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宇多田ヒカルが紡ぐ、永遠に続く初恋

Laughter in the Dark Tourで見た希望と歓びの光

 
宇多田ヒカルが、12年ぶりに全国ツアーを行う。

そのニュースは突然飛び込んできた。
人間活動を終え、音楽活動に復帰してからは、実に8年ぶりのライブになるという。
行かない理由が見つからなかった。
ずっとずっと、待ち焦がれていた瞬間だった。

宇多田ヒカルに逢える。
 

初めてテレビで観た彼女は、聴いた事の無いようなお洒落なR&Bに合わせ、薄暗い部屋の中で踊っていた。
卓越した歌唱力に、印象的な眼差し、どこかエキゾチックな雰囲気。彼女から放たれるモノ全てが、異質に映った。
宇多田ヒカルという名は瞬く間に広がり、日本中の人が彼女の声の虜になった。

齢15歳で、だ。
当時まだ小学生だった自分にとっても、そのデビューが鮮烈だったことを覚えている。

歌の上手い人はいくらでもいるが、コレほどまでに才能と歌唱センスに溢れる女性シンガーを後にも先にも知らなかった。

いつか、この人の歌声を生で聴いてみたい。

そう思うのに時間はかからなかった。
 

それから月日が経ち、数多くのヒット曲を飛ばし続けた彼女は、人間活動と言う名の活動休止期間を経て、再び日本に戻ってきた。

復帰直後のアルバム「Fantôme」は、母親の死という大きな喪失を色濃く反映した彼女の傑作だった。

ブックレット片手に、そわそわと落ち着かない耳元にイヤホンを捩じ込むと、アルバムのファーストトラックである「道」が毅然と流れる。
最初の一音を聴いた瞬間に、心を奪われる。
まるでそれまでの空白の時間を取り戻すかのようにーーそんな時間など元より無かったかのように。
力強く、どこか切なげにヘッドホンから響いてくる彼女の声に、自然とため息が漏れた。

‪宇多田ヒカルが音楽シーンに帰ってきた。
しかも、以前より豊かさと強さを増して。‬
その事実に、心が躍った。
 

そして2018年、11月22日。
なけなしのビギナーズラックでチケットを手にした私は、どこか半信半疑な気持ちを抱えながら、日本ガイシホールへ向かっていた。

会場に入ると、オレンジ色に照らされたステージが見えた。
バンドセットと、ストリングスの席以外は特に何も無い、至ってシンプルな舞台装置。
それを眺めながら、多くの人達がどこかそわそわと落ち着かない様子でお喋りをしている。

アリーナ席の冷たいパイプ椅子に腰掛け、じっとその時を待つ自分の手のひらは汗ばんでいた。
可笑しな事に、ここまで来て彼女の存在自体を疑い始めていた。

本当に、今日この日にこの場所に彼女が来るのだろうか?
宇多田ヒカルは、本当に実在するのだろうかーー?
 

そんな無意味な問いかけをしていると、バンドメンバーとストリングス部隊が颯爽とステージに現れた。

そして、観客全員が待ちわびた視線の先に、彼女は現れた。

ざわつく会場を一蹴するように、
あまりにも静かに
漆黒の衣装を身に纏ったその姿を確認できるか出来ないか、
息継ぎをするような速さで。

彼女は歌い出した。
 

「あなた」という楽曲が始まった途端、シンプルなステージは言葉通り、彼女を支えるただの舞台へと化した。

そこに彼女が居ることで完成される世界に、周囲の息を飲む音がする。
剥き出しの愛情、決して揺らぐことのない確かな意志、祈りが切々と綴られた歌詞が、
これまで彼女が歩んできた人生や、その中で得た希望を物語っているように思えた。

『あなた以外なんにもいらない
 大概の問題は取るに足らない
 多くは望まない 神様お願い
 代り映えしない明日をください』

彼女の祈りには、いつもどこか孤独な気配を感じていた。
だけどこの曲には、愛する人が居る事への喜びや、愛する者の幸せを願う、無償の愛にも近い心情が歌われている。
自分は孤独ではない。そう思わせてくれる強さが、今の彼女にはあった。
サビの盛り上がりと共に、言い様も無い高揚感が身体から湧き上がってくる。
本物だ。
宇多田ヒカルは、確かに存在していた。

