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BUMP OF CHICKENとともに生きる

彼らが紡ぎ出す世界

私がBUMP OF CHICKENの音楽と出会ったのは、中学生の頃だった。周りに彼らのファンはいなかったように思う。いや、周りに”私はBUMP OF CHICKENのファンです”と公言する人がいなくて、自分も公言する勇気がなくて。ジャニーズみたいな、有名なアーティストが好きな友達が多くて、”周りと違う”が怖かった。思春期真っ只中だった私は、”少し大人な世界観”を作り出す彼らを、”好きだー!!”って、いうのが恥ずかしくて。
だけど、今になって気づく。私は、彼らの紡ぎ出す世界観を共有する友人が欲しかっただけだった。

その頃一番よく聴いていた曲は、「ランプ」。
この曲の冒頭、彼らはこんな風に紡いでいる。

小さく震える手にはマッチ 今にもランプに火を灯す
とまらぬ泪を乾かすタメ ようやく振った なけなしの勇気
───「ランプ」

周りに自分の「好き」をアピールできない、当時の私に足りなかったもの。それは、どんなに孤独だって、怖くたって、「小さく震える手」の中にある「なけなしの勇気」を振るうこと。
中学を卒業し、高校に入っても自分を周りと同じ色で固めていた。「Hello,world!」ではずっと変わらない、いや、変われない自分をズバズバ言い当てられる。

選んだ色で塗った 世界に囲まれて
選べない傷の意味はどこだろう
ご自分だけがヒーロー 世界の真ん中で
終わるまで出突っ張り ステージの上
どうしよう 空っぽのふりも出来ない───「Hello,world!」

変われなくて、なけなしの勇気すら振るえない。ランプに火を灯すことさえもままならない私は、実は自分の世界を同じ色で固めて、ご自分だけの世界でヒーローになりきってしまっていたのかもしれない。自分の見えている世界には、自分しかいなかった。自分の世界に、周りの人が入ってくると怖いから、周りを入れるのが怖いから。自分が自分を狭めてしまっていた。
だから、「終わり」までステージで出ずっぱりのヒーロー。なんだ、格好悪いじゃないか。

そう思ったら、なんだか熱量がガンと上がった。毎日を惰性で過ごしてた自分、そんな自分が嫌になって、空っぽのふりができなくなった。
自分の世界を変えなきゃ。
そう思わせてくれたのは彼らで。
そして、なけなしの勇気を振るった後は、簡単。

思いつく限りの夢や理想を 残らずポッケにつめこんできた
ポッケに開いてた穴を見つけて 泣き出す瞬間 呼びかける声
───「ランプ」

閉じ込めてた自分は、それなりに夢や理想をポッケに入れていたようだ。穴は開いていたけれど。
だけど、上がった熱量の正体は、私にしっかり語りかけてくれた。

「ハロー、ハロー、気付いておくれ 君の中で待っていたんだよ
大丈夫、大丈夫、僕は君のハートに住む 情熱のランプだよ」
───「ランプ」

私の中に隠れていた熱量の正体─情熱のランプくんは、待っていてくれた。大丈夫だよって言ってくれた。そう思ったらますます熱量が上がる。

どうにかまだ 僕は僕を 辞めないで 生きている たった一度 笑えるなら 何度でも 泣いたっていいや
精一杯 運命に抵抗 正解・不正解の判断 自分だけに許された権利
sailing day 舵を取れ 夜明けを待たないで 帆を張った 愚かなドリーマー
───「sailing day」

上がった熱量の先は、自分を辞めないで生き続けられるか。それだけだ。自分だけに許された権利は、運命に抵抗し、正解・不正解の判断を下すこと。その先に一度でも笑えるのなら、それでいい。何度泣いたっていい。
夜明けを待たずに帆を張ったって、愚かな夢見信者だと言われても構わない。自分の熱量をあげ続けろ!
彼らは、私にそう伝えてくれた気がする。

その後大学に進学し、私が専攻した学部は、みんなが自分の「好き!」を精一杯に、うるさいくらいに表現していた。他学部からは白い目で見られても、彼女たちは絶えず自分を表現した。
そんな彼女たちを見て、私も一言、発してみた。

「私ね、BUMP OF CHICKENっていうバンドが好きなの」

自分を偽るのはもうやめだ。本当の自分を、本当の「好き!」を。これを伝えられるのにどのくらいの時間がかかっただろう。私は、大学に入って世界が変わった。BUMP OF CHICKENが私を変えてくれたし、大学の仲間が私を変えてくれもした。

これからの自分はどうなるんだろう。大学に入ってひらけた世界がますます広がっていくのだろうか。その傍ら、仕事に没頭するのだろうか。いや、そもそも「人間」という仕事に対して没頭しなければならないのだろうか。そう思った時にも、彼らの歌は響くのだ。

人間という仕事を与えられて どれくらいだ 相応しいだけの給料 貰った気は少しもしない
いつの間にかの思い違い 「仕事ではない」 解っていた それもどうやら手遅れ 仕事でしかなくなっていた
───「ギルド」

ふさわしいだけの給料がもらえない仕事、「人間」。仕事をこなすうち、だんだんとこれは仕事じゃないんだ、そう思って絶望する─。
違う。その先で彼らはこう紡いでいる。

奪われたのは何だ 奪い取ったのは何だ 繰り返して 少しずつ 忘れたんだろうか
汚れちゃったのはどっちだ 世界か自分の方か いずれにせよ その瞳は 開けるべきなんだよ
それが全て 気が狂う程 まともな日常
───「ギルド」

瞳を開けてまっすぐ前を見ろ。そこに見えたものが、気が狂うほど、まともな日常なんだ。強いメッセージ性が込められたこの一節。ライブで聴いた時の鳥肌の感覚は今でも忘れられないし、改めて、いままでとこれからの自分に覚悟を持たせる瞬間にもなった。藤原基央の紡ぐ世界は、現実的でどこか、はかない。突き放すようで、包み込む。メッセージ性に圧倒されて俯けば、彼の優しい歌声で全てがカバーされる。

この色づく世界で、これからもBUMP OF CHICKENとともに生きていたい。そのなかで、一生の友達、一生のパートナーとなる人と出会うかもしれない。そんな人たちと出会ったら、悲しいけれど別れはつきものだから、寂しくなったらこの曲を聴こう。

この瞬間にどんな顔をしていただろう 一体どんな言葉をいくつ見つけただろう
ああ 君がここにいたら 君がここにいたら
話がしたいよ
───「話がしたいよ」

同じ空の下で、あの人はどんな気持ちかな、あの人はどんな顔かな、あの人にはどんな言葉をかけようかな。
別れさえも、爽やかに、かつ哀愁漂わせる言葉遣いと表現力。音の厚み、声の絡まり、彼らの作り出す雰囲気。

いままでの短い短い人生ですら、こんなにも当てはまる。
これからの長い長い人生では、どんな風に当てはまっていくのか。
ああ、人生って楽しい。楽しみ。楽しくしてくれて、楽しい一部を彩ってくれて、ありがとう。
 
 

もう、私の人生は彼らなしでは語れない。私はBUMP OF CHICKENと、これからも共にあり続ける。

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