている。

A面がブライアン作の楽曲中心(1曲のみロジャー作)のSide White
B面がフレディ作のSide Black
組曲的、メドレー的な曲でトータル・コンセプト風な構成でプログレッシヴ・ロックの体裁であるが、コンセプト的なのは音だけである。
Side Blackの音の快感はまさにクイーンにしか作れない音だ。

QueenⅡ Side Black

Ogre Battle(作 フレディ・マーキュリー)
The Fairy Feller’s Master-Stroke (作 フレディ・マーキュリー)
Nevermore (作 フレディ・マーキュリー)
March of The Black Queen (作 フレディ・マーキュリー)
Funny How Love Is (作 フレディ・マーキュリー)
Seven Seas Of Rhye (作 フレディ・マーキュリー)

現在、聴いてもハードロックとプログレとの融合を試みた革新的で音である。しかし当時の論調は、そのハードロック的要素は、根底にブルースがなく、暴力的なカタルシスを象徴するシャウト、ギターソロがないこと、プログレらしいシリアスな哲学的な歌詞の要素も皆無であることを「小便桶」と酷評したのだ。
しかし、ロック初心者である僕は、聴いたことのない不思議なボーカル、ギター、コーラスによる複雑な構成と他のバンドにない疾走感で貫かれた異形の音に圧倒された。

以降のアルバムで徐々にあらわになるが、クイーンはクイーンにしか出せない、オリジナルな音を求め続け、音の構築美によって得られる、快感を徹底して追求した非常に音楽主義的なバンドである。
その最初の頂点が、アルバム A Night at the Operaであり、シングル Bohemian Rhapsodyだ。

クイーンは、ひたすら過剰で大仰でドラマティックな音を構築し、その音でリスナーを圧倒することを目的としたバンドなのだ。

僕は、ボヘミアン・ラプソディを観て号泣した。
フィクションが盛り込まれているとわかっていても泣けてきたのだ。
ただひたすらにドラマティックに描かれる映画は、あまりにクイーン、フレディらしかった。
スターであり続けることを望んだ、フレディをクイーンをドラマティックに演出する映画であると理解していても、この物語こそ僕が熱狂し、今でも愛し続けるクイーンでありフレディなのだと心の底から感動し泣けてしまった。

出自、宗教の苦悩については、フレディがフレディ・マーキュリーと名乗った場面で推し量るしかない。
セクシュアリティについての苦悩は成功とともに徐々に明らかになっていくが、フレディのロックンロールライフは、かなりコーティングされ、マイルドに描かれている。
クイーンがデビューまでに時間がかかったことや、前述したデビュー直後に酷評されたことも描かれてはいない。
ひたすら成功を目指し、順調にスターの階段を駆け上るクイーンとして描かれている。
映画は、サクセスストリーであり、死を覚悟したフレディの時間もドラマティックすぎる描き方:ライブエイドの出演という時期を設定している。

しかし、このフィクションを盛り込んだ映画だからこそ、ロックスターとしてのクイーン、フレディの実像をより実感できるふさわしい物語に仕上がっていると思うのだ。
 

フレディの実像の多くの事実は、フレディのインタビューや死後に発表された書籍で一部分で感じ取るいがいはない。
フレディは生涯、その事実に直接的に触れることはなかった。
その事実をもっとも身近で感じていたブライアンとロジャーは、フレディの苦悩を前面に押し出した悲劇の物語の映画にすることをしなかったのだと思う。
そして、クイーン、フレディをファンが求める姿で描くことを徹底したのだ。

クイーンは、特にフレディは、リスナーの観客の感動のみを目的にしたバンドであった。
だから、フレディはエンターテイメントとしてのロックを求め続け、エンターテイナーであり続けることを望み、クイーンは楽曲もステージもはひたすら大仰に過剰にドラマチックであり続けること自らに課し続けた。

クイーンはエンターテーメントを求め続けたからこそ、PUNK、Disco、打ち込みと時代の音と向き合い続け、ヒットを飛ばし続けることができた。
その姿勢は、フレディの生きざま同様に、刹那的な快楽主義でもあった。
故にジャーナリズムの格好のターゲットにもされた。

しかし、フレディの美意識は、ジャーナリズムの上をいく徹底ぶりだった。フレディは自分の死さえも(適切な表現だ思い浮かばないのだが)エンターテイメントとして仕立て上げてしまったのである。

自身の死をも完璧にコントロールし、それを悲壮感なく世界を驚かせたのは、フレディとデヴィッド・ボウイである。

フレディは 完璧なラストアルバムInnuendoをデヴィッド・ボウイは★を死の直前に発表し、ファンを熱狂させ、そして、突然、いなくなった。
音楽に向かう姿勢も観客のイメージもジャーナリズムの扱いも全く異なる2人だが、そのふたりに共通している点がある。
それは、最後まで、スターであり続けることを望んだ点だ。スター至上主義。

フレディが自分のアイデンティの苦悩に苦しんだ人間であることは現在の僕達は垣間見ることができるが、フレディは其の事実を秘匿とした

自分が当時の不治の病であることも公開しなかった。
それは、フレディが目指したロックスターではなかったからだ。

世界中のファンにステージに集まった観客にフレディが思い描いたロックスターを
一生演じきることを目標にしたのだ。

そしてファンはロックスターとしてのフレディをドラマチックで過剰なほど大仰な
クイーンを愛したのだから、ボヘミアン・ラプソディ という映画はクイーンらしい
美意識で貫かれた素晴らしいエンターテイメントであるのだ

The Show Must Go On (作詞 フレディ・マーキュリー)

The show must go on
The show must go on

I’ll face it with a grin
I’m never giving in

On with the show
I’ll top the bill
I’ll overkill

I have to find the will to carry on

(On with the show)
show –
The show must go on…

葛藤を抱えながら、刹那的な快楽主義者を演じきり、クイーンの音楽を自らさえも使い捨てと言い切ったフレディは自身の死さえもエンターテイメントにして観せた。
そんなフレディのたったひとつの計算違いは、未だにクイーンというバンドが、フレディが愛され続けていることかもしれない。
しかし、その死の直前に The show must go on  と言うメッセージを残したフレディは、未来も自分がファンを熱狂させること望んでいたのかもしれない。
それは、もうわからない

中学生の僕は50歳をすぎて、クイーンを聴き続けているとは、考えていなかった。
フレディ僕も計算違いをしたよ

来年にはアダム・ランバートとツアーを再開するというクイーンを僕は今から楽しみに待っている。

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