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変化を恐れず、次のステージへ

SEKAI NO OWARIの『Eye』『Lip』を聴いて目が覚めた

 SEKAI NO OWARIが約4年ぶりにアルバムをリリースする—
やっとか、という気持ちと、『Tree』からもうそんなに経ってるんだという思いが交錯していたのは確かだが、やはり嬉しかった。それも2枚同時発売だという。期待せずにはいられなかった。そして、ふと思った。4年前、自分は何をしていたっけ?と。4年前は高校生だった。いい意味でも悪い意味でも何も考えていなかった。勉強、部活、また勉強と目の前のやるべきことを淡々とこなす毎日。将来どうしたいかとか、そんなの大学に行けば見つかるだろうと考えていた。なんて楽観的だったんだ。それから4年、今は大学生だ。ある程度の自由があるからこそ、何か新しいことを始めようとすれば何でもできる。が、しかし、「まだ時間があるから今じゃなくてもできる」というもっともらしい理由をつけて、やりたいこと、興味があるものを突き詰めるということをしてこなかった。ようやく自分が何をしたいのかを真剣に考え始めたとき、ついに『Eye』と『Lip』がリリースされた。もちろん、2枚とも買った。どちらから聴こうか一瞬迷ったが、次の瞬間には『Eye』のCDを取り出して、プレイヤーに入れていた。

 ダークな『Eye』と、ポップな『Lip』という紹介文などをたくさん目にしたが、実際に聴いてみると、対照的だという言葉だけでは決して言い表せないと感じている。ダークだという『Eye』にも、幻想的な雰囲気の曲がある。例えば、水面に桜の花びらが浮かんでいる情景を彷彿させるようなサウンドの“夜桜”がそれにあたるだろう。『Lip』もポップなだけではない。軽快でポップなメロディーなのに歌詞はどこかシニカルで、後味に違和感が残るような曲もある。これは、“ラフレシア”を聴いて感じたことだ。口元は笑っていても、目は笑っていない人がいる。頭の中で考えていることと、実際の行動が必ずしも一致するとは限らない。人間がそうであるように、ダークだからといってダークな曲ばかりではない。もちろん、ポップだからといって全てがポップなわけではない。つまり、この2枚のアルバムは対照的でありつつ、相互に補い合って一つの作品になっているのではないかと思う。
また、サウンドやアレンジが前作の『Tree』からかなり変化しているということも感じられた。私は実際に取材をしたわけでも、機材に詳しいというわけではない。でも、SEKAI NO OWARIが生み出す音楽が好きで、ずっと聴いてきたことは自信をもって言える。だからこそ、その変化を感じ取り、考えたことを伝えたい。

 Fukaseはあるインタビューで、2枚の区別は、「一生懸命歌っているのが『Lip』、そして歌にあんまり執着していないのが『Eye』っていう感じなのかな」と言っていた。確かに、はじめに聴いた『Eye』は、「このリズムいいな」とか「この曲のこの音がすごく好きだな」という感想をもった。音にこだわっているということは伝わってくるが、それと同時に、前作のアルバムに比べ、そのこだわり方が変化しているのではないかと感じた。前作の『Tree』が足し算的な音の作り方なのに対して、今作では、引き算的である気がする。その楽曲にはどんな音を加えればもっと面白い表現ができるか、ではない。どんな音ならその楽曲で表現したいことを最も伝えられるか、というところを重視したのではないかと『Eye』の曲を聴きながら考えた。つまり、その楽曲が出したい音を選びに選び抜いたということだ。そして、『Lip』の“千夜一夜物語”は、ボーカリストとしてのFukaseが最も感じられる曲だった。どういうことかというと、これまでのSEKAI NO OWARIの曲の中でもトップに入るくらい“歌っている”曲だということだ。バラード曲は誤魔化しがきかないという話を聞いたことがあるが、この曲はまさにそうではないかと思う。誤魔化しがきかないからこそ、歌うことで楽曲を届けるんだという思いが一層強いのではないかと考えた。『Lip』の6曲目にして既に心が揺さぶられたのは、きっとその思いが感じられたからかもしれない。
 2枚を一通り聴いて、引っかかっている言葉がある。それは、“監視”という言葉だ。これは、『Eye』にも『Lip』にも登場している。

 インターネットに監視されてる
 そこら中にいる匿名パパラッチ  (『Eye』より“Witch”)

 なんでもかんでも監視されてる
 僕らの自由は奪われた   (『Lip』より“ラフレシア”)

