1859 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

北の大地はPOP VIRUSに侵される

ドームツアーがくれた希望

「札幌ドームは鬼門だ」

何度その言葉を聞いただろう。
けど、北海道在住の私はそれに反論できなかった。
数々のアーティストがライブを行い、そして完売することなく公演を終えている。
ひとえにそれは北海道の減少し続ける人口問題が大きく影響しているだろうし、そのうえで道民には「音楽を楽しむ文化が浸透していない」なんて話も聞く。
実際、あまりライブやコンサートが盛り上がる話はあまり聞かない。風の噂だが、札幌ドームを完売させるのはジャニーズのトップクラスだけなんて話さえある。
北の大地はウイルスさえも寄りつかない、音楽の過疎地だ。

だから、私は大好きな星野源が5大ドームツアーを行うと聞いて、ちょっと泣いた。

源さんが北海道を愛してくれているのは知っている。
そして、前々回のYELLOW VOYAGEツアーでも、前回のContinuesツアーでもチケットを完売させていることも知っている。
それでも、札幌ドーム公演は賭けじゃないのか、と思った。
道民の気質を源さんが知らないとは思えない。気性的にも地理的にも不利が重なるこの場所は、どうやっても観客は集まりにくいのだ。
そんなリスクを抱えたうえに、東京ドームの次に大きいと言われるほどの巨大施設。ライブには施設の使用料だって、それを運営するスタッフだって必要になる。その金額は、たぶん笑えない額になるはずだ。
集客ができなければ、イベントの運営費がマイナスになる可能性だって捨てきれないのではないか。
そんな状況を全て認めた上で、ドームツアーの日程には大きく「札幌ドーム 2月23日」と記されている。
その文字を見た瞬間、「踊れ、札幌ー!!!」と叫ぶ源さんの声が聞こえた。
 
 

私はそんなに長いファン歴を持っている訳ではない。
2015年。コウノドリで四宮春樹に惚れ、そこから「SUN」を聴き、遡って聴いた「ばらばら」で常識を打ち砕かれ、あまりのギャップに悶えながら聴いた「YELLOW DANCER」に完全に打ちのめされた。
その楽曲の素晴らしさにのたうち回るうちに、気がつけばアルバム封入特典のライブ先行に応募し、運良く札幌ニトリ文化ホールのYELLOW VOYAGEのチケットを手にした。
私は何かに取り憑かれたように、ただ一人でライブへ向かうことにした。

2016年1月。
そこで見た星野源は、ただ無表情に生きるだけの私に「音楽」という生きる力を与えてくれた。

音楽が楽しすぎて、泣いた。
学生時代に感じていた、ただ純粋に「楽しい」という感覚が蘇った。
もう子育ても終わろうかという歳のオバチャンは、現実が厳しすぎて「頑張ることはもうイヤだ」「楽しもうとすると邪魔が入る」「何も感じなければ平穏に過ごせる」と必死で心を殺し、何年も耳を塞いで殻を作って、閉じこもりながら生きてきた。
その殻は生きるための免疫力だったと思うし、その当時はそうするしかなかった。その殻を作らないと、あまりの忙しさと理不尽さに、心が壊れていただろうから。
そんな分厚い殻は、あの黄色い音楽に、いとも簡単に割られた。

源さんの歌が、ギターが、マリンバが、何もかもがヤバいほどに私を揺さぶった。
「踊れ、札幌ー!!」という源さんの言葉に、私は一人きりで、メチャクチャになりながら身体を揺らした。

ライブが終わった後、身体が軽かった。
いや、実際には動きすぎて疲労でヘトヘトだったはずなのに、自分の周りにあった重い何かが消えた気がした。
音楽って、楽しい。
ライブって、メチャクチャ楽しい。
もっともっと音楽を聴きたい。
私が封じていたはずの「楽しみたい」という欲求は、ここで息を吹き返した。
 
 

