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2017年5月19日

東京ヒカリ (29歳)

SUPER BEAVERの音楽が作り出す世界

2つの野外音楽堂で得たもの

いつの間にか自分にとって欠かすことのできない存在になったバンド、SUPER BEAVER。
2016年11月5日、「27」というアルバムのツアーファイナルにて日比谷野音と大阪城野音でのライブが告知された。発表を聞いただけで感動して涙がでた。自分の信じてきたバンドが大きくなっていく。会場の規模だけではなく彼らの音楽に心を動かされる人が増えること、そして私にとってのヒーローがヒーローで居続けてくれることが何より嬉しかった。

東京近郊に住む私は彼らのツアーファイナルがほとんど東京であることに少し安堵していた部分がある。しかし告知を見た瞬間、大阪に行くことも決めていた。行ってこの目で見ないと後悔すると思った。そして私にとって何か特別なことが起こるような気がしていた。

あれから半年。

ちょうど前回のツアーファイナル直後、私は仕事復帰した。これまでの仕事とは職種も業務形態も変えた。今年で30歳になる私にとって、それは20代最後の挑戦であった。
意を決しての転職。始める前は新しい分野に挑戦できることが嬉しかったし、今まで昼夜を問わない仕事についていた私にとって生活リズムが整うのは体調にとっても嬉しいことであった。

しかし、現実はそう簡単ではなかった。
説明される内容が全く理解できない、何でこんなことも分からないの?上司の言葉が突き刺さる。想像していた以上にうまくいかない日々が続いた。
これまでの職場ではリーダーを任され、ほとんどの仕事内容を理解し指示を出す立場にあった。それが今では「すいません」「次は何とかします」、そんな言葉を一日に何度も言う日が続いていた。

自信がなくなり何もできなくなっていく気がした。劣等感と不安で押しつぶされそうな毎日を、私はSUPER BEAVERの音楽に支えてもらっていた。

2017年4月30日、日比谷野外音楽堂。
当日は雲ひとつない空、絶好の野音日和であった。
楽しみにしていたこの日なのに、心の奥底には不安が潜んでいた。このままでいいのか、私の選んだ道は間違っていたんじゃないか、そんな思いを抱えたまま会場に向かった。
そして、できるなら今日、野音というこの場所で何かを得て帰りたい、今の生活の答えを出したい、そんなふうにも思っていた。

そう思ってしまう理由はSUPER BEAVERの音楽にある。彼らはいつも私に大切なことを教えてくれる。ライブを見に来ているはずなのに、私はそこでいつも自分自身と向き合う時間をもらっている。

今日もそう。
楽しみと喜びと不安と迷いと、色んな感情を抱え開演を待った。

いよいよ彼らがステージに現れた。
その瞬間に変わる野音の空気。みんながヒーローの登場を待ち望んでいた。

開演から終演まで、約2時間半のステージはあっという間だった。今のSUPER BEAVERのすべてが詰まっていたような、そんなライブパフォーマンスだった。

この日、私が得たものは大きく3つ。
日々を逃げずに戦うこと、ありがとうを忘れないこと、自分を大切にすること。
2週間後の大阪城野音へ行くことも決まっていたが、この日だけでも十分、彼らから大切なことを教わった。

そして2017年5月13日、大阪城野外音楽堂。
午前はあいにくの天気だったようだが、大阪へ到着する昼過ぎには雨はすっかり止んでいた。大阪城野音でライブを見るのは今日が初めてだった。始まるまでの時間、日比谷でのライブを思い出していた。

あの日も大切なことを教わったはず。
しかし、だからと言って日常にすぐ良い変化があったかというとそうではない。職場では相変わらず謝り続け、自信をなくしていく毎日。

このままで本当にいいのだろうか。
こんなに素晴らしいライブを見せてもらってるのに、私は何をしてるんだろう。

気づくとツアーファイナルの開演時間。せっかくここまできたんだ。告知がされたあの日、ここにこなきゃいけないと思って頑張ってきた。楽しまなくちゃ。
そう自分に言い聞かせステージを見つめているとSUPER BEAVERが登場した。

彼らを見て驚いた。

明らかに前回よりも大きく見えたからだ。彼らは日々進化し続けているということがはっきり分かった。そして今の自分と比べた。

私は何か変わっただろうか、この先変われるんだろうか。私は何がしたい?

