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2017年6月2日

黒田往宏 (30歳)

くるりが刻むロックンロールの鼓動

天国のドアを叩くとき、聴きたい音楽がある

 くるりの「ロックンロール」。

 今更言うまでもないが、くるりの音楽の中でも名曲中の名曲である。
 
 2005年、同じ学生寮に住む京都出身の友人が、僕にあるCDを貸してくれた。京都のことを教えてほしかったら、まずはこれを聴いてみな。と。
 そのCDこそが前年に発売されたシングル「ロックンロール」だった。当時のくるりは岸田繁、佐藤征史、大村達身、そしてクリストファー・マグワイアという4人編成。重みのあるバンドサウンドは、ある意味、くるりとしての絶頂期と言っても過言ではないと思っている。

 この「ロックンロール」との出会いによって、僕はくるりというバンドに心臓を鷲掴みにされてしまい、現在に至るまで、くるりは僕の心臓を離してくれない。

 歯車をかみ合わせるかのように、それぞれの楽器が自分たちの音を確かめるように「ロックンロール」は始まる。そしてクリストファーのドラムを合図に、その歯車はしっかりとかみ合い、じっくりと着実にリズムを刻み、前へ進み始める。

 「進めビートはゆっくり刻む
  足早にならず確かめながら
  涙を流すことだけ不安になるよ
  この気持ちが止まらないように」

 永遠に続くようなギターのリフレイン。爆発的でいて寄り添うようなクリストファーのドラムは、心臓の鼓動のリズムと同化する。僕の心臓とクリストファーのドラム。その音とリズムは急がずに、確かめながらしっかりとビートを刻む。大丈夫。この気持ちは止まらずに、僕は生きていると感じる。

 「それでも君は笑い続ける
  何事も無かった様な顔して
  僕はただそれを受け止めて いつか
  止めた時間を元に戻すよ」

 「裸足のままでゆく 何も見えなくなる
  振り返ることなく 天国のドア叩く
  天国のドア叩く」

 五年前、大好きだった叔父が他界した。音楽や文学が好きだった彼は、幼い頃から僕にいろいろな景色を見せてくれた人だった。
 出棺の時、叔父が大好きだった音楽が会場に流れた。若くして亡くなった叔父の人柄や人生を思い、悲しみや寂しさでいっぱいになっていた僕の心は、その音楽によって涙となって溢れ出た。

 音楽は人間の人生に寄り添うものである。そう感じたのだ。

 寂しさに締め付けられる僕たちの思い。それでも写真の中の叔父は笑顔でこちらを見つめている。僕たちはそれを受け止めて、確かめるように鼓動を刻みながら、これからも進み続ける。進み続けなければならないのではなく、進み続ける。刻み続けるのである。

 「たった一かけらの勇気があれば
  ほんとうのやさしさがあれば
  あなたを思う本当の心があれば
  僕はすべてを失えるんだ」

 「晴れわたる空の色 忘れない日々のこと
  溶けてく景色はいつもこんなに迷ってるのに
  8の字描くように無限のビート グライダー飛ぶよ
  さよなら また明日 言わなきゃいけないな」

 最後のサビに入る直前、心の底を響かせるような大きな深い重低音が僕の心と体を打つ。岸田繁の歌声は青空を飛び越えていくように伸びる。

 叔父が亡くなって以来、僕は自分がもし死んでしまったとき、どんな音楽を流したいかということを考えるようになった。不謹慎だと怒られるかもしれないが、叔父は死をもって音楽の素晴らしさを教えてくれたのだと、そう思っている。

そして今、僕はこの「ロックンロール」こそが、最もふさわしい音楽であると信じている。天国のドアを叩くとき、僕はこの曲を聴きたい。
 
 僕はいつか死ぬ。その日が来るまで、僕は確かめるように進み続ける。僕が死んでも、空は晴れ渡るし、誰かの鼓動のビートは刻み続ける。きっと誰かが「さよならまた明日」と言い続けるだろうし、毎日は続く。
 生きているということ、死んでしまうということ、それこそがロックンロールなのだ。

 自分の人生に刻まれた音楽。自分の心臓と同化するような、まるで自分自身であるかのような音楽。あの日友人に手渡された「ロックンロール」は、辛い時も楽しい時も、うれしい時も悲しい時も、朝も昼も夜も、どこにいても、今でも僕とともにある。
 
梅雨が来る前の晴れ渡る空の下で、僕は今日も「ロックンロール」を聴いている。

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