2002 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

北の街への旅

ヨルシカ「だから僕は音楽を辞めた」に寄せて

誰かの大切な宝物を、こっそり開けてしまった気がした。

箱を開けて出てきたのは、エルマという人物への手紙。
「この国は街角一つ撮っても何処か懐かしい匂いがする。」
一番上に入っていた手紙に、かすれかけたインクで、そう書いてあった。

北欧の小さな国を舞台に、この手紙は進む。
私が昨年7月まで生活を送ったスウェーデンで。
何もわからないまま1年間の濃密な日々を過ごしたあの場所で。
「だから僕は音楽を辞めた」このアルバムを聴き始めた時、
どうしようもない懐かしさに、心がしめつけられた。
ヨルシカはどうやら、私をあの北の国に連れて行こうとしているらしい。

CDの袋を開けると、箱が出てきた。手紙と、写真が入っていた。
このアルバムは、ただの音楽ではない。と書くのは変な話だ。
だが、芸術作品、というのもどこか薄っぺらい気がする。
なんとか説明しようと言葉を紡ぐのも、自分の言葉がどこか足りない気がしてならない。

手紙の主が、魂を吐くように紡ぐ言葉。私を打ち抜くように、体を駆け巡る。
音が、あの街の輪郭を形づくって、乾いた空気を連れてくる。
私の周りに、レンガ建ての建物がたつ。
色とりどりの家が、あの街の姿が、目の前に広がる。
誰かの、息づかいが聞こえる。

ただ、音を聴いているだけなのに。
ただ、言葉を読んでるだけなのに。
ただ、写真を見ているだけなのに。

胸がしめつけられる。
訳もなく、苦しい。

手紙の主は、エルマの詩を見て、曲を書いた、と綴っていた。
音楽を辞めようとしていたのに。
なぜ、彼は音楽を作るのか。言葉を紡ぐのか。芸術家であるのか。
彼は、何を残そうとしたのか。

「パレード」という曲がある。最後から4つ目の曲だ。

“身体の奥 喉の真下
心があるとするなら君はそこなんだろうから

ずっと前からわかっていたけど
歳取れば君の顔も忘れてしまうからさ
身体の奥 喉の中で 言葉が出来る瞬間を僕は知りたいから” (『パレード』)

きっと、エルマの言葉は、彼の原動力だったのだろう。
エルマの言葉が、手紙の主の言葉を生み出したのだろう。
人はいつか死ぬ。それでも、言葉は残る。
手紙の主は、何かを残したかったのだろうか。
それとも、曲を書かずにはいられなかったのだろうか。

このアルバムでは、彼の旅を、たどるようにして曲が進む。
彼は、人生最後の旅だと書いていた。なけなしのお金を使って、スウェーデンを巡る旅。
私たちは、手紙と曲を通して、夏から春へと時間を巻き戻すようにして、その姿を追いかける。
8月、彼は最後の手紙を書く。
「だから僕は音楽を辞めた」この曲を残して。
この曲を最後に、アルバムは終わる。

彼がこの後、どうなったのか、私は知らない。
 

このアルバムについて書こうとした時、
自分の中の全てをもっても、足りない気がする。どんな表現をもっても、この作品を表現することは、できない。
どこに行けばこの手紙の主に会えるんだろう。
どうすれば、こんな言葉に出会えるんだろう。
どんな言葉を集めれば、あんなにも心をつらぬくような文章が書けるんだろう。

私には、わからない。
私には、わからない。

どうにか、どうにか言葉を紡ぎたい。この息苦しさの正体はなんだろう。
自分の中にある、なけなしの言葉を拾いたい。
この感覚を、失ってしまう前に。

私は、明日もいつもと変わらない生活を送ることだろう。
同じように学校に行って、同じような時間を過ごす。
自分がこの人生で、何を残せるかはわからない。
でも、人生の片隅には、この手紙があることだろう。
この手紙は、私に書かれたものではないけれども。
それでも、何かを拾い上げたい。
表現者として、生きてみたい。
 

また、あの国に行きたくなった。
手紙の主の、跡をたどって。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい