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22年目の最高傑作

『壊れたピアノとリビングデッド』を聞いてわたしは再びMUCCに心奪われた

まるで昔の白黒映画の音声のようなピアノの音色に導かれるようにして入った暗く怪しい雰囲気のサーカス。

それがMUCCの新しいアルバム『壊れたピアノとリビングデッド』を初めて聞いた時の感想だった。

わたしはMUCCが好きだ。
だが、近年はMUCCが好きだと言っていいものかわからないほどMUCCを冷めた目で見ていた。
近年のMUCCの曲がどれもわたしには刺さらなかったからだ。

だから今回の『壊れたピアノとリビングデッド』がリリースされると発表された時も、はじめは、ふーん、ぐらいにしか思っていなかった。
また期間限定でメンバーにピアノの吉田トオル氏が入ると知った時も、過去に期間限定でMUCCが6人組になったことがあるので、正直、またか、ぐらいにしか思っていなかった。
それぐらい冷めた目で見ていた。

だが、そんな冷めた目で見ていた心は、この『壊れたピアノとリビングデッド』の収録曲がラジオで次々と流れるようになってから徐々に変化していった。
リリース前にラジオでオンエアされた曲は『サイコ』『アイリス』『ヴァンパイア』『In the shadows』『百合と翼』『カウントダウン』『Living Dead』の計7曲。
9曲入りのアルバムから、うちインスト曲の『壊れたピアノ』とバラードの『積想』を除く7曲がリリース前にラジオでオンエアされた。かなりの大盤振る舞い。むしろオンエアされなかった曲を数えた方が早い。
中でも強く心を動かされたのが『アイリス』と『Living Dead』の2曲。
『アイリス』はかなり暗く重い雰囲気の曲。ボーカル逹瑯の、ひと昔前のヴィジュアル系バンドの曲のような暗くぼそぼそした語りでもなく、ラップでもなく、ポエトリーリーディングとも違う。そのどれにもあてはまらない、逹瑯にしかできないオリジナルの歌い方。
その暗さが徐々に病みつきになり、気づいたらradikoのタイムフリーで『アイリス』を何度も繰り返し聞いていた自分がいた。
一方『Living Dead』は逹瑯の心からの叫びのようで、まるで魂を削って歌っているように聞こえた。
この曲をラジオで初めて聞いた時、それまで買おうかどうしようかと踏ん切りがつかなかったわたしの心が決まった。
「このアルバム買おう」

そう、わたしが『壊れたピアノとリビングデッド』を買おうと思った決め手はラジオだった。

それから『壊れたピアノとリビングデッド』をCDショップで予約した。
こんなにも発売が待ち遠しかったアルバムは久々だった。

結論からいって、この『壊れたピアノとリビングデッド』はわたしの期待を裏切らなかった。
いつもだったら「この曲は好きだけど、この曲はあんまり…」という曲があるが、このアルバムにはそれがない。
全体的に歌いあげる曲が多い印象を受けた。
しかし歌いあげるといってもシャウトを多用していて、逹瑯の魂の叫びというか、まるで魂を削って歌っているように聞こえた。
驚いたのは逹瑯の歌い方がこれまでと違って聞こえたこと。
曲によって声色を変えたりと、歌の表現の幅が広がったように聞こえた。
それによって曲ひとつひとつの表情が違って聞こえる。
歌だけじゃない。曲自体もひとつひとつが表情豊かだ。

