264 件掲載中 月間賞発表 毎月10日

2017年5月30日

サリーシナモン (32歳)

彼を見送り、私は手を振る。

Panic! at the Discoとブレンドン・ウーリーの長い旅

最近のブレンドン・ウーリーの姿には、驚きと同時に何かこう、寂しささえ感じる。
寂しさとは?ああ、これはあれだ、と私は気づいた。「応援していた売れないバンドがメジャーデビューし、いきなり人気者になってしまって妙に寂しくなる症候群」である。
しかしながらPanic! at the Discoは決して「売れないバンド」ではなかった。ではこの寂しさの正体は?
私の感情など誰も興味はないだろうが、それを探るために、彼らのこれまでの軌跡を綴りたいと思う。

結成当時、バンドの核であったライアン・ロスは何のコネクションもないままにFall out boyのピート・ウェンツに自作の曲を送った。一見無謀にも思える行為だが、ライアンの圧倒的な作詞作曲能力を買われ、バンドはピートの運営するディケイダンス・レコードからデビューすることとなる。
1stアルバム『A Fever You Can’t Sweat Out』に収録され、シングルとして発売された「I Write Sins Not Tragedies」は世界中で大ヒット。アルバムも200万枚のセールスを記録……という絵に描いたようなエリート街道を駆け上がってきた。それがPanic! at the Discoだ。
この頃、彼らは独特な衣装を身にまとい、アイラインを引いたりピエロのようなメイクをしてみたりと、文字通りビジュアル系バンドの様相であった。
彼らのライブはサーカスのショーのようであり、世間から逸脱した見世物小屋を覗いているような気分にさせる。ステージの倒錯的な雰囲気はライアン・ロスの書く薄暗く、時に卑猥な曲によくマッチしていた。
ボーカルを務めるブレンドン・ウーリーの存在感と圧倒的な歌唱力もまた、バンドの世界観を際立たせていた。
彼のハイトーンボイスは力強く、艶かしく、妖しげだ。どこか中性的なステージパフォーマンスから、よくフレディ・マーキュリーのようだ、と評されているのを見かける。
しかし私はそうは思わなかった。フレディの背中には、「ヒーロー」の輝きがある。かつてデヴィッド・ボウイが「彼はてのひらの中に観客を抱くことができる人だった」と評していたが、まさにその通りだと思う。フレディは、観ている者全てを眩しい光で包み込み、浄化することのできるパフォーマーであり、ボーカリストであった。
対してブレンドンの背中には、「ヒール」のような薄暗い影が見える。ステージで歌い、踊り、誘うその姿に輝きはあるものの、どれだけ目を凝らしても、何かが”薄暗い”。
普段のブレンドンはスポーツ万能で頭も良く、爽やかな青年だ。しかし彼がステージで歌を紡ぐと、人を拐かす悪魔のように変貌する。私たちをてのひらの中で抱くのではなく、手を引いて”薄暗い”世界に連れて行って欲しいと願いたくなる。
それがPanic!というバンドによって引き出された彼の魅力だと私は思っていた。

2nd『Pretty. Odd.』ではバンド名に入っていた「!」を取り去り、1stで前面に押し出していたエモ・サウンドを捨て、中期ビートルズさながらのサイケデリックサウンドに路線変更を行う。
私はショックだった。彼らの魅力だった「子どもたちに悪影響を与える」とまで評された独特の世界観が、一気に消失してしまったのだ。魅惑の化身ブレンドンは一気に爽やかなお兄さんへと変貌を遂げた。
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。と呟きながらも、彼らが選んだ道ならば、と私は目を瞑った。盲目になったわけではない。すんなりと目を瞑ることができるくらい、2ndの曲は素晴らしかったのである。
その後、音楽好きにはもう耳タコになっている「方向性の違い」からバンドは分裂することとなった。
メインソングライターであったライアンとベースのジョン・ウォーカーが脱退し、バンドに残ったのはブレンドンとドラムのスペンサー・スミスのみ。Panicの中心人物だったライアンが脱退してしまったことで、バンドは路頭に迷うこととなる。
エモというメイクを施されたかと思えば、そのメイクを乱暴に拭われ、綺麗な白いシャツにベスト、清潔な綿パンを履かされてマジカル・ミステリー・ツアーにぶち込まれたブレンドンは一体どうなってしまうのか。不安になったのは私だけではないはずだ。

