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King Gnu「Sorrows」の優しい嘘とは?

悲しみの果ての強がりに共鳴する

ヌー愛が止まらない。ヌー沼にハマっている。そんな人は多いだろう。日々ヌーの群れは巨大化しているはずだ。

群れのひとりとして、アルバム『Sympa』収録曲「Sorrows」のごとく、この溢れ出す思いを伝えずにはいられない。取り乱すほど、吐き出すことにする。ため込んで、壊れる前に。

まるでエッセイのように、歌詞に自分の心情をしたためるタイプのミュージシャンもいる。それでも楽曲は創作物であり、すべてが事実とは限らない。ましてやKing Gnuは、ヌーという動物が群れて大移動する様子をコンセプトとして掲げたバンドである。

ヌーはアフリカに生息する、牛のような動物だ。King Gnuのメンバー4人中3人がルーツと公言しているブラックミュージックへのリスペクトが感じられる。

つまりKing Gnuそのものがコンセプチュアルアートなので、歌詞は嘘とも言える。それでも人は歌物語に入り込み、自分の心情や人生を重ねて感動する。悲しみを抱えた人にとって、その嘘は優しいほうがいい。

こうしたニーズを満たしてくれるのが「Sorrows」だ。タイトルを直訳すると「悲しみ」になる。ところが悲しみを抱えつつ、人生に喜びを見出すという非常に前向きな歌詞になっている。

たしかに強がりかもしれない。それでも笑おう!というポジティブさこそがKing Gnuの魅力である。何があろうとも前向き。途方もない覚悟が感じられる。

もちろん音楽そのものが魅力的でなければ成立しない話だ。そのうえで私がKing Gnuのシンパになったのは、この前向きな覚悟によるところが大きい。

決して能天気な明るさではない。むしろ暗い現実について存分に言及している。そのまま暗闇に紛れ込む歌詞のほうが、共感を得やすい時代だ。ところが作詞作曲をした常田大希はあっさり前を向く。たしかに暗いまま闇に浸っていても、現実は変わらない。

20代半ばの常田は、まるで人生の悲しみや喜びをすべて知り尽くしているかのようだ。もちろんそんなはずはない。これが優しい嘘だろう。それでも人生の機微について深いところまで想像がつくと考えられる。

そんな常田にとっての悲しみとはいったい何だろうか。考えられるのは、日本の音楽業界やテレビ業界の現状だろう。

何らかの事情により生きるだけで精一杯なとき、積極的に音楽を聴くことはなかなかできないものだ。年齢を重ねるたび疲れが激しくなり、音楽を聴かなくなる人も多いだろう。積極的に休日を楽しむ余力はなく、疲れを取るだけ。つまり受け身になるということ。

音楽業界やテレビ業界が無難な方向に傾く原因は、万年不況という経済の成り立ちから考えるべきかもしれない。わかりやすい音楽やテレビ番組だけで十分……という疲れきった発想がありそうだ。

ただ「これくらいで満足でしょう?」とある意味ナメられていることに、視聴者も気づくべきではないだろうか。

例えば、もし歌っているのが若い女の子やイケメン男子でなかったら、それでもその曲を聴くだろうか?というところが判断基準になる。カワイイ、イケてる……疑似恋愛的な感情をくすぐられているだけだとしたら、非常に悲しい話である。

そうは言ってもKing Gnuのメンバー4人も若いイケメンたちである。そこも大きな戦力になっているだろう。

しかし年齢的にはカッコつけたい盛りだろうに、とくに井口理は逆に変なことばかりしてカッコ悪い方向へともっていっている。音楽そのものがカッコイイから、音楽だけで判断してくれ!と言わんばかりだ。

King Gnuの嘘は本当に優しい。そして例えば外見重視の若い男女の音楽商売は非常に悲しい。

これまでは眠ったように気づかなかったとしても、ほころびは徐々に明らかになってきている。King Gnuの音楽が、仕事や日常に疲れ果てた受け身の人々にも届くほど浸透してほしい。

King Gnuなら革命を起こせる!これが悲しみの果てにたどり着いた、私の強がりだ。

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