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ラディカルな“生への渇望”

イギー・ポップ再来日公演を切望する

 今や、イギー・ポップの代名詞的な一曲となった感のある“ラスト・フォー・ライフ”(1977年)。
 1996年公開の映画『トレインスポッティング』のオープニングで使用されたことでもお馴染みのこの名曲は、同じく1977年に発表されたイギーのソロ・デビュー作『イディオット』に続く、デヴィッド・ボウイとのコラボレーション第2弾にあたる同名アルバムの表題曲である。
 この曲が二人の共作であることはもちろん知ってはいたが、楽曲タイトルを命名したのがボウイであるという事実を私が知ったのは、ボウイがこの世を去った2016年のことだった。イギーによると、当時観ていたテレビ番組の呼び出し信号をもとにウクレレでコードを考え出したボウイは、タイトルを命名してから楽曲を彼に委ねたという。(ニューヨーク・タイムズ2016年1月13日のインタビューより)
 つまり、このフレーズを楽曲タイトルに掲げる言語センスは作詞を手がけたイギーのものではなく、ボウイ自身のヴォキャブラリーによるものだった、ということになる。
 もっとも、この曲の原題“Lust For Life”は1934年のアーヴィング・ストーンによる画家フィンセント・ファン・ゴッホの伝記小説のタイトルとして知られており(1956年に映画化。邦題『炎の人ゴッホ』)、かねてからイギーのことを“現代のファン・ゴッホ”と形容し、また自身もファン・ゴッホの作品や生涯に感銘を受けていたであろうボウイは、ここからタイトルを引用したに違いないと個人的には思っているのだが…。
 存命時は誰にも受け入れられず、極限にまで追い詰められながらも、絵画を通じて自己探求を止めなかったファン・ゴッホ。きっと、ボウイは世間の無理解や奇異の目にさらされながらも傷だらけ(時には血まみれ)になってロックと格闘するイギーに、ファン・ゴッホと同じ精神を見ていたのだと思う。
 ともかく、当時ドイツのベルリンでアーティストとして、ひとりの人間として再生を果たそうとしていた彼らにとって、共通で最大のテーマが“生き延びること”であり、ボウイはその強い意志をこの“生への渇望”というタイトルに込めたと言っても間違いないだろう。
 以降、長きにわたって、その“生への渇望”をギラギラと表出させてきたイギーだが、ストゥージズのヴォーカリストとして1969年にデビューを果たすも、数度のブランクや低迷などの浮き沈みをくり返し、過酷な道のりでもあった彼のキャリアには常に“停滞からの逃走”という側面があったように思う。また、世間から求められる自らのパブリック・イメージに忠実に応えようとする反面、イギーは時折そのイメージを裏切ってみせるかのように従来の路線とは趣の異なる作品を発表してファンを驚かせる。“ゴッドファーザー・オブ・パンク”としてのワイルドなロックンローラーとしての顔だけではないイギーの幅広い音楽性やインテリジェンスはそうした時により露わとなる。
 昨年夏に発表されたアンダーワールドとのコラボEP『ティータイム・ダブ・エンカウンターズ』もその例外ではなく、イギーがいわゆるロック・バンドの定型、さらにはロックそのものから逸脱する際に顕著となる自らの文学青年体質をここでも全開にさせている点もまた然りである。しかし、そのあと自らに揺り戻しをかけるようにイギーが戻る場所はいつだって“バンド”だ。収録曲“トラップド”の一節である“この地に捕らわれ、バンドに捕らわれている”とは、あらゆる表現の枠から解き放たれようとする一方で、あくまで“バンド”という形態にこだわり続けるイギー自身に他ならない。

