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ザ・ハイロウズのレコードを聴く休日

「何かをしなければならない」という固定概念の行方

THE ↑HIGH-LOWS↓  「休日は何してるの?」

よく聞かれる質問である。
休日何をしているか、というのは、その人の人柄を知るのに有効な質問だ。

僕は考える。休日何してるんだろう。
せっかくの休日を無駄に過ごしてはいけない、という感覚を誰もが持っている。お昼頃までぐっすりと寝て、部屋でダラダラしていると、「こんなことでいいのか?」と、もう一人の自分が問う。
大人にとって、「何もしない休日」というのは、逆にストレスに繋がることもある。

さて、ザ・ハイロウズが歌う「プール帰り」という曲がある。
西陽が強い夏の夕方にぴったりな、隠れた名曲だ。

「プールの帰り アイスクリーム
青空の下 はしゃぎすぎてる」

「泳ぎつかれた 風が吹いてる
西陽がつよい もう少し遊ぼう」

子供の頃の夏休み。それは永遠に続くような時間だった。
お母さんがつくった焼きそばを食べていると、決まって友達が誘いに来る。真っ黒に日焼けした友達は自転車に乗りながら、遊びに行こうよ、なんて言う。

カブトムシをとりに行ったり、河川敷で野球をしたり、陽射しがどれだけ強くても、どれだけ汗をかいても、どれだけ転んで泥だらけになっても、先生にも怒られない。

僕が育った街には、小さな市民プールがあった。入場料は子供50円。田舎町の古いそのプールは山の中にあって、ほとんど人がいない。
蝉がしゃんしゃんと大きく鳴いていて、薄汚い更衣室は蛍光灯もまともに点いていなかった。監視員はたった一人の老人で、僕たちがプールに飛び込んで遊んでいると、「危ないからやめろ!」と激怒する。プールには誰一人いないのに。

水面に浮かびながら見上げる夏の青空は、とても濃い水色で、入道雲は僕たちを捕まえようとする大男のようだった。僕たちは夏の太陽に黒焦げにされながら、どれだけ潜っていられるかを勝負したりした。

「鳴ってる踏切り くぐりぬけたら
アイスクリーム 落としちゃったよ
みんな笑ってる」

「プール帰り」を聴いていると、あの頃の夏休みの情景が目に浮かび、ノスタルジックな気分になる。ゆったりとしたリズムは、懐かしい夏休みを思い出させるし、なぜか涙腺を緩ませる。

そうだ。子供の頃は「何かをしなければならない」と考える必要がなかったのだ。

ザ・ハイロウズの音楽というのは、前向きで元気であるというのが一般的なイメージである。「月光陽光」では、「今だけが生きてる時間 なのになぜ待っているのだ」と歌うし、「フルコート」では「待ってたんじゃダメなんだよ」と歌う。

しかし、「プール帰り」という曲は、決してそうではない。
子供の頃の夏休みを思い出すような歌詞が続いた後、曲は後半に続く。

「今夜も明日も 何もないから
100%くつろげるんだ
背中をのばそう」

人生は短い。時間を有効に使わなければならない。ダラダラしている時間は無い。そんな言葉って、いつから脳みそに植え付けられたんだろう。

「眠くなったら 眠ればいいし
腹が減ったら 何か食べよう
どうにでもなるよ」

よくよく考えてみれば、僕の脳内は固定概念に縛られている。ごはんは朝昼晩に食べなければならない。夜は眠らなければならない。休日は何かしなければならない。
果たして本当にそうなんだろうか。

最後の「どうにでもなるよ」というヒロトの歌声が優しい。

「おととい買った レコードを聴こう
ねころがりながら ダラダラしながら」

僕はダラダラと寝転がりながらザ・ハイロウズのレコードを聴いている。
そうだ。それだけでも十分充実した休日なのだ。

もうすぐ夏が来る。
あの市民プール、久しぶりに行ってみよう。
ame

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