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ピアノゾンビと僕の出逢い

ピアノゾンビってどんなアーティスト

ピアノゾンビってどんなアーティスト?
そう問われれば、「威風堂々!!型破り!!!」と言語化するだろう。

今から7年前の2012年、僕はひどく退屈していた。それなりの学歴・それなりの職業・そして、たしなむ程度の趣味は持ち合わせていたものの心躍る事はほとんどなく、とにかく退屈していた。半面、大人になるというのはこういうものだと割り切っている自分もいた。そんな僕がピアノゾンビに出逢い現在に至るまでにはちょっとしたドラマがある。

当時、付き合いのあった女性が贔屓にしていたアーティスト主催の対バンイベントが、大阪BIGCATで開催され、そのイベントにピアノゾンビが出演していたのだ。
僕はと言えば、大阪の土地に不慣れな彼女の水先案内人として同行したにすぎなかった。そもそもこれまでの人生の中で僕はライブハウスに足を運んだ事もなく、もちろんライブに対する期待なんか何一つなかった。なかったはずなのに、、、
ピアノゾンビが登場した時に僕は目を奪われていた。ステージ上に設置された棺桶からゾンビよろしく白塗りの人が現れ、お立ち台に立つ。足元からのライトによって白塗りの顔はますます青白く見え、ただしくゾンビのイメージ。
そして静かに「Hold Me Die」という曲が始まり、ピアノゾンビ初見の僕は違和感を覚える。声があらぬ方向から聞こえてくる気がする、、、その謎は続く2曲目の「Hey You!!」という曲が始まった時に氷解した。何とずっとヴォーカルだと思っていた白塗りの人はヴォーカルでも何でもなかったのだ。気がつけば彼らの世界観というか設定を理解する為にステージに魅入っていた。もちろん、理解できなかった(笑)
「筆舌に尽くしがたい」とはこういう時の為の言葉だったかと認識を改めたものだ。
ライブ会場を後にしてから、僕はピアノゾンビの楽曲でダウンロード購入できるものは全て購入した。配信されているYouTube動画も全て見た。とにかくピアノゾンビとは何者なのか知りたくて可能な限り調べた。そして分かった事は6人編成のバンドで主に関東でライブ活動しているという事である。正直、その時の僕にはわざわざライブの為に関東まで行くという発想はなかったので少々、落ち込んだものだ。

それから2年後の2014年。
僕はピアノゾンビのライブに行く機会もなく、ただただお気に入りの楽曲を聞きながら過ごしていたある日、件の女性からピアノゾンビの情報がもたらされる。それはピアノゾンビが、「オニオンナイト」というイベントに出演する為、大阪に来るという話だった。正直、あまり気乗りしなかった。それだけ2年という月日は人を慣らすのには十分な時間であり、お気に入りの楽曲を聞き、たまにYouTube動画を見るそれで十分満足していた。ライブに行けないという多少の物足りなさはあるものの僕にとっては些末な問題だった。
がしかし彼女の押しに根負けしてライブ会場へ行った結果、気乗りしていない僕を気長に誘ってくれてありがとうと本気で思った。それくらい楽しかった。それからの僕は能動的にピアノゾンビのライブ情報を収集するようになった。多分、Twitterを始めたのもこの頃だと思う(笑)そして「オニオンナイト」から3か月後の2014年9月に音エモン発「LIVE BURGER next vol.2」というイベントに出演する為に再び大阪に来るという話をキャッチアップし躊躇わずチケットを購入。たしか平日だったと記憶している。もちろん仕事だが、せっかくの数少ないチャンスだからと午後から半休をとり少しの背徳感とともにライブ会場に赴いた。趣味や娯楽の為に有休申請など人生初めての経験だった!!悪くなかった(笑)
2014年10月にはピアノゾンビがメジャーデビューし東京でワンマンライブを開催するという情報をキャッチアップした時には光の速さでチケットと交通手段・宿をおさえた(笑)また、タイミングの悪い事に台風が発生していたので前乗りで東京に宿泊した(笑)(笑)仕事?もちろん有休だ!!
初のピアノゾンビワンマンライブは僕にとって記憶に残る1日だった。まず民と呼ばれるファンが有志を募ってバルーンアートを贈っていた光景、棺桶のリニューアル、何より今までの対バンと違い、最初から最後までずっとピアノゾンビを観ていられるという事、ライブ終盤には大阪でもワンマンライブを行うという情報解禁そのどれもこれもが初めて見る光景で僕の心を躍らせ、思えば出待ちなんてものも人生で初めてこの時にやってみた。もちろん大阪のワンマンライブのチケットも即座にゲットした。
12月の大阪ワンマンライブでは、知っている人は知っていると思うが僕はある事を実行にうつしてみた。何なのかというのは内緒である(笑)