意外にも彼は、地味なカムバックを果たした。しかもなんと、以前バンド名についていた「!」を引き連れて、である。
復活第一曲目は「New Perspective」。エモ…ではない。ビートルズ…でもない。ポップだった。キャッチーで、耳障りのよいメロディ。悪くない。この曲は映画に提供されたが、インパクトには大きく欠ける復活となった。
そして新生Panic!としての3rdアルバム『Vices&Virtues』が発売。1stの雰囲気を思い出させるエモい曲や、60年代を感じさせる曲、きらきらのポップを織り交ぜてきた。それぞれ粒ぞろいの曲ばかりだったが、統一感のない「絶賛方向性摸索中」と言えるアルバムであった。
もう、私は面白くてたまらなかった。バンドが、いや、ブレンドンが迷子である。
この頃、バンドのサポートをしていたダロン・ウィークスが正式メンバーとして加わり、3人体制となった。

長い摸索を終えたのだろう、と感じる4thアルバム『Too Weird to Live, Too Rare to Die!』を発売。
固まってきた。前作より増えた電子音のせいか、ポップさ、ダンサブルさが一気に増した。派手さはないが、聴けば聴くほどハマる、スルメ曲が多い。
しかし、違う。Panic!というバンドに求めているのはスルメではなく、デスソースくらいのインパクトだ。欲しいのは更なるドラマティックさである。
「しつこい」と言われようとも、私は1stで受けた衝撃をもう一度味わってみたかったのだ。
4th発売後、ドラムのスペンサー・スミスがアルコール・薬物治療のため脱退する。おまけにダロンもツアーミュージシャンに戻ってしまった。
オリジナルメンバーはブレンドンただ一人となったのだ。しかし彼は決してめげない。バンドの名前を背負いながら、たった一人で活動を続ける。

一人になって初のアルバム、『Death of a Bachelor』発売。
これには私の頭からつま先まで雷が走った。既に発表されていた「Hallelujah」「Victorious」「Emperor’s New Clothes」を筆頭に、躍動感の溢れるアルバムに仕上がっていた。
そしてあれよ、あれよという間に全米アルバム・チャート初登場1位を獲得してしまったのだ。
ブレンドンが私の唇にデスソースをべったりと塗りつけた!
前作をはるかに上回る厚みのあるメロディライン。曲中の劇的な転調が効果的に行われており、ドラマティックに仕上がっている曲ばかり。それぞれ主張が強いのに、統一感が感じられる。
このアルバムの誕生は、私たちファンにかけられた「1st最高」という長い呪いから、解き放たれた瞬間でもあっただろう。
皮肉にも、彼はたった一人になった瞬間に、自らの在るべきポジションにすんなりと辿りついてしまったのだ。
 

冒頭に戻るが、どうやら私が感じていた寂しさは「応援していた売れないバンドがメジャーデビューし、いきなり人気者になってしまって妙に寂しくなる症候群」ではないようだ。
「ブレンドン・ウーリーによる、自分探しの旅」の終わりを見届けた寂しさである。
確固たる地位を手に入れた彼には、あのエモ・メイクも、大掛かりなステージ演出も必要ない。
たった一人で、あのボヘミアン・ラプソディすら、大胆不敵に歌い上げてみせる。もしかして彼は、こうなることを初めから望んでいたのではないかと思ってしまいそうなくらい、自信に溢れたその姿に、私は大きく手を振る。それだけで足りないならば敬礼もしよう。見事である。
そして彼のこれからの成長を、引き続き、いちファンとして眺めるのだ。

最後に。
Emperor’s New Clothesのミュージックビデオで、特殊メイクで悪魔に変貌していくブレンドンを眺めながら、私は呟く。
ほらね。やっぱりあなたには、その姿が似合っている、と。
昔から応援しているよしみで、それくらいの毒は許して欲しいと思う。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
音楽について書きたい、読みたい