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Queenという未知との出会いをくれた「ボヘミアン・ラプソディ」

映画「ボヘミアン・ラプソディ」と、楽曲「Bohemian Rhapsody」の歌詞考察

Queenとフレディ・マーキュリーの生涯を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』。

Queenのことはほとんど何も知らなかったが、予告を見た時にこれは観に行くべきだと思い試写会に応募、公開前に観られることになった。

そして、その後2回”おかわり”をし、計3回観に行ったことになる。

私の前知識といえば、有名な『We Will Rock You』や『We Are The Champions(伝説のチャンピオン)』など1,2曲は聴いたことがある程度だった。
フレディ・マーキュリーの短髪・髭・タンクトップという風貌はテレビで誰かがモノマネしているのを見たことがあったが、恥ずかしながら、亡くなっているということすら知らなかった。
 
 

映画は、フレディがライヴ・エイドのステージに立つところから始まる。
『We Will Rock You』のようなロックのイメージが強かったので、冒頭から流れる『Somebody To Love(愛にすべてを)』の、まるで讃美歌のように美しいハーモニーに魅了された。
 

空港で働いていた青年は、ライブハウスで大学生バンドのスマイルと出会う。
ボーカルが脱退したことを聞かされた彼は、その場で『Doing All Right』を歌ってみせる。
そうしてボーカルに抜擢、ギターのブライアン・メイとドラムのロジャー・テイラー、新たに加入したベースのジョン・ディーコンと共にステージに立つ。

バンドに加入して初めてのライブで披露したのは『Keep Yourself Alive(炎のロックン・ロール)』。
マイクを振り回し自由に動き回る新顔に客は呆れ顔、おまけに歌詞を間違えてメンバーに怒られる始末なのだが、「ありのままに生きろ」と歌ういきいきとした彼の姿に惹きつけられた。
 

その後、アルバム『Queen(戦慄の王女)』を制作。
新しい音を探求して様々な手法を試していく『Seven Seas Of Rhye(輝ける7つの海)』のレコーディングシーンはワクワクした。
 

そして、1974年に発表した『Killer Queen』がヒットし、活動が広がっていく中、アルバム『A Night at the Opera(オペラ座の夜)』を制作。
映画のタイトルである『Bohemian Rhapsody』と、この映画のストーリーのキーとなる『Love Of My Life』の2曲に焦点をあてて制作の過程が描かれている。

バンドの自信作『Bohemian Rhapsody』は「6分もある曲はラジオでかけてもらえない」とレコード会社に切り捨てられるが、見事に大ヒットを記録した。
 

私は、この曲を聴いた時に衝撃を受けた。
これまで、ロックとオペラというのはあまり似ても似つかない、対極にあるものだと思っていたのだ。
ジャンルにとらわれず色々なテイストを取り入れるアーティストは多くいるが、リリースから40年以上経った今聴いても、この『Bohemian Rhapsody』は型破りな楽曲という気がする。
さらには、Aメロ→Bメロ→サビといったようなパターンがなく、アカペラ→バラード→オペラ→ハードロック→バラードという構成になっている。
重厚なコーラスはすべてメンバーが歌っており、何重にも重ねて再現されているということにも驚いた。
電子機器が発達している今と比べると手法も少ない中で作られた楽曲とは思えない。

そして、この『ボヘミアン・ラプソディ』の歌詞には謎が多い。
映画の中でも訳が分からないと酷評されていたが、「歌詞はリスナーのものだ」という台詞があったので、この曲を私なりに解釈してみた。それについては後述しようと思う。
 

その後もQueenはロックスターとして階段をかけ上っていく。
世界的人気を集め、各国でライブを行い、次々にヒット曲をリリースする。

ブライアンの「観客も演奏に参加してもらいたい」という思いから生まれたのは『We Will Rock You』だ。
あの“ドンドンパン”のリズムに合わせてスタジオからライブ会場に切り替わる場面は圧巻だった。

「シンセサイザーを入れたディスコ調の曲を」というフレディの方針に「Queenの音じゃない」と反論するロジャー。
二人の言い合いを鎮めたのは『Another One Bites the Dust(地獄へ道づれ)』のベースリフだった。

名曲が生まれた瞬間を目撃することができるのは、この映画の見どころの一つである。
 

それと同時に、Queenのナンバーと合わせて描かれるフレディの私生活。
性的マイノリティであることの自覚、恋人との別れ、次第に募っていく孤独…

音楽ではないパーソナルな部分に注目されることも多くなり、やがて同じ日々の繰り返しに疲れたフレディは、しばらくソロで活動することを決めた。
 

普段洋楽に馴染みのない人でも名前を知っていて、みんな一度はどこかでQueenの曲を聴いたことがあるはずだ。
それほど世界的に有名なフレディは、一般人とはかけ離れた存在に思える。
しかし、実際は多くのコンプレックスを抱え、周りとの違いに悩み、もがいていたのだ。
そんなスターの”人間くささ”に共感を覚え、彼をいとしく思える。
 

そして1985年、アフリカの飢餓を救うチャリティーイベント『ライヴ・エイド』でQueenは華麗なる復活を遂げる。
ラスト21分は鳥肌が立ちっぱなしだった。情熱的な音楽に心が震え、自然と涙が溢れた。
私の他にも同じようにハンカチで目を抑えている人がいた。
スクリーンを観ている全ての人が音楽に聴き入ったこの時間は、映画館がライブ会場に変わっていた。
 

