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CRYAMYについて

私にとってバンドとは

 
「物憂げに笑うのに 壊れた足で さ迷っていたの
濃いめのコーヒー 飲み干せないまま過ごしていた」

(“テリトリアル”より)

イントロ、最初の一音と、最初のフレーズ。聴いた瞬間に引き込まれるなんて経験は初めてだった。

カッコいい。それだけ。カッコいい。

すべての音が、ただ届け、届けと、真っ直ぐに突き進む。これぞロックバンド。私はこの瞬間のために、音楽なんて、バンドなんていう不確かなものを信じてきたのだと思った。

CRYAMY(クリーミー)というバンドの、テリトリアルという曲だ。

学校帰り、電車の中で暇を持て余していたとき、たまたまCRYAMYについて書かれていた音楽サイトの記事を読んだ。CRYAMYのことは名前すら知らなかったけど、その記事の内容にひどく共感したのでYouTubeで検索をかけてみた。一番上に出てきたテリトリアルのミュージックビデオを再生したところで、冒頭に戻る。

ただただカッコいい。それ以外出てこない。こんな衝撃はいつぶりだろう。こんなに素敵なバンドに出会えたことが嬉しくて嬉しくて、電車の中だというのにニヤけがおさえられなかった。テリトリアルを3回くらいリピートしたあと、もうひとつ上がっていた「普通」という曲のミュージックビデオを再生して、このバンドが好きだと確信した。ものの15分だ。ものの15分で、人生がひっくり返った。今まで色々なバンドを聴いてきたけど、それらが全部覆されたのだ。心のど真ん中にCRYAMYが飛び込んできた。すぐにEP「CRYAMY#2」をネット通販で買い、それが届くと二週間もしないうちにライブハウスへ本物を見に行った。よく母に言われる、「好きなものへの行動力と執着がすごい」という言葉を身に染みて実感した。

「CRYAMY#2」は、「テリトリアル」と「普通」を含む5曲入り約15分のEP。このEPの4曲目、「雨」という曲が私は一番好きだ。攻撃的なテリトリアルや普通とは少し違い、憂い感じる歌詞とメロディ。言葉にならない感情が生まれる。

「真夏に枯れた臭い匂いのする紫色の花は
人と目が合わない私に似ているね そうだね」

「今日もとくにやることないから
近所のコンビニで死んだ」

濡れたコンクリートの匂いがする。作詞作曲を手掛けるVoカワノさんの見てきた景色が浮かぶ。光る街灯も、濡れた爪先も、傘に当たる雨の音も、湿った心も、全部この曲に詰まっている。嫌悪も憎悪も悲しみも、この曲が全部引き受けてくれる。
これは全ての曲に言えることだけど、実際にこうやって音楽を聴いたからと言って嫌な気持ちが和らぐわけでも解れるわけでもない。でも、月並みの言い方になってしまうけど、寄り添うことはしてくれる。

「今日も切って貼っての繰り返し
勝ち目ないのに息しちゃって」

(“雨”より)

終盤、こんな歌詞のあとに少し長いアウトロが残る。終わりきれない人生みたいで好きだ。打ち付ける雨のようなギターの音、その中で繰り返される「ドドッ」というドラムの音は、うるさいくらい鳴り続く心音のよう。臭い匂いを放つ枯れた花が私に似ていても、近所のコンビニで死んでしまっても、”何か”に必死にしがみつくように息をしている感じが、泥臭くて人間臭くて本当に好きだ。
 

同じく「CRYAMY#2」の5曲目に収録された曲「ディスタンス」は、2018年の年末にYouTubeでミュージックビデオが公開された。ライブ映像の継ぎ接ぎが主で、それ以外の部分は大体メンバーがお酒を飲んでいるかタバコを吸っているシーンからなる。2018年の総集編といった感じ。
この曲には、触れたら壊れてしまいそうな儚さがあって、ひとつひとつの言葉と音を丁寧に大事に聴いていきたい気持ちになる。”儚さ”というと少し違うかもしれない。優しさとか愛情とか、そういう、どこか胡散臭くて吹いたら飛んでいきそうなものを、どうにか離さないように大事にしている感覚。そういう気持ちを私も大事にしたい。

「そこにある感傷を抱きしめて
先の見えないまま過ぎた生活は
ズルして騙して躱して先延ばして
報われないで」

「あなたを思って枯らす涙は 戻らないけど
あなたも戻らないから、ってさ」

(“ディスタンス”より)

ディスタンス(distance)には、「道のり」という意味がある。そういう意味でこのタイトルがつけられているかどうかはわからないけど、私はそういうつもりでこの曲を聴いている。そしていつも泣きそうになっている。言いたいことだけを詰め込んだような歌詞は、飾らないし、気取らないし、本物で、何よりも綺麗だ。
 

