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2017年5月29日

しょうこへ (21歳)
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ぼくのりりっくのぼうよみ、とわたし。

不安を掻き消してくれた、アラバキロックフェスで出会った1人のアーティスト。

学校を辞めた。
すぐ、働きたくて仕事を始めた。

今の自分には、最善の選択だったはずなのに、少しの後悔があった。

しかし、仕事は楽しかった。学校に行っている頃より、自分のことを好きになれた気がした。
それなのに、なぜか気持ちは空っぽだった。

会場まで、車で1時間もかからない地元のフェス。アラバキロックフェス。大好きで、愛着があった。

たくさんのアーティストの中で、
3日前にYouTubeで見た、2個下の1人の男の子がなんとなく気になっていた。
どうしてもみたかった。

東北の4月には似合わない暑さで、すっかり疲れ切ったわたしは、ステージの前に集まる人の多さに、少しうんざりした。
日差しを避けながら、日陰を目指してスイスイ歩いて行くと、気づいたら最前にいた。

“ぼくのりりっくのぼうよみ”

機材が置いてある、黒の大きいハコの文字を、なぞるように読んだ。
お腹が空いたとか、空が綺麗だとか、くだらないことばかり考えて、緊張を誤魔化していた。

そんなわたしの緊張を煽る、アラバキのSE。
新曲のMVからは想像できなかった、全身黒の洋服に身を包んだ男の子が、体を揺らして出てきた。

この時、1秒先のことすら想像できなかった。期待と緊張と、手に汗が滲んで、不思議な感情が大きくなるばかりだった。

そんなわたしは置いてけぼりにされ、目の前で歌い出した男の子。
男の子なんて可愛い言葉、彼には似合わなかった。鋭い眼差し。

「かっこいい…」

わたしの小さな呟きは、あっという間に、彼の声に飲み込まれ、掻き消されていった。

こんなに広い場所で、わたしの後ろには何百人とお客さんがいるはずなのに、その眼差しにグッと惹きつけられて、離れられない、その瞬間が何度もあった。
その瞬間の隙間に、気持ちよさそうに微笑む、あの表情が脳裏に焼き付いていて、今でも離れてくれない。

気づけば、無我夢中に、彼の音楽にしがみついているわたしがいた。
毎日の生活の中で抱えていたもやもやが、晴れたような気がした。

ライブが終わってからは、力尽きたように柵にもたれかかっていた。
彼から何かを得たのか、彼に何か吸い込まれてしまったのか。宙に浮いているような、不思議な気持ちだった。

そんな自分は、気持ちのやり場に困ってしまったのだろう。すっかり常温に戻ったペットボトルを、強く握りしめて歩いていたらしい。
テントに着いた頃には、ベコベコにへこんでいた。
 

今なら、何かできそうな気がした。
大きいことではない、小さなこと。
なんとなくそう思った。できるという保証なんて、できそうにないけれど。

この、わたしの”なんとなく”を許してくれる、ぼくのりりっくのぼうよみの音楽。
寄り添ってくれる音楽ってこのことなのか、そう思えた時間だった。
 

そんな大切な思い出を、繰り返し何度も思い出しながら、仕事に向かった。
3ヶ月前までは全くできなかった、車の運転を人並みにこなしている。
よく晴れた日で、アラバキの空と似ていた。
 

今日も、わたしの車の液晶画面には、

“ぼくのりりっくのぼうよみ”

の文字が表示されている。

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