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すべてのありふれた光について

GRAPEVINEの『ALL THE LIGHT』を聴いて

2019年の2月6日にGRAPEVINEは16枚目のアルバム『ALL THE LIGHT』をリリースする。オール・ザ・ライト。タイトルが発表された時点でなにかこう、考えさせられてしまう。このバンドに対して”光”といえば、どうしても代表曲である「光について」が頭をよぎるからだ。”光”について一般的なイメージからは外れた描き方をしているあの曲を連想してしまったうえでこう思う。また”光”ですか、と。

“光”と聞いて思い浮かぶのは、いいイメージ。
“光”とはたとえば、人に明るさをもたらすもの、希望、光明、というような意味をもつ。
曲の歌詞に出てくる場合も、もれなくいい意味で捉えられているように思う。眩しいもの、輝かしいもの、美しいもの、暖かいもの、それゆえに掴みたいものとして。

“光”はいいイメージの、その象徴と云ってもいいかもしれない。そして、非常に抽象的。それにはもちろん実体がない。いや、あるのだけど、たしかにあるのだけれど、でもそれはとてもぼんやりとしている。その抽象さゆえに、ことさら歌詞には用いられやすいのではないだろうか。

ご他聞に漏れずGRAPEVINEのボーカル、田中和将の書く歌詞にも”光”はしばしば用いられている。取り上げられれば必ずといっていいほど「文学的」という修辞句がつくその歌詞にて”光”がどのように描かれているのか、ここでは見渡してみようと思う。

 ”やわらかな光に騙されながら行こうじゃない”
 「君を待つ間」(1998年)

・・・・・・2枚目のシングルですでにこれだ。”光”の持つ「いいイメージ」に、よりによって「騙される」なんて言葉をぶつけている。しばしばひねくれているなんて評されることの多い田中和将の歌詞と田中和将本人だが、これはのっけからすごい。この時点で”光”に対して疑ってかかっているのがよくわかる。

 ”光に満たされてゆくこの世界の中 
 何をしていられた?
 誰もがうかれて理解りあったつもりなら
 それだけでいられた”
 「光について」(1999年)

“光”に対する不信、猜疑。”光”をいいものとしたうえで、それに満たされることにより誰もが浮かれて理解りあったつもりになってしまうと、どこか取り残されたように諦めた調子ながらそれを批判する。”光”をまるで善の圧力の総称? とでも捉えているかのようだ。
バンドの代表曲でありその名もずばり「光について」という曲で、しかし強烈なしっぺ返しのように”光”に対しての新しいと云ってもいい価値観を提示している。それはまるで自身の立ち位置が”光”とは逆の方向にあるかと表明するかのように。

 ”限られて 限られて 
 光を集めるようにはかなく
 昨日にすがるように脆く”
 「Reverb」(2000年)

“光”を集めることを儚いと云う。その発想もなかったな、と思う。実体がないものは儚いのだ。

 ”だからどうか 力とか 光とか
 ・・・実際苦手で”
 「放浪フリーク」(2005年)

苦手と言い切っているのがいい。また”力”という力のある単語と一緒に並べている点も見逃せない。”光”は”力”と同サイドのいいものであり、またも語らないことでその反対側に何かがあるように感じさせる。

 ”おいで ここまで 
 オーロラ もう遅いや
 織り成す光と影
 まわるよ
 赦しを乞うように”
 「ママ」(2007年)

“影”が出てきてなぜかちょっとホッとする。しかしこの歌詞も文学的なんてものではないな、どこか怖さすら感じる。

 ”たかが満ち足りた世界で 胸がいっぱいになって
 見たろ光を 走り出したくなって正解だ”
 「Glare」(2008年)

やはり”光”や”世界”との距離感に、それらを素直に受け取れない様が透けて見えるような気がする。目のかたき、なんて表現は大げさかもしれないけれど、やけにつっかかるなという印象は常につきまとう。

 ”光より先を見てしまえば
 叫び声追い越して見失うのさ”
 「疾走」(2009年)

なにやら穏やかではない。”光”より先を見ることができるならばそれは声は聞こえないし見失いもするだろう。なんというか”光”という単語が登場するのに、いちいち明るくないのはなぜだろう。

ここまで過去の曲からいくつか(いささか恣意的に)”光”についての歌詞を引用してみて、それらがみな同じトーンを帯びていることがわかる。
田中和将は”光”をいいものと踏まえたうえで、決して明示しようとはしないまま、しかし強い意志をもって”光”のその反対側を描こうとしているように思う。
まるで眩しくて、輝かしくて、美しくて、暖かいものの反対のものに(紛らわしいけれど)光を当てようとしているかのように。