初めてピアノゾンビに出逢ってから実に2年数カ月!!僕にライブ会場に行くという楽しさを教えてくれたのはピアノゾンビだった、無論出不精な僕を根気よく誘ってくれた1人の女性のおかげであることは言うまでもない。そんなこんなで2014年という年は僕にとって1つのターニングポイントになる1年だったのである。2015年以降は、遠征用の自分ルールを作りそれに従い現在に至るまでライブに足を運んでいる。

しかしながら、彼らの何がそんなに魅力的にうつったのか?と音楽文を書くにあたり僕なりに考えてみた。
今さらだがピアノゾンビとは、大王ホネヌキマン様を筆頭にアキパンマン(Vo/G)・中島マン(G)・北松戸マン(Bs/Cho)・ヘルプマン(D)・下僕の6人編成である。その中でホネヌキマン様と下僕を除いた4人がいわゆる楽器隊と呼ばれている。そんなピアノゾンビを表現すのにちょうどいい言葉がある!!
「型があるから型破り、型がなければ形無し」十八代目中村勘三郎さんの言葉である。あらゆる綺麗事を抜きにしてバンドにとっての型とは演奏スキルだろうと思う。楽器が出来る人、音楽に詳しい人に聞いてみたところ皆異口同音にピアノゾンビの演奏スキルは高いと言う。
つまり型がしっかりしており、その上で大王ホネヌキマン様と下僕の存在が絶妙に型を破っているのである。
良い悪いは別にして仮にホネヌキマン様と下僕がいなかったとしてもバンドとしては成立しているはずなのである。この事を連想させる内容が、最新アルバム「ほねざんまい」に収録されている「大王の独り言」の歌詞からも想像できる。相当な不安と葛藤だったろうと思う。そういうもの全てひっくるめて乗り越えてきたからこそ結果的になくてはならない存在になり、人を魅了する型破りなバンドになったのかなと少なくとも僕は思っている!!

当たり前だが、彼らもまた人間なのである。
喜び・楽しみはもちろん不安や絶望、悲しみや怒りなんてネガティブな感情もあるだろう。時には「世間一般」なんて言葉が壁となって立ちはだかる事もあったろうと思う。もしかしたら今なおそうなのかもしれない。
が彼らは、音楽で表現するという道を選んだ。そしてこの世に存在する「美醜」あらゆる感情を歌にして発信しており、そんな生々しい剥き出しの感情がダイレクトに伝わってくるそれがピアノゾンビのライブであり、唯一無二の魅力なのだと思う。
だから涙する民がいる!だから最高の笑顔を見せる民がいる!!そんなピアノゾンビを全力で応援し続けたいと願う民がいる!!!変われるものなら自分も変わりたいと思う民がいる!!!!そして願わくば、こんな世知辛い世の中を生き抜く“きっかけ”をくれたピアノゾンビが標榜する「世界平和」が実現しますようにと、、、

真の「世界平和」を実現する為には「平和」という言葉の定義を明確にしなければならないとは、ホネヌキマン様の言葉である。実に深い。伊達や酔狂で上辺だけの「世界平和」を口にしていたのならこんな言葉は出ない。

ピアノゾンビってどんなアーティスト?
そう問われれば、「威風堂々!!型破り!!!」と言語化するだろう。

心躍る事はほとんどなく、感情の起伏もほとんどなく、退屈にすっかり飼いならされていた僕の矮小な世界をぶち壊してくれたバンド!!それがピアノゾンビである。
こんな長文をここまで読んでくれた“あなた”の事だ。恐らく漠然とこのままでいいのかなという思いもあるのだろう。是非、ピアノゾンビの楽曲に触れてみる事から始めて欲しい。そしてライブ会場で会いましょう(笑(笑)

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