CRYAMYは本当に強いバンドだと思う。ライブを見ているときもいつもそう思う。メンバーの演奏姿と、カワノさんの叫ぶような歌声と、ジッと前を見つめる目に、いつも圧倒されている。私がCRYAMYを好きだから無条件に良さを感じているだけかもしれないけど、まあ、それならそれでもいい。演奏も拙い、歌詞も繰り返しが多い、捻りもない、ライブのMCはまとまりがない、でも、真っ直ぐで、嘘がない。これだけあれば十分だ。ずいぶんと偉そうに言葉を並べてしまったけど、私はCRYAMYの曲に救われているし、まとまりのないMCを思い出して泣いた夜もある。

CRYAMYの曲はそんなに長くなくて、3~4分くらいのものが多い。一瞬で駆け抜けて、そこに確かに爪痕を残していく。
最初に紹介した「テリトリアル」もそうだ。この曲は3分とちょっとの短さで、歌詞も繰り返しが多く、言葉の数は体感よりも少ない。その中でも格別に好きなフレーズがある。

「簡単なこと言えやしないよ
君の絶望に触れていたいよ」

(“テリトリアル”より)

「君の絶望に触れていたい」と歌ったバンドは、CRYAMYが初めてだ。
ボーカルのカワノさんが十代で上京してきて、初めて書いた曲なんだという。そう言われればそんな気もするし、そう言われてもそうとは思えない気もする。十代にしては達観しすぎているけど、でもやっぱり、”何か”を必死に堪えて踏ん張ろうとしているところは、良い意味で幼さがある。大事なものを強く思う心もある。伝えたい気持ちが膨大すぎる。
彼らがバンドをやっていてくれて本当に良かった。カッコよくて、強くて、悲しみも苦しみも愛情も、全部正直に鳴らしてくれるCRYAMYが好きだ。私にはもったいないくらい。CRYAMYがこの先もずっと、バンドを続けていけたらなと思う。
 

2018年の秋が始まった頃に出会ったCRYAMYは、たった15分で私の人生をひっくり返したし、「CRYAMY#2」の5曲、たった15分に今までの私が救われた。

音楽を聴いてどうにかなるような世の中ではないし、好きなバンドを聴いているから頑張れるかと言われれば、実際はそんなこともない。頑張らないといけないときは音楽を聴かずとも頑張らなくてはいけない。逆に言えば好きなバンドなんていなくたって頑張れる。

でも、違う。そうじゃないのだ。

必死に必死に、誰にも言えずに、悩んだり泣いたりしながら頑張ったあと、そのあとにこんなバンドに出会えたら、こんなバンドの曲を聴いたら、結果なんか出なくたってそんな日々が報われた気になれる。CRYAMYはそうやって、昔の私を救ってくれた。

悲しかったこと、苦しかったこと、嫌だったこと、でも、愛しかったこと。全部抱えながら、それでも前を向こうとする。そんな力強さがCRYAMYの曲を作っている。
私はひとつ、信じていることがあって、押し付けがましい妄想なのかもしれないけど、彼らのこういう力強さを作っているものは、バンドなんじゃないかと思う。
カワノさんのインスタグラムでは、日々のことや音楽のこと、メンバーのこと、友達のこと、昔話や元カノのことまで、毎回長々と、それはもう赤裸々に述べられている。それを読んでいると、「この人たちはバンドが諦められなかったんだ」とよく思う。
彼らが必死にしがみついて離さない”何か”、それはきっとバンドなんだろう。それなら、CRYAMYが昔の私を救ってくれたように、私も彼らの道のりをすべて肯定したい。

「生まれてきて良かったなんて 思ったことはないんじゃないかな
まぁついでに言えば生きてきて良かったなんてことも ないんじゃないかな」

(“ディスタンス”より)

そう言うなら私は、「生きててよかった」と思える時までCRYAMYを好きでいたいし、そうなったときの曲を是非、聴かせて欲しいのだ。

「バンドなんて」「音楽なんて」と言う人もいるけど、それが私とCRYAMYの共通項で、それがなければ私はCRYAMYに出会えなかった。私はバンドが好きだし、その中でもCRYAMYのような、強くてカッコよくて真っ直ぐで嘘のないバンドが、雨の中で必死に大切なものを離さないようにしているバンドが、好きだ。これが、私がもう10年近くずっと憧れている、「バンド」の姿だ。
 

CRYAMYの曲が、みんなの心に、ただ真っ直ぐに届いて欲しい。

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