病気の発覚から残された時間は長くなかったが、最期までQueenのボーカリストとして人生を全うしたフレディ。

Queenや曲のことを調べてから観た2回目以降は、至るところにフレディの魂を感じることができた。
そして、エンドロールで流れる『The Show Must Go On』に涙が止まらなかった。
 

おそらくフレディは、とても真っ直ぐな人物だったのだと思う。
自分を愛し、”家族”を愛し、音楽を愛し、ファンを愛していた。

そんなあたたかい心を持った彼だからこそ書けた曲がたくさんあり、それが今も私たちの心を打つのだと思う。
 

Queenはメンバー全員が作曲していることもありバラエティに富んでいて、『Bohemian Rhapsody』を始め「音楽って面白い」と思わせてくれる曲がたくさんある。

Queenが与えた衝撃というのは、当時を知っているわけではないので想像するしかないが、おそらくそれまでのロックの概念を覆したバンドなのではないだろうか。
影響を受けたアーティストも少なくないことだろう。
しかし、後にも先にもQueenはオンリーワンの存在であり続けていると思う。
 
 

そしてここからは、先述のとおり『Bohemian Rhapsody』の歌詞を考察し、あくまで私の解釈として書いてみたいと思う。
 

<Is this the real life? Is this just fantasy?>
―これは現実なのか?幻想なのか?―

<Caught in a landslide, no escape from reality
Open your eyes, look up to the skies and see>
―地すべりに遭うように 現実からは逃れられない
目を開けて 空を見上げるんだ―

この一節は、小説でいうプロローグのような役割をしている。
私は「現実か幻想か分からない話をするが、これは現実を元に作られている」という前置きとして捉えた。
 

<I’m just a poor boy, I need no sympathy
Because I’m easy come, easy go, little high, little low
Any way the wind blows doesn’t really matter to me, to me>
―僕は貧しい少年 同情はいらない
なぜなら僕は行ったり来たり 上がったり下がったり
どっちみち風は吹くんだし、僕にはたいしたことじゃない―

この曲を一つの話として考えた場合、この部分は、実は最後のバラードパートの頭にくっつくものなのではないかと思った。
 

<Mama, just killed a man
Put a gun against his head, pulled my trigger, now he’s dead
Mama, life had just begun
But now I’ve gone and thrown it all away>
―ママ 人を殺してしまった
頭に銃をつきつけて 引き金をひいたら彼は死んだんだ
ママ 人生始まったばかりなのに
僕はすべてを捨てたんだ―

この曲の中の主人公が実際に人を殺したという話ではなく、この告白は、主人公が自分の生き方を懺悔していることを表しているように感じる。
 

この後にオペラへと転調するが、このパートはまさに呪文のような詞であり、主観的な視点と客観的な視点が混ざっているのが特徴だ。

<I see a little silhouetto of a man>
―小さな男の影が見える―

この小さな男というのは、

<He’s just a poor boy from a poor family
Spare him his life from this monstrosity>
―彼は貧しい生まれの貧しい少年
この奇怪な人生から救ってやろう―

と主人公をかばい、そうかと思えば、

<Bismillah! No, we will not let you go>
―神に誓って許すわけにはいかない!―

と強く主張する。

正反対のことを言っているが、どちらの台詞も”小さな男”という同一人物の言葉であり、その”小さな男”とは主人公の中に住んでいる別人格なのではないかと思った。
つまり、すべて主人公の頭の中で行われるやりとりである。
 

そう考えると、

<So you think you can stone me and spit in my eye?
So you think you can love me and leave me to die?
Oh, baby, can’t do this to me, baby!
Just gotta get out, just gotta get right outta here!>
―僕に石を投げるつもりなのか?僕の目に唾を吐くつもりなのか?
愛した後に死なせるつもりなのか?
僕にそんな仕打ちができるのか?
すぐに出て行かなきゃ
今すぐここから出て行かなきゃいけないんだ―

ここもすべて自分との会話だと考えることができる。
自問自答を繰り返し、現状から抜け出さなければいけないと心に決めたのだ。
 

そして再びバラード調に戻る。
先ほどの<I’m just a poor boy, I need no sympathy>からの一節をここにくっつけて考えてみると、なんとなく読み取りやすくなった気がする。
 

<Nothing really matters, anyone can see
Nothing really matters Nothing really matters to me>
―たいしたことじゃないさ 誰にでもわかる
たいしたことじゃない
僕にはたいしたことじゃないんだ―
 

他人の目なんてたいしたことじゃない、自分の気ままに生きればいい。

<Any way the wind blows>
―どっちみち風は吹くんだから…―

もしかしたら、そんなメッセージが込められたのかもしれないし、あるいはフレディ自身の決意だったのかもしれない。
 
 

映画が終わった時には、全く知らなかったはずのQueenを、フレディを、大好きになっていた。

どれだけ願ってもフレディが生きていた頃に戻ることはできないが、彼が残した素晴らしい音楽を聴いて想いを馳せることはできる。

Queenに出会わせてくれたこの映画に、とても感謝している。

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