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2017年5月31日

西村ヨウ (19歳)

グランジの残像

NirvanaからWHITE ASHへ

僕がNirvanaを知ったとき、彼らの音楽は既に終わっていた。これは揶揄的な意味での「終わり」ではない。事実上の「終わり」だ。1994年4月5日、ボーカリストであったKurt Cobainが自分の頭をショットガンで撃ち抜いた瞬間に、Nirvanaの音楽は幕を閉じた。

終わっていたと同時に、既に伝説的な存在だった。バンド最大のヒットチューン、『Smells Like Teen Spirit』を始めとする名曲の数々は、著名なミュージシャンから学生のバンドマンまで、数多くの人がプレイした。名実ともに80〜90年代の混沌としたロックシーンを代表するバンドであり、一つの音楽ジャンルを興したパイオニアと言っても過言では無い。

“グランジ”とカテゴライズされた彼らの楽曲は、20年以上経った今でも色褪せることない“汚さ”で鳴っている。いたずらに歪ませたギター、めちゃくちゃな歌詞、どこを切り取っても完璧な退廃感。ボロボロの服を着て叫ぶカートの歌声は、いつの時代に聴いても埋もれない力強さがある。

時代に染まることのない絶対的な魅力は、僕を掴んで離さなかった。おそらく当時の若者と同じように、不満や閉塞感をカートの言葉に乗せて発散した。音楽の多様化が止まらない2010年代に、お世辞にも洗練されているとは言えないサウンドを狂ったように聴いた。
 

WHITE ASHとの出会いは、「披露宴の入場曲にNirvanaの『Rape Me』を使った」という主旨のツイートからだった。僕がこのツイートに惹きつけられた理由は、自分がNirvanaの熱狂的なリスナーだったからだけではない。『Rape Me』は、ハレの場であるはずの披露宴に相応しい曲とは言えないからだ。

Rape me, rape me my friend
Rape me, rape me again

「犯せよ、友達だったらさ。
 犯せよ、犯せってば。」

こんな選曲は余程の物好きだと思って詳細を見ると、発信者は「のび太」と名乗るバンドマンだった。「のび太・披露宴・Nirvana・Rape Me」、並んだ単語には一切の関連性が無くて、訳がわからなくなっていた。

単純にルックスがのび太似、それだけのことだと知ったときには、もはやそんなことはどうでもよくて、彼が率いるWHITE ASHに僕は夢中だった。控えめな自称からは想像できないほどの力強い歌声、ダークな雰囲気、疾走感の中にあるドッシリとしたグルーヴ感。そして何より、のび太のレフティの白いストラトキャスター。Nirvanaが繋いだバンドには、カートの姿を彷彿とさせる確かな面影があった。

「和い、割って、終わらす詩
(中略)
 絵呪うのは不安に並ぶ幽
 when i 不穏な方にtake you
 絵呪うのは不安に並ぶ幽」

(Stranger/On The Other Hand, The Russia Is…収録より抜粋)

奇妙なツイートに導かれた僕を次に待っていたのは、意味のない言葉の羅列だった。WHITE ASHの楽曲はどれも、一聴しただけでは何を言っているのか聴き取れない。

「意味のない言葉」「聴き取れない歌詞」を作る理由を、彼らは以下のように語っている。

“「歌詞が大事」とよく聞くけれど、じゃあ日本語以外の歌はどうだろう。答えは二つ。気にしないか、和訳するか。どちらにせよ、その時点ですでに発せられている歌詞は、ただの音になってしまうのです。僕らに歌詞はありません。歌っているのは意味のないただの音。でも、その曲をイメージした詩ならあります。「なんかわかんないけどかっこいい」が最高の褒め言葉。言葉で伝えられない感情を、音楽で伝えられたら本望です。”
(RO69JACK 2010プロフィールより抜粋)

つまり、WHITE ASHの楽曲において歌詞という概念自体がなく、いわば一つの楽器として歌を使っているということだ。支離滅裂な言葉は聴き取れなくて当然だった。80年代以降の洋楽と邦楽をバランスよく組み合わせたようなバンドサウンドと、歌詞ではない歌詞。この狙いすましたアンバランスさは、「歌詞が大事」と言われる音楽への反抗だった。

「意味のない言葉」「聞き取れない歌詞」に合点がいった僕は、彼らが歌詞を破壊する姿から、反文化的な側面の“汚さ”を見出した。それは、Nirvanaがグランジと括られるほどに身をていして表現したものとは異なる。オルタナティヴロックやポストロックという、広い場所に隠れた凶暴な“汚さ”だ。

歌詞による制限がないWHITE ASHの楽曲は、新しくも僕が求めていたものだった。「なんかわかんないけどかっこいい」は、当時の僕が言いたくてたまらなかったセリフそのものだった。
 

こうしてWHITE ASHと出会ってから3年の月日が経とうとしていたとき、彼らの音楽は前触れもなく終わった。これは揶揄的な意味での「終わり」ではない。事実上の「終わり」だ。2017年3月31日、解散発表から約3か月後のこの日、WHITE ASHの音楽は幕を閉じた。
 

WHITE ASHは突然僕の前に現れて、突然消えていった。
真っ白な灰になってしまった彼らの、新しい音楽はもう聴けない。
歌詞を破壊し続けた彼らの、次なる挑戦はもう見られない。

ただ、WHITE ASHの音楽は、
今でも色褪せることない“汚さ”で鳴っている。
 

It’s better to burn out than to fade away

「色褪せて消えるなら、
 いっそ燃え尽きたほうがいい。」

(Kurt Cobain遺書より抜粋)

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