セットリストの構成は日比谷野音とそこまで大きく変わらないのに全くの別物。私にとってのヒーローは日々を更新し続けている。そのことが痛いほどよく分かった。
日比谷でも素晴らしいライブを見た。自分にとって得たものもあったはず。それなのに何も変わらない私とは大違いだった。

中盤、アコースティックでの演奏があった。
これは日比谷野音でもあった演出である。
彼らはそこで前回演奏していない「home」という曲を披露してくれた。

SUPER BEAVERの曲に順位なんてつけられないが、何か一つ選べと言われたら私はこの「home」という曲を選ぶ。大げさにいうと死ぬ前に何が聴きたい?と聞かれたら、この曲を選ぶだろう。それくらい私にとって特別な曲。

「home」は私を救ってくれた。

それには理由がある。

幼い頃、私の妹は体が弱かった。そのため両親の中心は自然と妹になった。だからって特別に羨ましいわけではなく、反対に「私は心配かけちゃいけない、しっかりしなくちゃいけない」と強く思うようになっていった。学生時代も社会人になってからもそう。家族に対してだけでなく友人に対してもそうだった。悩みができても相談したいことがあっても切り出し方がわからないくらい不器用になっていた。しっかり者の私がそんなことなんて言ってられない。「大丈夫」と誰かに向ける嘘の言葉、心に幾重にも重ねたシールドは簡単には開かなくなっていた。

それでも一人ではどうにもできないことがやがては訪れる。

数年前のこと、その出来事は突然やってきた。仕事を変えるきっかけになった出来事のひとつ。
誰かに助けて欲しいと思った。だけど物心ついてからこれまで作り上げてきた自分を壊すのが怖かった。本当の自分を見せることは私にとってものすごく勇気のいることだった。

心配をかけたくないという思いと自分のイメージを壊したくないという思いから嘘に嘘を重ね毅然と振舞った。

それでもやがて限界はやってくる。
心が限界までくると体が動かなくなることを知った。ここまできて初めて、家族に心の闇を打ち明けた。もう手遅れだと思った。今更こんなことを言う私を見放すかもしれない、嫌われてしまうかもしれないと本当に思っていた。

だけどそれは、大きな間違いだった。

家族は私を優しく包んでくれた。
どうしようもない私に居場所をくれた。
今まで一人で抱え込んでいたことを理解し一緒に背負ってくれた。

「おかえりと僕の事を
迎えてくれる人たちがいる
あぁ何を迷ってたんだ いつまでも此処が
君が僕にとってhome」

私の帰る場所はいつも私のそばにあった。「home」の歌詞が頭をよぎる。

帰る場所があることに気づいてから私は闘う決意をした。得たものもあれば失ったものもある、仕事もそのひとつ。
でもそうした時を乗り越えたから今がある。

こうやって仕事復帰できていることも、家族がそばにいてくれることも、大切な仲間がいることも、野音という特別な場所で「home」が聴けていることも。大阪まで来た意味のすべてが繋がった気がした。特別な時間だった。

ライブを見て、どんなに素晴らしい音楽に触れても、忘れられない大切な言葉をもらっても、すぐに日常が変わるわけではない。今日がすごくいい日でも明日どうなるかは誰にもわからない。だけどそれでもいいんだと思えた。すべてに結論を見出さなくても、歩んでいく中で見た景色、もらった言葉、出会った音楽は私の一部としてこれまでも私を支えてきた。今までもそう、これからだってきっとそうだと思う。
その中で私がしてきた選択は決して間違いじゃなく、全てに意味があることなんだと心から思えた。

SUPER BEAVERというバンドに出会ったことも、「home」を聴いて乗り越えたあの頃も、すべてが私の今に繋がっている。
きっと今目の前にある新たな壁も乗り越えられる気がしてる。

「大丈夫。」

そんな声が聞こえた気がした。

大阪城野音で私はまた彼らに大切なことを教えてもらった。
気がつくとSUPER BEAVERはまた最高を更新していた。

余韻に浸る間もなく、帰りの新幹線に乗るため野音を後にする。

帰ればまた上手くいかない仕事が待っている。劣等感と不安感とたたかう毎日。でもこんなにシアワセな日を迎えられるんだから、たとえどんな毎日でも進んでいかなきゃならない。

今回の野音2daysで気づいたことがもう一つある。それは私にとって「home」と呼べる場所が増えた事。

それは、

「SUPER BEAVERの音楽が作り出す世界。」

また今日とは違うあの場所に戻りたい。
そのために私は進み続ける。

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