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心に効くロック

スピッツ「春の歌」

「重い足でぬかるむ道を来た トゲのある藪をかき分けてきた
 食べられそうな全てを食べた

 長いトンネルをくぐり抜けた時 見慣れない色に包まれていった
 実はまだ始まったとこだった」
              (草野正宗「春の歌」)

 冬から春へと季節が移り変わる頃になると、この曲が聴きたくなる。スピッツのアルバム「スーベニア」(2005)に収められている「春の歌」。草野マサムネ(敬称略、以下同)の透明感のある歌声と、アコースティックギターの力強い音色が、一雨ごとに光の色が濃くなっていくこの季節にぴったりだ、と思う。

 でも、本当は、春が苦手だ。どことなく落ち着かなくて、周りの変化に取り残されそうな気がしてしまう季節だからだ。学校に勤めていることもあり、毎年この時期には、卒業していく人たちのソワソワした感じを目の当たりにして、つられてソワソワしてしまう。いまだに、彼らの年齢だったころの自分の焦りや不安を思いだしてしまうからかもしれない。彼らの中には、もちろん、努力が報われて希望の進路に決まり、期待に胸を躍らせている人もいるだろう。でも、思い通りにいかないことばかりで、「仕方なく」や「なんとなく」を重ねて決まった道に、漠然とした不安を抱えている人もきっと多いはずだ。

「春の歌 愛も希望もつくりはじめる
 遮るな 何処までも続くこの道を

 歩いていくよ サルのままで孤り
 幻じゃなく 歩いていく」
            (草野正宗「春の歌」)

もしかすると、キラキラした愛や希望などというものは、望まれた、恵まれた人にしかもたらされないのではないか、と思っている(かもしれない)彼らに、すべて今ここから、たとえ他の人と違っているとしても、自分自身ではじめてしまえばいい、自分の足で現実世界を少しずつ歩いて行けばいい、と、この歌は伝えてくれるような気がする。続いていく人生、そうやっていくしかないし、それでいいんだ、と。歌詞にあるのは決して自信に満ちた言葉だけではないけれど、エネルギーが湧き上がってくるようなメロディ、解放感にあふれるアウトロを聴いていると、目の前に、地平が開けてくるように感じる。実際には、恥ずかしくて、これを直接卒業生に言うことはできないけれど、いつかどこかで、彼らが不安な気持ちを抱えているときに、スピッツのこの歌が届いてくれるといいな、と思っている。

 これに限らず、草野マサムネの作る歌に、「ガンバレ!」と声高に叫ぶ応援ソングは皆無だ。でも、スピッツの歌は、どうしようもない状況の中で、必死で気持ちを奮い立たせて前を向こうとしている時に、そっと寄り添う。「~するべきだ」という押しつけがましさも、大げさな慰めも、積極的な呼びかけもない。ただ、スピッツという存在として、スピッツを欲している人の前に、姿を現してくれるだけだ。

 私がスピッツと出会ったのも、深い喪失感を抱えている時だった。心配した友人がライブに誘ってくれたのは、数年前の冬のこと。特に熱烈なファンというわけではなかったが、友人の気持ちもありがたく、ライブに足を運んだ。客電が落ち、メンバーがステージに現れて、草野マサムネが軽く息を吸い込んで「小さな生き物」を歌い出した瞬間、私は久しぶりに「音」を聴いた気がした。それまで、ごく普通に日常生活を送り、仕事をしていたつもりだった。でも、ずっと、自分のまわりから一切の「音」が失われていたということに、私はその時はじめて気がついたのだ。聞いていても、聞こえていなかったのだ、ということに。スピッツのライブは、奇をてらったアレンジはないが、どの曲も、CDで聴くよりもずっと強く響いた。空っぽだった心身が「音」で満たされていく確かな感覚があった。

 欧米のロックばかりを聴いて育った自分が、過去10年くらいの間、唯一アルバムを買っていた日本のバンドがスピッツだった。しかしそれも「まあ、曲がいいし、日本語の歌詞を聴いていて恥ずかしくならないから」という程度の理由だった。はじめてライブに行ったときは、草野マサムネ以外のメンバーの名前はろくに覚えてもいなかった。でも、あのライブを体感してから、全てのアルバムを聴き直し、遅ればせながら、“ロックバンド”スピッツの魅力に取り憑かれてしまった。草野マサムネの美しい水彩で引かれた線描のような声、三輪テツヤの繊細だけれど強い糸を思わせるギター、曲にあわせて七変化する田村明浩のベース、心憎いテクニックを散りばめながらバンドサウンドをまとめ上げる﨑山龍男のドラム。そして、尖ったロック魂を隠し持つ、一筋縄ではいかない草野の歌詞とメロディ。そのいずれが欠けてもスピッツは成り立たない。メンバーが、草野マサムネの作る曲の世界に深い理解と愛情を抱き、互いを尊重している。寡黙に技術を磨く職人集団のように、それぞれが自らの役割を頑固に全うしているからこそ、その演奏には説得力が生まれるのだと思う。

 心をとらえて放さないのは、たとえば田村明浩のベースギターだ。「春の歌」にもあてはまるけれど、1曲の中で、田村のベースは少しもじっとしていない。ヴォーカルが唄うメロディに寄り添って歌い、ギターとハーモニーを響かせ、ドラムと強靱なグルーヴを創り出す。素人には具体的なテクニックはわからないが、ベースラインを耳で追いかけていると、どんどん曲に引き込まれてしまう。各パートの音の間を自在に動き回ってつなぎながら、一つの曲を立体的に組み上げていく演奏は、まさに職人技だ、と思う。そして、そうした「バランス感覚」のようなものは、メンバー全員に共通していると感じる。

 稀代のソングライターでありヴォーカリストである草野マサムネを、孤高の天才にしておかないバンドの温かさが、スピッツの得がたい魅力ではないだろうか。彼らのライブを観ると、温かくもハードな“スピッツサウンド”が、メンバー4人とスタッフの強い信頼関係の上に紡ぎ出されていることに、何度でも感動してしまう。スピッツの音楽を聞いていると、いつも「真面目」で「丁寧」という言葉が浮かんでくる。まるでロックらしくないかもしれないが、それがスピッツというバンドの希有な個性だと思う。静かな曲も、ヘヴィな曲も、真面目に丁寧に作られているロックだからこそ、心が居場所を求めて彷徨っているような時、彼らの音楽は「効く」のだ。

 もうすぐ、スピッツの新曲が聴けるという。苦手な春も、今年は、新しいスピッツを楽しみに待てる幸せがある。ソワソワと落ち着かないこの季節を、きっとスピッツは、さりげなく併走してくれるだろう。

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