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1回目の葬式

ぼくのりりっくのぼうよみの最期を見届ける

高校3年生の冬、高校を卒業する2ヵ月ほど前にぼくのりりっくのぼうよみと出会った。
当時ぼくりりは17歳でまだ東大を目指して受験勉強に励んでいた真っ最中。
彼が気になったのは、年が同じだったから、という単純な動機だった。

思い返せばその動機が応援する全てだったのかもしれない。
彼の書くリリックの非凡さとか
声の綺麗さとか
そんなことどうでもよくて、
ただただ同い年に雑誌に載るほどのアーティストがいるという事実が何よりも衝撃的だった。

なにより、初めてだったのだ。
同じ世代で活躍しているアーティストはジャニーズのSexy Zoneくらいしか知らなかった自分に、
ソロ活動で活躍しているアーティストに出会ったのは。

まだその当時は1stアルバムの『hollow world』が発売されたばかりだったが、
雑誌のインタビューを見てなんとなく買ったCDに、声を失った。

「お前ら全員馬鹿ばっか」

1stアルバムの冒頭の曲、Black Birdで流れる最初の歌詞。
ああ、なんて最高なアーティストなんだろうと思った。
同じ世代でここまで他人に向けて何かを発信できる人がいただろうか。
少なくとも未だに彼の人しか私は知らない。

彼の初めてのステージは未だによく覚えている。(閃光ライオットではなく、デビューして初めてのステージのVIVA LA ROCKのことだ)
彼がデビューして初めてのステージを運良く私は見ることができた。
その会場で1番小さいステージに満員の人が押し寄せ、一目見ようとする人のなんと多かったことか。
彼の初めてのステージを見た私は、思わず涙が浮かんだことを鮮明に覚えている。

それから何回かライブに足を運んだ。
2017年の10/8にあった日比谷野外音楽堂でのライブは特に覚えている。
自分の誕生日だったからだ。
あの日が沈む夕焼けの綺麗さとぼくりりの歌の相乗効果は多分一生忘れられないくらい、綺麗なものだった。

私はぼくりりのライブに全通するような、熱狂的なファンでもないし、
どちらかといえばSKY’s the limit以降は少しぼくりりから離れていたこともあって
淡白なファンだったのかもしれない。

それでも、当たり前のようにぼくりりの歌があって、
まだそれが増えていくのだと信じていた
そんな時に、ぼくりりの辞職が発表された。

こうして私が今ぼくりりのことについて回想しながら文を書いているのは、
ぼくりりの『葬式』を見届けて、彼の『遺品』を整理していたからだ。
走馬灯のように短い時間、彼は音楽を通してたくさんの事を伝えてきたはずなのに
私達は彼を『天才』としか見れなかったのは1種の罪なのだろう。
まだ20の彼には荷が重すぎたのかもしれないし、
籠の中の鳥のような気分なのかもわからない。

結局、最後まで彼のことがよく分からなかったが、
彼の音楽の素晴らしさだけは分かっている。

彼の音楽と共に在った時間は私を奮い立たせてくれる勇気を貰う時間でもあった。
こんな稚拙な文章を公にするか迷ったが、
それでも彼との記憶を残すために記しておきたい。

彼の人の2回目の葬式がまだまだ先であることを願っている者として。

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