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14歳でかけられた呪いがまだ解けない

だから私は大森靖子になりたい

昨日、大森靖子さんの「サイレントマジョリティー」のMVを見て泣いた。

欅坂46の歌う原曲は何度か聴いたことがあったが、大森靖子さんのカバーを聴くのはこれが初めてだった。初めて聴いて、初めて映像を見て、そして泣いた。平日の22時半頃、ワンルームの隅にある小さな仕事用のデスクに座って、嗚咽を漏らして泣いた。

そのときはただ心が揺さぶられて涙が溢れて感情がコントロールできなくなってしまい、やるはずだった仕事を放棄してベッドで毛布にくるまった。夢を見ずに寝て、起きて身支度をして、電車に乗って会社に向かう。そうすると心は冷静で、「私はなぜ昨日あんなに泣いたのだろう」と考えた。多分、私の人生の歴史が理由だと思う。

私は14歳のときに呪いをかけられた。

私は中学二年生のときにクラスの男の子からいじめを受けていた。権力のある男の子のグループのリーダーから嫌われていて、あいつをいじめろと指示が出ていたらしい。理由はいまだによく分からないけど、多分ブスだから。

授業中、私が先生に当てられると野次やからかう言葉が飛んだり、席替えで隣になった男の子が大袈裟に嫌がって笑ったり、目が合ったり顔を合わせるたびに言葉の暴力を受けていた。直接体に暴力を受けたことや持ち物への被害などはなく、多分これはいじめの種類の中ではとても軽い方なんだろう。でも「男の子からいじめられている女の子」ということで友達からも距離を取られてしまい、部活では先輩から目をつけられていた。だから部活を辞めた。学校ではいつも一人で自分の席に座って、後ろから聞こえる私の悪口を聞こえないふりして過ごした。常に身体が硬直したように固まっているのでいつも疲れていた。

そのうち学校に行かなくなった。不審がった母親が「誰かにいじめられてるの?」と私に聞いたので、ベッドに寝転んだまま頷いた。母親は私のために泣いて、「あなたに酷いことをする人がいて悔しい、怒鳴ってやりたい」と私を抱きしめた。私も一緒に泣いた。まだ14歳だった。

「学校に行かなかったら内申点が悪くなるからろくな高校に行けない」
「そもそも高校に進学なんて出来ないんじゃないか」
「そしたら就職もできなくて結婚もできなくてみんなと同じ人生を歩めないんだ」
「私の人生もう終わったわ」

そんなことばかり毎日考えて、手首や太ももをお風呂場にあった剃刀で切っていた。リストカットをする理由には「血を見て落ち着く」とか「痛みに安心する」とかが多いらしい。でも私は学校に行けない自分に罰を与えている感覚だった。一方でインターネットで同じ不登校の子のサイトを見て、学校なんて糞だよねと共感しあったりもした。

そんな私を救ったのは母親と、音楽だった。

母親は学校に行けとは決して言わず、「暇だしディズニーランド行こっか!平日だから空いてるよ」と私を外に連れ出して、楽しい思い出をたくさん作ってくれた。母親を友達の代わりにして話をしたり遊んだりしていた。この人は私が学校に行かなくてもきちんと愛してくれるんだなと思った。

そのうち同じ中学に通う不登校の女の子と話をするようになって、ヴィジュアル系バンドの存在を教えてもらった。私に学校と家以外の、新しい世界を見せてくれたのがバンドだった。誕生日プレゼントにCDを買ってもらって、初めて一人でチケットを買って、初めて渋谷に電車で行って、初めてライブハウスに入った。それまで私はジャニーズのキラキラした音楽や流行の恋愛ソングしか聴いたことがなかった。「死にたい」「いつか殺してやる」なんていう公の場で言ってはいけない(と当時の私が思い込んでた)ことを歌詞にしてステージに立って歌っていること、そしてそれが私と同じような女の子たちに支持されていることが衝撃的だった。学校にいるみんなと同じじゃなくても大丈夫なんだと知った。爆音の中で、新しい居場所を見つけたと確信した。

三年生になる少し前に学校に久しぶりに登校したら、いじめはほとんどなくなっていた。登校を再開してから卒業までのことはほぼ記憶に残っていない。たしかに内申点は悪く、素行が重視される私立高校は選ぶのに苦労したが、第一志望の公立高校に合格して無事中学を卒業した。

高校生活も大学生活も平凡に終わり、社会人になってもうすぐ10年が経つ。平穏に暮らす日々の中で、たまに頭の片隅にあのときの記憶が蠢くときがある。仕事がうまくいったとき、新しく出会った人と仲良くなれたとき、「いつかまたあのときみたいな不幸が起こるんだから、この幸せに慣れてはいけない。あのときが普通で、今が幸せすぎるだけだから。私は一度レールから外れたんだから。」と、私は自分を戒める。もう誰も私をいじめる人なんていないのに。14歳の少女だった私にかけられた呪いは今も解けていないのだ。

ここまで考えてようやくわかった。

私が昨日の夜見た「サイレントマジョリティー」のMVには、14歳の私とそれを救った母の愛と音楽が確かに存在していたのだ。汚水に浸かって今にも泣きだしそうな顔をしている少女は昔の私で、大きな愛情で包み込むように少女を抱きしめる大森さんはあのとき一緒に泣いてくれた母のようで。そして「君は君らしく生きて行く自由があるんだ」と他と違う自分を肯定してくれる力強いメッセージは、真冬なのに蒸し暑くて汗臭い渋谷クラブクアトロのフロアで私が受け取ったものと同じだったから。

たくさん傷ついて生きてきたけど、一曲のMVでこんなにも感情を揺さぶられる29歳になったのは、あのときの呪いがまだ私に残っているからなのだ。そしてほとばしる私の言葉を、揺れる電車の中で必死にスマホから打ち込まなければいられないほど、心の中の敏感な場所が声を上げているからなのだ。

だから、私のこの呪いは解けないままでいい。14歳の少女の私を心の奥に抱えたまま、この先も死ぬまで生きたい。そしていつかあのときの母親のように、大森靖子さんのように、傷ついた少女を大きな笑顔で抱きしめたい。

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