今までの楽曲には一度も出てこなかった言葉が、今作で二度も出てきていることは不思議だった。でも、最近はSNSやプライバシーを侵害するようなメディアの取材に対してミュージシャン自身が意見を述べたり、テレビドラマを通して世間にメッセージを投げかけたりする動きが増えていると感じている。もちろん、SEKAI NO OWARIがこれらの曲を作る際に、どのくらい意識していたのかは今の時点では分からないが、少なくともこれを聴く私たちは考える必要があると思う。あまり言い過ぎるとドラマの受け売りのようになってしまいそうなので、このくらいにしておくが。でもそう考えると、正義とは何か、多数派はいつも正しいのか、を問う曲を世に送り出してきたSEKAI NO OWARIがこういった曲を作ることは、何も不思議なことではなかった。  
 私自身はというと、この“監視”という言葉がどうしても頭から離れなかった。実際に、スマホで勝手に写真を撮られるという経験をしたのかもしれないし、別にそういうわけではないのかもしれない。そんな考えを巡らせた。音楽雑誌や他のメディア等でインタビューを読めば、どういう経緯で曲が作られたかをある程度知ることができるが、全く読まない人もいる。そういう人に対しては、楽曲を通して伝えたいことを伝えるしかないのだと思う。SEKAI NO OWARIが作る曲は、メロディーにしても、歌詞にしても、どこか心に引っかかるような曲が多い。心に引っかかるということは、「これはどういう意味なんだろう」と考えるきっかけを与えられているということだ。私の場合は“監視”という言葉が頭に残ったが、他の人はどういう言葉が、どういう音が心に引っかかったのだろうか。この2枚のアルバムを通して、SEKAI NO OWARIというバンドは、音や言葉を私たちの心に引っかけることがうまいと改めて感じた。ただ聴かせるための曲ではなく、何かを考えるきっかけが隠れている曲たちを全て消化するには、やはり時間がかかりそうだ。

 『Eye』と『Lip』について書く上で、「4年」というキーワードは外せないと思っている。前作『Tree』から約4年ぶりのアルバム。この4年で、SEKAI NO OWARIを取り巻く環境も相当変化したはず。メンバーのNakajin、Saori、DJ LOVEの結婚、さらにはSaoriの出産や作家デビューなど、メンバー個々の変化。海外でのライブ活動など、活動の場の拡大もあった。もちろん、4年間で変わったこともあれば、変わらなかったこともあると思う。期間という一つの物差しのみでミュージシャンの活動を評価することはできない。でも、あえて期間に注目するなら、この4年間は、SEKAI NO OWARIにとって本当に密度の濃い期間であったのではないかと考えた。『Eye』と『Lip』を聴いてそう考えざるを得なかった。  
 私は『Eye』から先に聴いたが、『Eye』の1曲目は“LOVE SONG”だ。

 いつだって時間はそう
 僕達を楽にさせて
 少しずつ麻痺させて
 最高な大人にしてくれる (“LOVE SONG”)

この言葉を聞いて愕然とした。アルバムの発売前にMVが公開され、それを見ていないわけではないが、改めて歌詞を見ながら聴き、愕然としたのだ。自分は何も考えず、何も行動しないまま過ごしていた。二十歳を超えれば、社会人になれば大人になれると思っていた。でも、違った。何も考えなければ、何も行動しなければ、30歳になっても40歳になっても今までの自分と何も変わらない。SEKAI NO OWARIが過ごしてきた4年間と、私が過ごしてきた4年間は、雲泥の差だと感じた。様々な内的・外的変化を受け入れつつ、音楽と真摯に向き合ってきた4人だからこそ、この2枚のアルバムが完成したのだと思う。それに対して私が過ごした4年間は、充実していなかったわけではないが、それは、自分から充実させようとしていたのではないと気付いた。運良くいい仲間に恵まれ、いい環境で過ごすことができただけだった。でも、目が覚めた。このまま何も変わらないわけにはいかないと思った。 “LOVE SONG”を聴いたことで、『Eye』と『Lip』を聴いたことで、変わろうとする気持ちが大きくなった。
 このアルバムで初めてSEKAI NO OWARIを好きになった人も、以前から好きで、今回さらに好きになった人もいるだろう。でも、今見ている彼らは、変化の途中の姿であるといえる。あるインタビューでFukaseは「自分たちがこうと決められたらすぐに移動する移民的な部分がある」と言っていた。私たちが、「セカオワは〇〇なバンドだ」と定義すればすぐにそれをやめ、新しい可能性を探すのだと思う。だから、これからも変化し続けていくのだろう。売れるためにではなく、SEKAI NO OWARIというバンドがSEKAI NO OWARIであり続けるために変わっていくのなら、私はそれを受け入れたいと思う。とはいっても、テレビ番組やインタビュー記事から垣間見える、強い絆で結ばれた4人の関係性は、いつまでも変わってほしくないと願うのだった。

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