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生活と時速36km

俺ら本物ならわかったつもりのあいつらの拳も上がるのに

 
私が1日に腕を上げる時といえば、
満員電車で押し潰されそうになり、掴めない吊り革を手探りする時や、棚の上にある取りたくもない書類を取る時だけだった。
済み渡る青い空に向かって太陽をつまむ仕草もしなければ、風に飛ばされた風船を奪おうと手を伸ばしたりもしない。

東京、江古田発。時速36kmというバンドがいる。2016年12月に大学のサークル内で結成した4人組バンド。元3人組。2018年4月に、2月よりサポートとして入っていたギターが正式に加入して、現体制の4人組となった。バンドのBIOGRAPHY には、“3より4の方がデカいから強いと思った。”と書かれている。
現在は下北沢のライブハウスを中心にライブを行っている。だいたいそんな感じ。

下北沢に時速36kmのライブを見に行く間、満員電車で上げたくない腕を上げて、掴めない吊り革を、指先で何度揺らしたことだろう。
下北沢に着いた時、私の腕は元在った場所に戻る。それからポケットに手を突っ込みながら、タピオカやケバブの匂いを無視し、ライブハウスに向かう。
時速36kmのライブを見てきてもうすぐ1年が経つけれど、ライブハウスで時速36kmについて話せる人はいなかった。今日も1人。ライブハウスに友達はいない。作ろうと思っても、できなかった。時速36kmのライブが始まるまで、煙草を吸うかトイレに行くか、ごまかしていた。紛らわしていた。
それでも、時速36kmのTシャツを着たいつも最前ど真ん中に立つ男の子や、可愛い女の子二人組、両腕を上げ盛り上げる男の子、元気いっぱいで楽しそうに話す女の子たち、制服を着た女の子たちを見かける度に、安心する。時速36kmのライブを待つ皆の横顔に、薄明かりの照明がほんのりと当たっていて、綺麗だった。

時速36kmがステージで演奏の準備を始める。音の確認をし、はけた後Ba.オギノテツ
が叫び声をあげながらメンバーも共に登場。それぞれの位置に立つ。
Vo.仲川慎之介がピックを持ち片手を挙げた。その手は次第に、握り拳となる。ぐっとなった時、時速36kmのライブが始まる。

忘れられないライブがある。2018年12月1日(土)下北沢にてというサーキットフェスに時速36kmが出ていた時のこと。
ライブ定番曲『夢を見ている』での演奏。メンバーによる『夢を見ている』の大熱唱も定番で、それは大熱唱というより彼等の叫びのようなものかもしれない。
“夢は砕ける前が一番綺麗なはずだろう 夜は夜明けの前が一番暗いって言うだろう”
ここの部分、ギターもベースもドラムも機械的な音は一切なくて、メンバーの肉声、アカペラで叫ぶ。普段MCで話すことが少ない、クールにギターを弾くGt.石井“ウィル”開も叫び、歌う。そこがもう、時速36kmの良さがぎゅっと詰まっている。
この瞬間だけ変わる。この瞬間から、変わる。ライブハウスの空気や、熱量も、全部が。空調もぴたりと機能を止めているようにも思える。時速36kmの『夢を見ている』の一番綺麗な部分は、ここだと思った。
そして、“俺ら本物ならわかったつもりのあいつらの拳も上がるのに 明日はどうかな 明日はどうかな”と続き、今度は楽器の音が入り歌い上げる。
その時だ。『夢を見ている』の本当にラスト、ラストのサビの部分でVo.仲川慎之介がレモン牛乳色のギターをステージに投げ捨てた。マイク一本だけを持った。がむしゃらに、髪をくしゃっとさせながら観客に飛び込む勢いで歌い上げる。拳を強く握りしめながら、歌う。叫ぶ。負けじと観客も拳を、前に、前にと上げていく。終盤でマイクを抱えながらBa.オギノテツが私たちに向かって、叫んでいる。軽くモッシュが起きていた。背中を押され、私も前のめりとなりながら拳を上げる。
儚くも『夢を見ている』の演奏が終わった後、Dr.松本ヒデアキが笑顔でVo.仲川慎之介にハイタッチしていたのが見えた。汗でぐっしょりと濡れた肩を叩きながら、ステージから去っていった。
Dr.松本ヒデアキの、彼等を支える笑顔が欠かせない。Dr.松本ヒデアキの背中も勿論、メンバー3人の背中は何よりも輝いていたことだろう。それは汗のせいなのか、照明の関係なのか、はっきりとは分からない。でも、衝撃を本音を、偽りなく剥き出しに、ぶつけてくれるその姿は何よりも美しく、輝いている。その輝きを一番知っているのは後ろでドラムをたたくDr.松本ヒデアキだけだと思う。Dr.松本ヒデアキのあの笑顔も、忘れられない。
涙が止まらなかった。『七月七日通り』も『クソッタレ共に愛を』や『ウルトラマリン』も形容しがたいぐらいに良かったが、ライブの定番曲『夢を見ている』で時速36kmのあんな姿を見てしまって、私は次の会場へ行く足が止まっていた。中々立ち上がることができなかったのを、涙で視界がぼやけていたせいにした。
 