もちろんこれらの歌詞をリスナーとして十全に理解できているなんて云えはしないけれど、それでも僕はこのバンドが歌う言葉に惹かれているし、惹かれ続けている。
日常は、生活は、決して眩しくて輝いているばかりじゃない。仄暗い気持ちも沈んだ気分もいつもそばにあって、そういった想いの存在を肯定することを「ひねくれている」とか「斜に構えている」なんて簡単な感じに片づけるのにはどうにも了承しかねる。これらはとても当たりまえのことではないかと思うのだ。
だからこそGRAPEVINEの、歌詞はもちろんのこと、華美でなくテンポも速くなく且つ素朴でもとりわけ明るくもない楽曲がとても肌に合う。

話を現在に戻して新譜である『ALL THE LIGHT』について。
まず全体の印象として近年の作品とは少しちがうなという感想をもった。デビュー20周年を越えてひさしぶりにプロデューサーを迎えた意欲作という感じが伝わってくる。
なんとアカペラの「開花」やちょっと珍しいエレキギターの弾き語りである「こぼれる」、エレキベースでなくシンセベースが曲を支える「ミチバシリ」、またところどころで聴こえるシンセサイザーの音色もいつもと質感がちがっていて、それらはとても新鮮に聴こえる。
デビューから20年以上経ち発表された実に16枚目のアルバムである『ALL THE LIGHT』は決して過去のキャリアの焼き増しではなく、10曲40分程度というコンパクトさのなかに相変わらずさも新しさも同居していて、バンドの現在を感じさせるとてもいいアルバムだ。

そして、この16枚目のアルバムにて”光”という単語は最後からの2曲という大事なところで顔を出す。

 ”散らばった光に雨が去っていくように
 時の流れはずっと穏やかで壮大で
 繋がってくメロディ
 苦い過去を引っ括めて
 何もかも連れて行こう
 もう一歩
 いつもの感じで”
 「Era」(2019年)

先の引用たちとは印象がずいぶんとちがう。とても穏やかでとても優しい。穿った見方かもしれないけれど、述べられてもいるようにどうにも時の流れを感じさせずにはいられないなと思う。”光”は”雨”を過ぎ去らせる穏やかで壮大な時の流れのメタファーとして描かれている。これまでとの対比になんだろう、くらくらしてしまう。

そして最後の曲でありアルバムのタイトルトラックでもあり、その曲名だけで名曲の予感に満ち溢れてしまっている「すべてのありふれた光」について。

 ”ありふれた光はいつも
 溢れるけれど溢れるだけの
 もう一度
 きみにそれが注いだなら
 届いたなら
 扉を壊しても連れ出すのさ”
 「すべてのありふれた光」(2019年)

こちらも、おお・・・・・・と思う。この決意っぷりはどうだろう。溢れるけれど溢れるだけの”光”はそのままいいイメージの舞台装置として作用している。これまでとの対比になんだろう、しびれてしまう。

また「Era」も「すべてのありふれた光」も歌詞内にて過去に触れている点に気がつく。
「Era」では、

 ”あの頃の情熱と
 変わらないとは言えないが
 それはそれできっと悪くはないだろう”

 ”過ぎ去った痛みに惑わされぬように
 時の流れはずっとしなやかで残酷で”

 ”あの頃のぼくらが
 知らなかった真実を
 知ってどうすんの”

「すべてのありふれた光」では、

 ”憶えてるもんだな意外と
 甘えられる時期は過ぎ去ったか”

 ”幾つもの夜を越えて
 朝になればそれだけでも”

という箇所にてそれぞれ過去を想起させている。

時の流れ。あの頃。幾つもの夜。
これらの曲はまるで過去と対峙しているよう。この両曲に”光”が絡んでくる点が興味深く、どうにも関係があるのではないかと勘ぐってしまいたくなる。
時が流れて”光”への見方、捉え方に変化が生じたのではないか、それはまるで、素直になった? ・・・・・・どうだろうか、そんな解釈もありかもななんて思うのだけれど、相手はあの天の邪鬼だからわからない。勝手に振り回されて、勝手にこんがらがりながら、苦笑いしてしまう次第だ。

歌詞の引用ついでに最後に『ALL THE LIGHT』の中から彼らがバンド自身について歌っているかのような、とても頼もしくユーモアにも富んだこの曲の歌詞を引用してこのバンドに関する文章を結びたい。

 ”行かば我 筆を折るまでは
 行く手を拒むものなど在り得ない
 走る鳥は誰にも止められない
 何処ぞのキツツキと間違うとはけしからん”
 「ミチバシリ」(2019年)

決意表明と云うには大げさで、遠回しだし勘違いかもしれないけれど、しかしこの曲の歌詞は、ひねくれものであり音楽シーン我関せずの不敵で不遜な自信に満ちたGRAPEVINEそのもののように思えて頼もしいし、そうこなくっちゃなと、なんだかうれしくなってしまうのだ。

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