「星野源」を追いかける。
そこには音楽があったし、映画もドラマも舞台も、そして驚いたことにコントや書籍まであった。
中でも、免疫のない耳に飛び込んでくる音楽は、本当に刺激的だった。
ありがたいことに深夜ラジオという強い味方を得た私は、ありとあらゆる楽曲に溺れることができた。
昔から好きだったジャズにも触れられた。
Tommy Flanaganの「Verdandi」なんて、本当に腰が砕けるほど好きすぎた。
子育て中も気になっていたネオソウルの金字塔、D’Angeloの最高傑作「Voodoo」もじっくり聴いた。
音楽を聴けば面白いほど耳が潤う。毎週のように源さんの薦める音楽を聴き、私の身体はゆっくりと音楽に満たされていった。
 
 

そして、灼熱の2017年7月がやってきた。
真駒内セキスイハイムアイスアリーナでのContinuesライブは、125年ぶりの猛暑の中で2日間開催された。
その頃には音楽の虜になっていた私は、ここでも運良く2日分のチケットを手にしていた。
とはいえ、座席はお世辞にも良席とはいえない、スタンドの端ばかりだった。
「きっとステージの人なんて豆粒だよ」と誰もが言った。
けど、私は源さんの音楽をもう一度感じたかった。
遠くたって仕方がない。実際に会場は大きくなってるんだし、豆粒でも音楽は聴こえるはずだ。
そういう意味で、期待はしていなかった。

それが、始まった瞬間に裏切られた。
近い。とんでもなく近い。
ニトリ文化ホールで感じた以上に、源さんが近い。
そんなバカな、と思ったが、実際に自分自身が目の前でそう感じているのだ。否定のしようがない。
音楽の渦は前回よりももっと広く深く、私を呑み込んでいく。

源さんの作る楽曲が、その前にあった楽曲が、そしてその先に続く楽曲が、自分を奮い立たせる。
惰性で生きていた時には感じられなかった喜び。
私の好きな音楽は、何かを繋げるだろうか。
こんなに脈々と続く音楽を、私はもっと聴いてみたい。
音楽はこんなに楽しい。
柔らかく力強い音楽とともに、ツアーグッズのタオルがアリーナ全部をピンク色に染める。
カラスまで聴きにきてしまうステージを眺めながら、私は幸せを噛み締めていた。
 
 

そして、2019年2月。
POP VIRUS札幌ドーム公演、当日。
その前に源さん自身から「札幌ドームのチケットは即日完売」という話をラジオで聴き、思わず拳を握ってはいた。
けど、心ない人からは「実際に会場へ行ったら席がスッカスカじゃないの」なんて話も聞かされる。
できればドームを埋めたい。けど、それは私が個人で頑張ってどうにかなることではない。
更に言うなら、今回も私の席はスタンドの割と後方だった。どう考えても全てが遠い。
ただ、自分の中に確たる自信はあった。
「どんな席であろうとも神席、きっと楽しめる」と。

その自信は、Twitterにあった。
先に行われた公演に参加した人達が、声を揃えて呟くのだ。
「星野源のドームライブは、どこにいても神席」だと。
しかもご丁寧に、ライブ内容のネタバレは一切流れてこない。
腹立たしいほどに統制されていて、逆にこちらは楽しくモヤモヤすることになった。

そして、最初に恐る恐る参加したホールツアーの時とは違い、私の周りにはたくさんの仲間がいた。
Twitterで知り合った人達だけど、その「好き」の温度は同じという、大事な友人達。
そんな友人達が声を揃えてそう言うのだ。
「ヤバい」と。

気がつけば、そうやって同じ気持ちで、同じように、音楽を楽しめる仲間が増えていた。
数年前のように、楽しさを殻に閉じ込める必要はもうなかった。
もちろん、色々な事情があり、そのライブに行けない人だっている。けれども、そんな人も私に「楽しんできてね!」と送り出してくれるのだ。

そんな人達の想いを乗せて、札幌ドームに入る。
初めて見たドームはとても大きく、確かにここを埋めるなんて無理なのかも知れないと思った。
けど、私の周りには人、人、人…あちこちに行列ができ、どこもかしこも人で埋まっている。ドームクラスの人混みなんて経験したことがないので、これが多いのか少ないのかも分からない。
早めに指定された席に着いたが、あちこちに空席はあった。スタンド後方の私の席からは、幸いなことに会場全体が見渡せるのだ。
信じたくないなあ…と半ば落胆しながら、源さんが選曲したというBGMに身を委ねる。
聴いたことのない曲、ラジオでいつも聴く曲…それが心地よくライブ前の自分を鼓舞してくる。
時間が経つにつれ空席の不安は頭から消え、源さんのこういうところが大好きなんだよなあ…と改めて思った。