時速36kmというバンドは、私を救ってくれる音楽ではなく、失った私を取り戻してくれる音楽だ。素直に好きと言えなくなったりだとか、本音をぶつけることができなくなったりだとか。
“いつも嘘でいなして正面衝突は避けてきた”“変わってないはずなのにな俺、変われてないはずなのに”(『死ななきゃ日々は続く』)
 何十年も「生活」をしてきた中で失って今は手元にないもの、そんな失った何かを取り戻すために、私は時速36kmのライブを見に、下北沢のライブハウスに行くのかもしれない。
 時速36kmの生活感溢れる歌詞が、私のそんな生活から、腕を引っ張り出してくれる。
“イヤホンの内側で安いロックはどんどん音を上げて あいつらの声を強引にかき消した”(『ポップロックと電撃少年』)、“パーカーをかぶって最寄駅の商店街をふらふらと行く あの頃あんなに美味そうだった鰻屋のシャッター灰色だった”(『思い出はいつか淋しさに化けても』)“排気ガスがそっと 右側の頬を撫でる午後”(『ウルトラマリン』)“逃げるように帰路につく俺をめがけて ぶっ刺さった鈍い月光の傷口から 流れて行く”“小さな淀みをなくそうとして大きな愛まで殺しちまう”“路傍でくたばったり朝焼けをずっと待ったり 正しい手順できっと大人になって行く”“夜明けには溶ける愛を でも確かで強固な愛を 歌って行くのさ そのためにギターだろ”(『クソッタレ共に愛を』)
……出したらキリがないのでなんとか抜粋をした。時速36kmの曲には、生活が至る所に、散りばめられている。

あと、Vo.仲川慎之介の弾き語りの時、彼はいつもCampusの水色のノートを見ながら演奏している。iPadでも、スマホでもなく、手書きのノート。誰しも一度は目にしたことのあるCampusノート。そんな姿が、時速36kmらしさ、生活感が溢れていると思った。

生活に正解なんてなくて。それは音楽もきっとそうで。
“なんか違うから悲しいし虚しいし”(『七月七日通り』)
そう、“なんか”違うから悲しいし、虚しい。その“なんか”の正体は分からない。でも、そこにもし正解があったら、答えが出ていたら。きっと私は一年もずっと、時速36kmのライブを見ていない。
私はきっと、目まぐるしく変わる毎日のように“なんか”をずっと追い求めて、過ごしていくのだと思う。
“何か”を掴み取ってほしい。時速36kmのライブを見たあと、何かが確かに掌に入っている。それは目には見えない、何か。感覚的なものかもしれないし、見えないだけで物理的なものなのかもしれない。
目には見えなくて確かなもの、無くならないもの、無くなりそうにないもの、私だけのもの、私だけが掴んだ何か。時速36kmのライブを見て、それをこっそりと持ち帰ってほしい。
その何かを求めて、私はまた時速36kmのライブに行く。
 

時速36km、下北沢のライブハウス。
腕を上げる。いや、拳を突き上げる。狭い天井に、臭くて汚ねえライブハウスに。
時速36kmのライブで、私はやっと拳を上げることができる。満員電車でのこととか、誰かの言いなりになって働く自分とかはライブハウスまで追っかけてこない。

帰りの満員電車。時速36kmのライブを見てこっそりと掴みとった“何か”をポケットにしまう。ライブ帰りの電車は、少しだけ背伸びをする。背伸びをして、普段じゃ掴むことを諦めていた電車の吊り革を一瞬でも、強くぐっと握った。
 
 

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