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2017年5月11日

だーいし。 (22歳)

どれだけ痛くても、必ずまた笑える日が来ると高橋優は歌う

どれだけ今が辛くても

 4月1日、僕は高橋優のアリーナツアーへと足を運んだ。
CDやウォークマンで良く聴いていたが、実際にライブを観たのはこれが初めての事だった。

CDでも分かる、高橋優の【人間らしさ】はライブではより一層に輝きを増していた。

人間を信じる事を、人を好きになる事を、それでも生きる選択をする事を、止めてはならない。
そういう強いメッセージを持ったライブだった。
 

〈福笑い〉で一躍有名になった高橋優は、一般的に明るい曲を歌うイメージが強いだろう。

だが、本当はそうではないのだ。
それと同じ程に暗い曲を歌うのが彼の持ち味で、【人間らしさ】なのだ。

〈CANDY〉という楽曲がある。
〈毎日のように差し出された キャンディの味を僕は忘れない〉
という1節はかなり、重い。
これはイジメを受けている子供の心境を歌った曲で、キャンディは絵の具を指しているからだ。

衝撃的だった。
痛みが、音になって僕の耳に流れ込んできたように感じた。

そしてこれは同じ経験をしている人がいるかもしれない、フィクションでは無い現実だと思うとその痛みは数倍にも僕の中で膨れあがった。
 

また〈誰もいない台所〉という楽曲では、別れた男の孤独を痛切に歌っている。
〈追い掛けていた夢など 諦めていい気がした 君とならば それでいいなって思えた〉

という歌詞に、楽曲に、僕は何度も涙を流した。
時を遡る。聴いていた当時、僕は高校生だった。
大好きだった子に人知れずひっそりと振られて、その痛みをどうにも昇華出来ず
ズキズキと響く胸の痛みにひたすら耐えていた。
その痛みや孤独を溶かしてくれたのが、〈誰もいない台所〉だった。

正確に言うと僕は付き合うまで至らなかったので誰もいない台所という経験をした理由では無い。

それでもこの曲の背景を想像し、我が身に置き換えて、枕を濡らしたのであった。
情けない程に涙を流した僕はいつの間にか立ち直っていて、ブッフェのレストランかのように、クラスの女子に目移りする普通の高校生活を送った。
痛みはすっかりただの傷口に変わっていた。
 

僕が高橋優に惹かれ続けて、ふと思ったのは
彼は人一倍、【傷】に敏感なのだ。

被害者はもちろんだが、被害者でなく加害者ならではの痛み。
草木を照らし続ける、自らを燃やす太陽の孤独。
『仕事が面倒くさい』と思いながらも、きちんと生きる人間の本音。

どの人にも、どの場面にも、平等に【傷】が存在する事を彼は歌い続ける。
傷ついているのは自分だけでは無い、と思うと不思議と気持ちが楽になった。

そして高橋優はその【傷】の後には、明るい未来がある事を教えてくれる。

〈『鉄が空を飛べるはずがないじゃん』と嘲笑った 人々にライトブラザーズがやってのけたこと〉〈希望の歌〉

〈愛し合っていけるさ 何が起こったって過ぎ去りゃ昨日よ〉〈BE RIGHT〉

〈手を出されて泣いたっていいから 世間体なんてカスだから〉〈駱駝〉

〈大した事ないさ 何もかも順風満帆だ これくらいがどうしたと大きく胸を張れ〉〈リーマンズロック〉

と書き連ねていけばキリがない程に高橋優はひたむきに希望を歌い続けている。

日陰でひっそりと生きる嫌われ者にも、普通の人にも、過去を越えようと足掻いている人にも、公平に光が射す事を高橋優は歌う。

痛みも希望も、平等だ。
誰1人として置いてけぼりにさせない音楽が高橋優なのだ。

僕は最近、仕事で失敗をした。
上司にこっぴどく怒られて、自分には才能が無いんだと悟った。

もういっそのこと、電車にでも飛び込んでしまおうか…

と思い詰めてしまう程に僕は凹んだ。
現実にはそんな事は出来ず、いつものように満員の電車に揺られて最寄り駅へと僕は流された。

明日会社に行くのが憂鬱で、家に帰る事すらも躊躇われた。
もうこのまま何処かへ逃げ出してしまいたかった。

だが身体は正直者で、それだけ心が凹んでいようとも、胃袋はいとも簡単に食料を求めてくる。

僕は空腹と凹んだ心を引き摺ってヨロヨロと牛丼屋へと入った。
牛丼の並をオーダーし、それはすぐに目の前へとやって来た。

胃袋は食べたがっているのに、心はそれを強く拒絶した。

『あれだけ失敗をしたのに1人前にご飯なんて食べるの?』

という心の声が脳に響き渡っていた。

周りの人からすれば異様な光景に見えただろう。
だが本人としてはとんでもない葛藤の渦中に立たされていたのだ。
 

店内にはラジオ放送が流れていた。
聴いた事のあるイントロに僕はハッと現実に引き戻された。
流れていたのは〈明日はきっといい日になる〉だった。

難しい事は一切無く、ただひたむきに〈明日はきっといい日になる〉と繰り返し続けるラジオ放送。
 

〈明日はきっといい日になる〉

お前に何が分かるんだよ。

〈悲しみはいつも 突然の雨のよう 傘も持たずに 立ち尽くす日もある〉

無責任な事言うなよ。

〈降られて踏まれて地は固まる そこに陽がさせば虹が出る〉

明日なんて来なければいいのに…
 

〈まぁいっかと割り切れなければ とっておきの笑い話にしよう〉

〈明日はきっといい日になる いい日になる いい日になるのさ〉

〈今日よりずっといい日になる いい日になる いい日にするのさ〉
 
 

いつだろうと、どこだろうと、明るい未来を歌い続ける音楽は、僕の中で反発と希望を生み出した。
それらがごちゃごちゃになって整理がつかなくなった。

人生は上手くいかない。幸福が不幸の数を数えていったら不幸のが多いかもしれない。
それでもやっぱり、未来を信じて生きていたい。
僕は堪らなくなって涙を流した。

男が牛丼屋で牛丼も食べすに突然涙を流す。
滑稽な映像だったと思う。

だが僕はあの牛丼に、高橋優に、救われたのだ。
どんな状況下であれ、明日を、未来を、信じる事。
自分を信じる事。
何事もいつか笑えるようになる日が来る事を、強く強く教えられた。

涙を流しながら食べた牛丼は少し、しょっぱかった。
食べる事は、生きる事だ。
笑う事は、決して1人では無い証拠だ。
不幸だと感じる事は、次に幸福をより大きく感じる為のスパイスだ。
 
 

僕は生きている。生かされている。
人生は上手くいかない。
きっとまた、死んでしまいたいと思う日は訪れる。

それでも。そうだとしても。明日はいい日になる。
そう願って僕は生きていきたい。

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