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米津玄師、群を抜く異次元の「才能」

それぞれの胸に眠る〝ピースサイン〟

ROCKIN’ON JAPAN 12月号(December 2018 VOL.502)に掲載されている“米津玄師” 9thシングル〝Flamingo/TEENAGE RIOT〟についての超ロングインタヴュー。P92~93、水面をフラミンゴの如く一本足で、凛と佇むその出で立ちに彼の生き様を強く感じる。大海原を一人孤独と向き合い、それでもなお《遠くへ行け〝ピースサイン〟》と見つめるその視線の先へ彼は行く。その才能は“ハチ”名義で活動している頃から群を抜いていた。〝マトリョシカ〟〝パンダヒーロー〟等、VOCALOIDシーンの中で異彩を放ち、目には見えない闇に包まれたハチの素顔に、誰もが心を揺さぶられたのは言うまでもない。2012年に本名“米津玄師”として活動を始めてからは、その独特の世界観と異次元の才能に皆が驚嘆した。作詞・作曲・歌唱だけにとどまらず、アレンジ・プログラミング・演奏・ミックスを自身で手掛け、動画・アートワークも独りで制作するという徹底ぶり。そして、その一つ一つのクオリティーが非常に高い。もはやもう“嫉妬”や“尊敬”の域を遥かに通り越す彼の“存在価値”は、計り知れない。

内に秘めた抑え切れない感情が“ハチ”という名の仮面を突き破るかのように、生まれた1st AL『diorama』“今を生きる”一人の人間としての激しさや荒々しさが見て取れるが、その中にも“ジオラマ”のようにその背景をきめ細やかに表現しようとする、彼の繊細さが際立つ作品に仕上がっている。また、その対比する感情が相まって、洗練された曲の奥行きに更に深みがプラスされ、より一層僕らリスナーの心を受け止めてくれる。そして、《さよならだけが僕らの愛だ》と歌うこの曲〝vivi〟は、「人と人とは分かり合えない」と語る当時の米津を顕著に表した特徴的な楽曲だ。《灰になりそうな/まどろむ街を/あなたと共に置いていくのさ》〝vivi〟で表現された“愛”に翻弄し彷徨う心の葛藤を、一つの仮想空間「街」として完結させたこの作品こそ、“米津”としての真の“原点”と言えるのかもしれない。

そして、“ボカロ”から“ソロ・アーティスト”へ、移り行く彼自身の歩みを連想させるかのように『移民』と名付けられた2nd AL『YANKEE』《手をつなごう 意味なんか無くたって〝サンタマリア〟》満たされない心に、汚れなき“聖母”の光が道しるべとなり動き出したその魂──。空っぽになって渇き切った心も、たった一滴の水があれば癒される。そう彼を優しく諭すかのように導き生まれた、この作品の“指針”となる楽曲〝サンタマリア〟それと同時に《あなたの名前を呼んでいいかな〝アイネクライネ〟》と、君と僕とを繋ぐ微かな温もりに気付く人の心情を〝アイネクライネ〟では歌っている。その反面《また僕らに自由はそれほどない》と〝百鬼夜行〟では歌い、現代の“居心地の悪さ”や“閉塞感”、そういった誰もが持つ“負”の要素を妥協せずに表現するところがまた米津らしい。そんな彼の内面やその心の変化に気付くことで、より僕らと近い目線でその音に触れることができるはずだ。軽快なバンド・サウンドに「ピリリ」と辛いロック・テイストなスパイスが付け加えられた今作。前作以上に聴き応え抜群の“米津ワールド”を是非堪能してもらいたい。

その後、発表されたのが3rd AL『Bremen』だ。タイトルは制作中に、グリム童話の「ブレーメンの音楽隊」からインスパイアされたものだ。米津自身が当時思い描いていた思想や感情とその物語の内容が一致して、リンクした心の情景が“音楽”として吹き込まれたこの作品の世界観こそ、このアルバムの聴き所、つまり「醍醐味」と言っていいだろう。そして、その特徴的な楽曲が〝ウィルオウィスプ〟だ。《打ち捨てられた高速道路を歩き続けている/みんな一列に並んでは ゲラゲラ笑いながら〝ウィルオウィスプ〟》その胸に宿る“光”が指し示す世界を求めて、歩き始めた動物達──。向かうその先にある“夢や理想”を描き歌い、進み続ける楽しげなその“足音”こそ、僕らの“希望”なんだと訴えかける、曲のメッセージに強く心打たれる。また、それだけでは終わらないのが“米津玄師”だ。《今もあいたいよ/いつでも想っているよ〝ウィルオウィスプ〟》と、大切な人への想いも忘れずに盛り込むことで、童話の枠を超えた“米津”本来の独特な世界観が、僕らの心を底辺から満たしてくれる。そういった彼の詞や曲の構成や展開は「神業」と言ってもいいほどだ。本当に素晴らしい才能である。

目の前に立ち塞がった〝花の壁〟それは果たして“愛”なのか、それとも僕らを遮る“闇”なのか、《フラワーウォール/僕らは今二人で生きていくことを/やめられず笑いあうんだ〝Flowerwall〟》〝ホタル石〟の純粋無垢な輝き、忘れかけていたその光《ふいにそれは何かを通して 再び出会う〝フローライト〟》儚きこの時の中にある、人と人との“絆”その奥深くに眠るその“証”、僕らが僕らであり続けられるその意味を、様々な視点から見つめる彼のフィルターを通すことで、その大切さが鮮明に映し出される。そうすることで彼自身も、少しずつ“鱗”が剥がれ落ちるかのように、胸の中に眠る“米津玄師”とは「何か」そんな答えのない問いからも解放されるのではないだろうか──。

《いつでも僕は確かめる 君を愛してると〝Blue Jasmine〟》このアルバムを締めくくる“能動的”な「愛」の言葉に、これから生まれる“肉体的”なその「軌跡」の片鱗が、ここに刻まれているように感じられた。

その後、僕らの心に美しく尖ったナイフを鋭く突き刺すように、“海賊盤”と名付けられた4th AL『BOOTLEG』が発売された。タイアップやコラボレーションの曲が数多く収録された今作品。他者との関わりを経て、新たに開かれた彼の感性や音楽が“真”のポップ・アルバムとしてここに体現されている。《どこへ行ってもアウトサイダー 継接ぎだらけのハングライダー/本物なんて一つもない でも心地いい〝Moonlight〟》「人と人とは分かり合えない」そう語っていた米津玄師の“現在地”。その歩みの中で感じ取った自身の変化を、常に吸収し受け入れながらたどり着いたこの場所にこそ、彼にとっての本当の“答え”が隠されているのかもしれない。

この頃のインタヴュー記事を振り返ると、その心境の変化が見て取ることができ、「人とつながりたいからこそ、普遍的なものを作ろうとする自分もいて」そう語る米津の言葉がとても印象的だったのを覚えている。人とのかかわりを求めたその強い意志が、彼の心をなお《遠くへ行け〝ピースサイン〟》と鼓舞しているように感じられた。また、彼の口から出た「普遍的なものを作りたい」という真っ直ぐな思い──。《アイムアルーザー ずっと前から聞こえてた/いつかポケットに隠した声が〝LOSER〟》この楽曲も「WINNER=勝ち組」と歌うのではなく、「私は負け犬」と歌うところがまた米津らしい。ひと口に「普遍的」と言っても、彼の捉えるその意味は奥深く、純粋に綺麗な言葉だけでは決して説明出来ない、人の繊細な気持ちや心情が込められている。身に纏う“偽物の自分”と内に秘めた“本物”の自分との境目を行き来するような人の心模様が、このアルバムの“核”であり“虚しさや不安”消化できないその思いを明確に表現し代弁できる彼だからこそ、人を動かす力があるに他ならない。

さらに〝Nighthawks〟を聴くとその感情がより肉体的に表現されていて、“愛”を掴むことの大切さを改めて実感させられる。《何もないこの手で掴めるのが残りあと一つだけなら/それが伸ばされた君の手であってほしいと思う〝Nighthawks〟》その繋ぎ合った手と手が美しく見えるのは、日々「物足りない」と嘆く僕らの心に愛で満たされる何かがあるからだろう。こういった人とのかかわりや出逢いを経て、米津自身もそこから見える新たな景色や真実に感化し、このアルバムを通して大きく羽ばたくことができたのかもしれない。《どれだけ背丈が変わろうとも/変わらない何かがありますように〝灰色と青(+菅田将暉)〟》目には見えないその思いを、誰もが胸にそっと隠しながら、今を見つめ、明日へ向かう。《始まりは青い色〝灰色と青(+菅田将暉)〟》その背中を明日へ導く彼の歌声は、僕らにそっと勇気をくれる。そういった意味でも『BOOTLEG』は米津史上、最も美しいアルバムと言って間違いないだろう。

だが、そこで満足することなく不安に突き動かされるかのように、足りない何かを追求し生まれた作品が、究極のラブ・バラード〝Lemon〟である。「『古いものこそ美しい』みたいな感覚があんのかな」と彼が語るように、この楽曲で『歌謡曲』に初挑戦している。ドラマの根底にある“死”をテーマに書き上げられたこの楽曲。“今はなき、かけがえのない大切な人へ捧ぐ”この歌──。“死”と直面しその現実と必死に向き合い戦う主人公の“心情や葛藤”が、リアルに描かれ歌われている。《胸に残り離れない 苦いレモンの匂い〝Lemon〟》痛いほど胸に沁みる、忘れられないその思い。それでも《切り分けた果実の片方の様に/今でもあなたはわたしの光〝Lemon〟》そう語りかける米津自身も制作中に祖父が亡くなったことで、“死”という現実に真っ向から直面し、人の命の“尊さや儚さ”を身に染みて実感したことだろう。

発売後、その思いに答えるように予想を遥かに超える反響が、彼の背中を後押ししたのは言うまでもない。この楽曲〝Lemon〟のMVは、公開から1年を待たずしてYouTubeでの再生回数が3億回を突破した。ことごとく塗り替えられるこれらの記録や目に見える数字以上に、彼が放つ言葉の重みは計り知れない。だからこそ、その歌声は着実に今もなお、人々の心に届き続けている。また、「時代の流れだとかを、どうにかして体現できる人間でありたい。それが一番刺激的で美しいと思うから」そんな心に秘めた熱い思いを、普遍的な価値として追い求め続けてきた“米津玄師”の『第一章』が、このポップの極みとも言うべき〝Lemon〟で完結したのは明白だ。

だがしかし、それも束の間のこと。その後に発表された9thシングル〝Flamingo/TEENAGE RIOT〟に誰もが度肝を抜かされた。まずは、沸き上がる初期衝動のままに、窮屈な服を脱ぎ捨てて「生まれ変わろう」と、もがく少年の心の叫びを歌にした〝TEENAGE RIOT〟《茶化されて汚されて恥辱の果て辿り着いた場所はどこだ〝TEENAGE RIOT〟》丸裸になって、孤独になって、初めて気付いた真実の声。《歌えるさ カスみたいな だけど確かな バースデイソング〝TEENAGE RIOT〟》世の中に吐き捨てられた無神経な言葉に「否」と一石を投じるような彼の歌声とその魂に、今まさに心揺さぶられてやまない。「大切な物は何か」と彼が投じた1曲の“問題提起”に込められた、音楽の力やその価値を改めて考えさせられる楽曲に仕上がっている。解放感にも似た胸に眠るその忘れかけていた感覚を、今一度明確に思い出したいものである。

そして、〝TEENAGE RIOT〟と対をなすように作られた、米津本来の人間臭さが全面に押し出された楽曲〝Flamingo〟誰もが心に抱く、みっともなさといった情けない心情を、惜し気もなく表現されたその世界観に、良い意味で「思わず笑ってしまった」と言うのが正直な感想である。《あなたフラミンゴ 鮮やかなフラミンゴ 踊るまま/ふらふら笑ってもう帰らない〝Flamingo〟》〝Lemon〟をリリースした後に、このシングルを世に叩きつけ、リスクさえ怖れずに楽しむその姿に驚きを隠せない。米津自身の巻き舌、咳払い、かけ声など生々しいサンプリング音が散りばめられたこの曲。貼り付めた緊張の糸が切れたかの如く疲弊した人の嘆きや不満を、緩いファンクなグルーヴに乗せて歌われている。また、民謡じみた旋律でみだらで下品な人の醜さを都々逸(どどいつ)、情歌として歌い上げるその様は「圧巻」としか言いようがない。《氷雨に打たれて鼻垂らし あたしは右手にねこじゃらし/今日日この程度じゃ騙せない 闇で彷徨う常しえに〝Flamingo〟》ポップシーンのトップにいる彼にしか表現できない荒業を、まざまざと見せつけられた、この癖の強いされど彼らしい至極の2曲。それを「今」彼が歌うその意味合いは、非常に大きい。そして、これからまた“誰もがまだ見ぬ”新たなステージへと立ち向かう彼の今後に、最大限の期待を込めて心からのエールを送りたい。

《カサブタだらけ荒くれた日々が/削り削られ擦り切れた今が/君の言葉で蘇る 鮮やかにも 現れていく〝ピースサイン〟》彼の歌声と共に、もう一度取り戻したい。その夢を、その希望を「今」この瞬間を噛み締めながら。それぞれの胸に眠る〝ピースサイン〟を、大きく自信に満ちたその笑顔で、力強く逞しく、そして、自分らしく大空へ掲げよう。愛する人のその胸に「今」届くように──。

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