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Pop Virus感染者のカルテ

星野源の描く桃源郷

2016年10月。兼ねてより勢力を伸ばしていた一つのウイルスが日本中でパンデミックを起こした。そのウイルスはありとあらゆるメディアや音楽チャートに蔓延、人々の脳みそに寄生した。そのウイルスの名前は「恋」という。

(感染)

かくして僕は星野源という1人のアーティストを知ることになる。当時中学2年生だった僕は「周りと違うもの」が大好きというひねくれた性格の持ち主だった。友達こそいたが、音楽や大好きな小説は誰にも喋らずに独りでコソコソと楽しんでいた。当時からSuchmosやぼくのりりっくのぼうよみ、米津玄師(当時はまだそんなに知名度は無かった)が大好きだったし、色んなバンドの新譜が出る度に友達と遊ぶよりCDを開封する事を最優先した。テレビでは一発屋芸人達が打ち上げ花火の様に現れては消えていき、音楽番組は同じ様なアーティストを繰り返し舞台上に上げる。周りの人間がそれに合わせて好きな音楽、映画を変えていく。そんな構図が嫌で嫌で仕方なかった。だから皆が口ずさむその「恋」のメロディーに自然と嫌悪感を抱いていた。

なにが恋ダンスだ。

なにが逃げ恥だ。

そんな僕が星野源というアーティストを知るのはそれから少し後になる。
ある日、いつもの様にYouTubeを歩き回って知らないアーティストのMVをチェックしていた。あなたへのおすすめに出てきた1本の動画、昭和チックなアニメのサムネイルに惹かれ、何気なくそれをクリックした。途端に音の波が待ち構えていたように鼓膜に襲い掛かってきた。そのウイルスの名前は「地獄でなぜ悪い」という。

《嘘でなにが悪いか 目の前を染めて広がる ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ》

途端に独特の視点から描かれた、厭世観と楽観の入り交じった歌詞の虜になった。星野源というアーティストから産まれたウイルスに感染した瞬間である。

《誰かこの声を聞いてよ 今も高鳴る体中で響く 叫び狂う音が明日を連れてきて 奈落の底から化けた僕をせり上げてく》

次に聴いた「化物」では一度聴いただけでは全てを理解出来ない歯痒さに苛まれ、何度もリピートしてしまった。
そして、「恋」に行き着いた。

《恋をしたの貴方の 指の混ざり 頬の香り 夫婦を超えてゆけ》

このフレーズを聴いた時、全身の鳥肌が立つ感覚を覚えた。夫婦を超えていく。たった一言でドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の伝えたいメッセージが浮き上がってきたように思えた。気が付けば嫌悪感は揉みほぐされてどこかへ消えていた。そして、自分の中に根付いたウイルスだけが残された。

(発症)

ウイルスに感染した僕は星野源に関する作品を出来る限り集めた。彼がソロ名義で活動する以前に結成していたSAKEROCKはインストバンドの中で1番好きなバンドになった。彼が執筆したエッセイを読み漁り、オールナイトニッポンも聴ける日には聴いた。星野源というアーティストに感染した事でYellow Magic OrchestraやEARTH WIND & FIREを知って音楽の幅も広がった。次第に星野源という1人の人間に惹かれていった。
・飾り気のない優しいお兄さん
・下ネタを連発する
・思春期を音楽に救われた
親しみやすいアーティスト像に親近感が湧いたし、何より1曲を通しての創作への姿勢に感銘を受けた。
Mステに出演した時の事である。彼は新曲「Family Song」についてこう語った。

「家族って、漠然と血の繋がりだと思ってたんですけど、よく考えたら夫婦って、血つながってないじゃないですか?だから血の繋がりとか関係ないなと思って」

「あと例えば、両親が同性同士の家族だったりっていうのも、これからどんどん増えてくると思うんですよね。そういう家族も含めた、懐の大きい曲を作りたいなと思って作りました」

ふと「Family Song」の歌詞の中にある

《血の色 形も違うけれど》

というフレーズが脳裏をよぎった。多くの人が触れる作品だからこそ多くの人に届く作品に。自身のプロダクトに対する細やかな気遣いとこだわり、聞き手を選ばない寛容性が、ヒットしている1つの要因なのかもしれない。

その後、彼は「アイデア」をリリースした。これはNHKの連続テレビ小説「半分、青い。」の主題歌としてタイアップをしており、オープニングを見た限りではマリンバの音が心地よいアップテンポのポップチューンだな~としか感じていなかったが、フルverを聴いて予想を遥かに裏切られた。1番は「表層的な感情の朝」2番は「内向的な感情の真夜中」を表現しており、Cメロではアコギ1本で奏でられる。独特の構造をもった曲だが、キャッチーなサウンドなのでするすると耳に馴染む。どうしてこの様な感触を感じるのだろうか?星野源の音楽の根底には前世代から親しまれてきたポップミュージックがあると、本人は語っている。そしてそれらは「踊れる曲」であると。
ライブを観ると、アーティストが手を振ればオーディエンスも一緒に同じ動きをする。コールアンドレスポンスの言葉も統一されている。一方、星野源のライブでは本人が「踊ろう!」と言っている。星野源と同じ動きをする人は他のライブに比べ、少ないのではないかと思う。音楽や芸術に親しむ時、人は「ある種の解放感」を求める。(少なからず自分はそう)画一的な社会から抜けだして自分の心の赴くままに街を闊歩できたらどれだけ楽しいだろう。バブル時代のディスコでは、それぞれがそれぞれの踊りを踊っている。本当は皆、自分の踊りを踊りたいのかもしれない。彼の音楽や言葉には「君の好きなように踊ってよ!」という様なメッセージが込められているよくな気がする。(それらは前述した寛容性に通ずる部分でもある)彼の音楽がより多くの人の心に感染していくのはそういった踊りたい衝動を掻き立てるのではないだろうか。

「Pop Virus」のMVを初めて観た時、自分の中にポップという音楽が先天的に感染していたんだなと感じた。本人の経験から制作された電車内でのフラッシュモブを描いたこのMVは、日本の音楽が国籍を問わず人々に感染していく様子を描き出している。音楽に国境はないという言葉があるが、それを体現したMVでもあると思う。最近知り合った外国人はYellow Magic Orchestraが大好きだと言っていた。解放を求めて世界中の人々が色んなウイルスを愛しているのだ。

《口から音が出る病気 心臓から花が咲くように 魔法はいつでも 歌う波に乗っていた》

彼の音楽を通して教わった事が1つある。それは多くの人に受け入れられるもの=画一的ではないのだ。誰かの心に寄生して、寄り添う事の出来る。そんな作品が多くの人の心を掴む。

《音の中で 君を探してる 霧の中で 朽ち果てても彷徨う 闇の中で 君を愛してる 刻む 一拍の永遠を》

皆で一斉に、自分の踊りを踊る。
彼の掲げるイエローミュージックとはそんな素敵な桃源郷を作りだす、魔法の種なのかもしれない。僕はこの脳みそと感性に寄生したポップウイルスを、大事にしながら生きて行きたいと思った。

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