 そんなイギーにとって原点となっているのが、彼が1967年に結成した伝説のバンド、ストゥージズである。アナーキーな異端だったストゥージズは当時アメリカのフラワームーヴメントに象徴される60年代的な幻想をプリミティヴで攻撃的なサウンドと自己破壊的なパフォーマンスで葬り去った。だが、急進的であるがゆえ破滅へと突き進んでしまったこのバンドをイギーはかつて「ロック版『ベニスに死す』であり、三島(由紀夫)の『仮面の告白』であり、アーティスティックな非行少年の実験、そして、非行少年のセレブレーションだったんだ」(ロッキング・オン、2001年7月号のインタビューより)と定義しているように、それはセンシティヴでアーティスティックな感性とインテリジェンスを併せ持つひとりのアメリカ人青年が、自らと資質を異にする仲間たちと徒党を組み、既存の概念に挑みながらどこまで自分はワイルドになれるのかという試みであり、そうする事によって未開の領域を探究し、独自のクリエイティヴィティをつかみ取ろうとする試みでもあった。ゆえに彼は自らの精神と肉体を極限まで追い詰めなければならなかったのであり、そうした意味で彼(ら)は偉大なる実験者であった。一昨年、日本でも劇場公開されたストゥージズのドキュメンタリー映画『ギミー・デンジャー』(ジム・ジャームッシュ監督)は、バンドとしての彼らの実像に迫った作品だったが、地元デトロイトですべてをシェアしながら生活をともにし、音楽に打ち込む共同体としてのバンドのありかた、シンプルで一切の無駄を削ぎ落とした詩作や音楽性がその後のイギーにとっての大きな基盤となっていることがよくわかる。それは自らの原体験に基づいた彼独自の哲学と言うべきものだ。
 そして、昨年公開されたもうひとつの傑作ドキュメンタリーである映画『アメリカン・ヴァルハラ』は、ジョシュ・ホーミ(クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ)とのコラボによって結実したイギー目下の最新作となっている『ポスト・ポップ・ディプレッション』(2016年)の制作過程からライヴまでを追った映像作品だが、ジョシュをはじめとする新たなバンドと寝食をともにしながらひとつの作品を生み出そうとする過程がここでも映し出される。それは今も彼があの時代に培った哲学を貫いているということでもあるが、『ギミー・デンジャー』では物語のクライマックスとして描かれていたロックの殿堂入りを果たし、遅過ぎる栄光を勝ち取った(はずの)再結成ストゥージズでの葛藤が劇中の冒頭、イギー本人の口から明らかにされる。そして映画の予告編でも大きな印象を残す「バンドの奴隷となってキャリアを捧げてきた。だから安住の地が欲しかった。自分の人生を生きようと決めた。レコーディングして俺の価値を試したい」という独白。これは50代半ばからの10年を再結成バンドに費やし、成功を収めるもメンバー間の方向性の違いから、必ずしも納得のいく作品を生み出すことのできなかったイギーの偽らざる本音でもあるだろう。しかし、それは同時にソロ・アーティストとしての彼の道のりを要約した言葉のようにも響く。複数の人間が同じ場所、時間を共有することで生み出されるのが音楽の持つマジックであると確信するイギーのソロ・キャリアとは、そのマジックを生み出し得るロックという表現の基本フォーマットであり、自らのアイデンティティの礎である“バンド”に捕らわれ続けながらも、キャリアの大きな転換期ではそこからラディカルな逃避や逸脱を繰り返す“停滞からの逃走”であった。決して“元祖パンク”という一面だけでは語れない多様な音楽的背景を持ち、90年代以降の精力的なコラボレーション・ワークが実証しているように、ジャンル世代を問わずに様々なタイプのアーティストにも対応できる柔軟性を持ちながら、イギーというアーティストは良くも悪くもバンドという価値観や概念を引きずってきたように思う。だが、このソロ・シンガー/アーティストでありながらロック・バンドのアルバムを作り続けようとするねじれたスタンスが、元来複雑で多面的なアーティストであるイギーの本質を浮かび上がらせているとは言えないか。80代後半のカムバック以降、コンスタントにアルバムを発表しながらもソロ・シンガーとして迷いなどもあったという彼が、その試行錯誤の末にたどり着いたのが2003年のストゥージズ再結成だった。最終的にここで自らの原点であるこのバンドに決着をつけることができたからこそ、イギーはひとりのアーティストとして究極の目標に立ち向かい、新たな代表作を生み出すことができたのだ。

 今もなお、“生への渇望”をラディカルに放ち、72歳となるこの4月から初夏にかけて、オーストラリアやヨーロッパ各地でのフェス出演が決定しているイギー。従来のセオリーから言えば、次のアルバム(?)では思う存分、ロックをブチかましてくれるはずだし、ぜひとも今年こそは待望の再来日公演の実現を期待したい。

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