そして、開演1分前。
奇跡は起こった。

開演5分前くらいから、その空席は一気に埋まった。
1分前に見たのは、札幌ドームを埋め尽くす赤と青の脈動。
ツアーグッズのタオルがまるで動脈と静脈のように、札幌ドームで脈打っている。
その鼓動が求めているのはただ一人。
 
 

星野源。
 
 

会場の照明が落ちた瞬間、札幌ドームは歓声で大きく揺れた。
観客が、一斉に立ち上がり、その音楽を待つ。
その最初の音は、誰もが予想しない一音だった…
 
 
 

もう笑うしかないのだが、源さんはニトリ文化ホールより、そして真駒内セキスイハイムアイスアリーナよりも近かった。
源さんは物理法則を無視することができるらしい。
そして、その近さは何よりも源さん自身が考えた末の「必然」なのだろう、とも思った。
あんなことやこんなことで距離が縮まり、笑って喜んで泣いて叫んだ。
音楽は言うまでもなく、最高に心地よかった。源さんがラジオで伝えてきた音楽や、その周りに漂っていたたくさんの遺伝子がそこに集まったかのようだった。
その場で生み出される音、アナログだったりデジタルだったりする音が絡み合って、言葉にならないほど心を揺さぶる。
源さんが大事にしてくれる苦しさや辛さ、切なさや哀しさも全部連れて、楽曲が奏でられる。
そのネガティブさが心地よく心に沈みこむ。
深く深く、寄り添ってくれるかのように。
それを全て抱えたままで、笑おうと背中を押してくれるのだ。
こんなに心強いことはない。

星野源の音楽は、私を人間らしく生き返らせてくれた。
鼓動を打ち、呼吸をし、一日一日を生きていく。
そこに「音楽」があることで、こんなに日々が幸せになるのだ。
気がつけば、私も青いタオルをかけていた。
札幌ドームに花を咲かせる、その静脈の一部になっていたのだ。
たぶん、私は最初に星野源の楽曲を聴いた瞬間から、POP VIRUSに感染していたのではないか。
この小さくも強かなウイルスは、内側から私の殻を破り、そして何年もかけて音楽の楽しみ方を芽生えさせてくれたのではないだろうか。

源さんは、札幌ドームのMCでこう言っていた。
「いやあ…凄い景色。これで僕、大泉兄さんに自慢できますね。札幌ドーム埋めたよ!って」
これは北海道が誇る俳優・大泉洋にそれを自慢できるほどの偉業なのだ。
北の辺境でもPOP VIRUSは脈々とその感染力を増している。それがあの空間で実証された。
この臨床結果はきっと音楽業界を震撼させるし、きっとこの愉しいウイルスを誰も止められないだろう。
今に全国が、いや、全世界がPOP VIRUSに感染していくのではないだろうか。

本当に永遠とも思える時間は、あっという間に終演を迎える。
「毎日色々あるけど、また会えたら、笑顔で会いましょう!」
絶対に会える、とは言わない厳しさは、いっそ優しさだと思った。
会えないことだって、ある。
けれども、その一瞬を渇望して、私達は生きていく。
それは苦しかったり辛かったりするけれども、それを受け止めて、前へ進む。

その先に、また最高のライブがありますように。
どうか源さんが楽しく過ごせますように。
そして、私達もその楽しい空間を見守ることができますように。
終わる寂しさももちろんあったけど、頭の中には源さんが最後に行った言葉が残っていた。
 
 

「楽しかった、またね!」
 
 

まるで明日も来るかのように、ごく普通に。
きっとまた星野源は、北の大地に来てくれる。
それまではまた頑張って生きよう。
大丈夫。目の前に星野源がいなくても、私には血管を流れるこのPOP VIRUSがついている。
そして、同じようにPOP VIRUSに感染し、毎日を過ごしてくれる大切な友達もいる。
またいつか会うときは、そんな仲間がたくさん集まって札幌ドームを埋め尽くすだろう。
それまでは、私も笑顔でこの楽しさを伝えよう。
 
 

「今回のライブ、札幌ドームが埋まるくらいにヤバいよ」と。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい