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36℃のラブソング

andropの『Hikari』を通して見えてきた『Koi』の魅力

あなたには、好きな人や心から大切だと思える人はいますか?

「はい」と答えた人でも、その対象は様々であるはず。大切な人は、自分の子供の場合もあるし、あるいはパートナー、人ではないが飼っている動物の場合もあるだろう。そして、好きな人=異性という定義づけも、もはや無意味なものになっている。この質問に対して、「いいえ」と答える人も勿論いると思う。なぜこんなキャッチコピーのような書き出しにしたのかというと、andropの新譜『Koi』を聴いて、自分自身に上のような質問を投げかけられているように感じたからだ。そして、なぜだか一つ前のシングル曲である『Hikari』をもう一度聴きたくなった。そういうことで、『Koi』と『Hikari』を、歌詞を見ながらじっくり聴いて、感じたこと、考えたことを伝えたいと思う。

 『Koi』は映画の主題歌となっているので、そのイメージが強いかもしれないが、あえて映画の内容とは切り離して考えてみたい。私が初めてこの曲を聴いたのは映画の予告編であったが、バックで流れている曲があまりにも印象的すぎて、映像が全く入ってこなかった。というのは言い過ぎだが、曲が心に残ったことは事実だ。だから、先行配信されるとすぐに聴いた。歌詞を見ながら聴くと、ただ恋しい気持ちを歌っているだけではない気がした。

《忘れるなら
 忘れるくらいなら
 君じゃなくて誰でもいいのに》 (“Koi”)

「あなたを忘れたくない」という溢れんばかりの思いは、この言葉から十分すぎるほど伝わってくる。他のバンドの曲がそうではないというわけではないが、andropの曲は特に、歌詞を見ながら聴くとより曲の良さが見えてくると思っている。言葉とメロディーが共鳴しているような美しさを感じることができるからだ。そして、聴きながら、というか聴き終わってからも、恋しい気持ちはどんなときに強く感じるのかと考えた。たぶん、目の前に好きな人がいるときよりも、別の場所にいるとき、もしくはもう会えなくなったときの方が恋しい気持ちが強いのではないかと思う。この『Koi』という曲においても、なんとなくだが、“君”の存在が近くに感じられないのだ。どこか遠くに“君”が行ってしまったような、もう会えないと分かっているような、そんな印象を受けた。でも、だからこそ、一つ一つの言葉に託された思いがより一層強く感じられたのだ。
 それから、改めて『Hikari』を聴いた。この曲もドラマの主題歌だったが、私はそのドラマを見ていなかったので、ドラマとどのくらい合っていたかを語ることはできない。でもその代わりに、曲を聴いて、『Koi』にも通じるようなメッセージが込められている曲であるということはできる。それは後で明らかにするとして、まずは印象的だった言葉について話す。

《光に変えてゆくよ どんな暗闇も》 (“Hikari”)

タイトルにもなっている“光”という言葉から連想されるのはどんなことだろうか。曲を聴く前は、私は、朝・希望・大切な人…というイメージをもった。
 例えば絵の具で、黒色に白色を混ぜると灰色になる。白をいくら足しても真っ白になることはないが、白が多くなればなるほど、明るい色になっていく。(白を大量に加えれば、真っ白になるかもしれないが、試したことはない。)そんな風に、悲しみのどん底にいる時に、手を差し伸べてくれる人がいるだけで、真っ暗だった世界が少しだけ明るくなる。決してその悲しみから逃れられるわけではないが、悲しみという暗闇の中でも、ほんの少しの光があることで、その方向を目指して前に進んでいこうという気持ちになる。曲を聴いて“光”という言葉から連想したのは、こういったことだった。この曲に限らず、andropのこれまでの曲には、光と闇、生と死などの対比が描かれているものがいくつかある。その中で、この『Hikari』という曲は「僕がきみの光(=希望)になる」という強い思いが伝わってくるだけでなく、1曲には収まりきらないような、深く、優しく、温かな“愛”が伝わってくる気がした。    

 そして、『Hikari』の中のある歌詞を見た瞬間、二つの曲を通して伝わってくるもの、どうして『Koi』という曲が心に残ったのかが見えてきた。その歌詞がこれだ。

《選んで 選ばれて あなたといる
 一人じゃない》        (“Hikari”)

世の中にはたくさんの選択肢が溢れていて、私たちは毎日何かを選択しながら生きている。「今日の服はどうしようか?」というような些細な選択の時もあれば、自分のこれからの人生を左右するような選択をしなければならない場面もある。そんなありとあらゆる選択の中で、自分の意思では選ぶことができないこと、自分の意思だけではどうにもならないことというものがある。今の時点で思いつくのは、前者は「自分が生まれる場所」、後者は「恋人同士の関係になること」だ。自分が生まれる家というのを選ぶことはできない。お金持ちの家に生まれたいとか、〇〇の国に生まれたいという希望が仮にあったとしても(そもそも生まれる前に意思はないが)、それは不可能な望みといえる。また、「あの人と恋人になりたい」と思ったとしても、それが一方的な思いである場合は、たとえ自分が選んでも、相手に選ばれていないのだからどうにもできない。長々と一般論を話してきたが、私自身はこの歌詞を見て「幸せに慣れてしまうことの怖さ」を感じた。どういうことかというと、例えば、付き合う前は二人きりで話しただけで幸せを感じていたが、いざ付き合うと一緒にいることが普通になってしまい、一緒にいられる幸せを感じることが少なくなっていくということだ。これは実際に私が経験したことでもある。私は彼を選んで、彼も私を選んでくれたからこそ一緒にいることができたのに、その幸せを大切にできなかった。もしあのとき、『Hikari』や『Koi』を聴いていたなら、幸せに気づけていたのかもしれないと思ったりもした。
 
 『Hikari』と『Koi』という二つの曲を通して伝わってくることとは何か。それは「今、大切な人がそばにいること、その幸せに気付いてほしい」ということだ。大切な人というのは、恋人であったり、家族であったり、聴く人によって思い浮かべる人は違うと思う。“失ってはじめてその人(物)の大切さに気付く”、という経験をしたことがある人はなおさら共感できるかもしれないが、それではもう手遅れなのだ。私はandropの曲を聴いて、「この人といると幸せだ!」という感覚を大切にしていこうと思うことができた。では、そう感じた中で、『Koi』はなぜ心に残ったのか。それは、飾らないまっすぐな言葉で、大切なことに気付かせてくれたからだ。《ずっと一緒にいてほしい》や《君じゃなければだめなんだ》といった純粋でまっすぐな言葉は、聴いていて照れくさいと感じるかもしれない。でも、好きだという気持ちを遠回しにではなく、真正面から描いていることで、より一層自分にとっての大切な人を思い浮かべて聴くことができるのだと思う。もちろん、映画の主題歌として作られたものであるため、映画の内容に沿った曲といってしまえばそれまでだが、『Koi』の魅力は決してそれだけではない。ラブソングなのだ。それも、情熱的で熱いというわけではない。「大切な人のそばにいられる幸せを噛みしめよう」と聴く者に思わせてくれるような、平熱だけど人の体温がすぐそばに感じられるような、そんなラブソングだ。

あなたには、好きな人や心から大切だと思える人はいますか?
この質問に「いいえ」と答えた人も、『Koi』を聴けば答えが変わるかもしれない—

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