古びた怪しげな白黒映画の音楽をイメージさせる『壊れたピアノ』に導かれるようにして入ると、そこはまるで暗闇のサーカスだった。
コール&レスポンスがライブ映えしそうな『サイコ』の〈朦朧の実を噛る〉という歌詞に思わずニヤリとした往年のヴィジュアル系ファンは少なくないはず。なぜなら現lynch.の玲央が在籍していたkeinというバンドが昔『朦朧の実』というタイトルのCDをリリースしていたから。偶然の一致かもしれないけど。
『サイコ』からの流れを汲んで『アイリス』でさらに暗く重い世界に落ちていく。前述の通りラップというかポエトリーリーディングというか語りというか、それらのどれにもあてはまらない。シャウトも多用した逹瑯にしか歌えない逹瑯オリジナルの歌。
『ヴァンパイア』は5年前にリリースされた『THE END OF THE WORLD』のレコーディング時にはすでに出来ていた曲だという。しかしそのアルバムには収録されず、以来ずっと収録するタイミングを伺っていたらしい。そして吉田トオル氏の鍵盤の音が入ったことによってついにこの曲は日の目を浴びる時が来た。この曲の主人公がヴァンパイアに吸血される機会を伺っていたように。
『In the shadows』の〈公開処刑のパレード〉という歌詞にハッとした。ネットに公開して悪評を集めた動画に映る人物をネット上で糾弾する様はまるで「公開処刑のパレード」ではないか。
静かなバラードの『積想』は、ミヤの弾くピアノの音やバイオリンの音がまるで雪が降り積もった静かな街を逹瑯がひとり歩いてる姿をイメージさせた。
キャッチーな曲調はこのアルバムで一二を争う『百合と翼』と『カウントダウン』。
MUCCのレギュラー以外のラジオ番組で、アルバムから先陣を切ってオンエアされたのは確かこの『百合と翼』だった。SATOちとミヤの共作による耳を惹きつけられるキャッチーなメロディー。
一方『カウントダウン』は元々原形は昔からあったものらしい。『謡声(ウタゴエ)』のように疾走感があってポップ。だけど途中に入るカウントダウンのあたりから様相が変わる。〈船長不在の 豪華客船は 夢に沈んだ〉という歌詞は『World’s End』の歌詞と対になっているように感じた。

そしてラストを飾る『Living Dead』は、逹瑯の心からの叫び、魂をふりしぼるように歌っているように聞こえる。
わたしはこの曲の歌詞が、5年前にリリースされた『THE END OF THE WORLD』収録の『死んでほしい人』とは対照的になっていると感じた。
 

死んでゆく感覚と/消えてゆくラブソングを/君の為に唄おう
産声は明日を抱き/心からラブソングを/君の為に歌おう

さあ/眠れる森のPAIN/全てが眠って終えば
もう誰も君に気付かないさ/目覚めのキスは来ない ─────Living Dead
 

逹瑯はかつて、児童虐待を受け亡くなってしまった子供のニュースを見て思うことがあって『死んでほしい人』の歌詞を書いたと音楽誌のインタビューで語っていた。
しかし考えれば考えるほどわからなくなってしまったという。
そうして生まれた歌詞が〈『死んでほしい人』なんてこの世界にはいらない言葉〉だった。
だけど当時のわたしにはこの歌詞は腑に落ちなかった。少なくともあの頃のわたしには身近に死んでほしいと思う人がいたし、虐待を受けた子供がこんなことを思うだろうかと疑問が湧いたからだ。
あれから5年が経った。児童虐待は減るどころか年々増え続けている。
『死んでほしい人』が見知らぬ誰かに寄り添おうとした歌詞なら『Living Dead』はある意味突き放した歌詞のように思う。
虐待を受け亡くなってしまった子供の気持ちなんてその子にしかわからない。
大人たちも切羽詰まっていて余裕がない。
そんな中で消えていった幼い命を救えない無情。そんなやりきれない感情を叫びにも似た歌にして、まるで逹瑯は自身の魂を削るかのように歌いあげている。

「リビングデッド」とはゾンビや墓場から蘇った人のことをいうらしいが、わたしの解釈は少し違う。
打たれても打たれても、それでも何度でも立ち上がる人のことだと思っている。
そういう意味ではリビングデッドはMUCCにぴったりの言葉だと思う。
結成から22年経っても、MUCCはずっと人の闇や負の感情に向き合い続けてきた。それはきっと並大抵のことではない。
今作はMUCCが22年かけてたどり着いた、22年目の最高傑作だ。

この『壊れたピアノとリビングデッド』という1枚のアルバムは、それまでMUCCに冷め気味だったわたしの心を大きく変えた。
そしてわたしは再びMUCCに心奪われた。

あなたも昔の白黒映画の音声のようなピアノの音色に導かれるようにして、暗く怪しい雰囲気の『壊れたピアノとリビングデッド』というサーカステントの中に入ってみてほしい。
そのサーカスに魅了され、そこから出られるかは分からないけど。

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