「随分前から、この日の為に予定を空けていてくれてありがとう。」

曲が終わると、恐ろしく謙虚な言葉で、どこか戸惑ったように彼女は笑った。
歌っている時よりもずっと緊張した面持ちで、ポツリポツリと自分の心境や感謝の言葉を述べ、時折あどけない少女のような表情を見せる。
会場全体が彼女の言葉に熱心に耳を傾け、時には温かく拍手を送った。

不思議な人だなぁと思った。

自分とは到底違う環境に育ち、理解出来ないような苦しみや孤独を味わって、人生の酸いも甘いも経験している成熟した大人なのに。
幼い少女のような透明感を纏っているように見える。
 

ライブも終盤に差し掛かり始めた頃、彼女が少し緊張した面持ちで改めてマイクに向かい合い、ゆっくりと歌い始めた曲に、会場中の感嘆の声が漏れた。

「First Love」は言わずと知れた、彼女のヒット曲だ。
19年経った今、この曲を歌う彼女が観れる事を、色褪せぬ事のないこの歌声を聴ける事を、昔の自分が知ったらどう思うだろうか。
時代を感じさせる事の無い、直接心の内側に響いてくるような感傷的なバラードに、永遠にこの時間が、この音楽が続けば良いのに、と願わずにはいられない。

会場が曲の余韻を引きずるのを尻目に、彼女は続けざまに、アルバムのタイトルトラックでもある「初恋」を歌い出した。

震えるような歌声に聴き入りながら、私はある音楽番組で、彼女が今回のアルバムの「初恋」というタイトルの意味について言及していたのを思い出していた。
そこで、恋を明確に自覚したことがないと言う彼女は、自分の初恋は両親なのだと語っていた。
 

『小さなことで喜び合えば
 小さなことで傷つきもした

 狂おしく高鳴る胸が
 優しく肩を打つ雨が今
 こらえても溢れる涙が
 私に知らせる これが初恋と』
 

恋をする対象や、それによって築かれる人との繋がりや関係性は、その人それぞれだ。
もしかしたら、恋だと自覚するよりも先に、誰かや何かに想いを寄せ、喜びを感じる瞬間が人生のどこかにあったのかもしれない。

初恋、というのは彼女自身にとって変わる事の無い永遠のテーマであり、20年という時が経った今でも、掲げ続ける意味がある言葉なのだ。
それは恐らく、彼女という人間そのものを形成した根源である、両親に向けた愛そのものでもある。

だからこそ、その言葉は純粋で美しかった。
同時に、どこか懐かしさを覚えずにはいれなかった。
まるで遠い昔の、幼い頃の彼女の想い出に触れているような。
叙情的な歌詞が、少女だった彼女自身のまま、綺麗な宝物のように、自分の心の琴線に触れていく。

『もしもあなたに出会わずにいたら
 私はただ生きていたかもしれない
 生まれてきた意味も知らずに』

涙が溢れて止まらなかった。
あまりにも美しい歌だと思った。
 

全ての曲が終わり、最後まで深々とお辞儀をする彼女を、今日一番の歓声が包み込む。
会場中に、彼女への愛と賞賛の雨が降り注いでいた。
ステージの真ん中で静かに微笑む彼女は、どこか満足そうにも見えた。

来て良かった、と心から思えた。
 

15歳で鮮烈なデビューを果たした少女は、多くの別れや出会いを経験し、1人の母親となり、再び表現者として私達の前に戻ってきた。

人生という長いトンネルのような暗闇の中で彼女が見出した希望や祈りは、きっとこれから先も物語の1ページのように、私達の心に語りかけ、寄り添い続けていく。

この先の宇多田ヒカルが、どんな道を歩み、どんな足跡を残していくのか。

彼女という光を、見届けていきたい。

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