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雨音が聞こえつづけるかぎり

つばきの音楽が教えてくれた、特別じゃないこと、それこそが特別であること

 2017年5月9日、スリーピースバンド・つばきのvo.である一色徳保さんが37歳で亡くなった。脳腫瘍だった。

 その知らせを見たとき、もう消えたと思っていた10代の自分が、その想いが息を吹き返した。なくしたはずの感受性が、手触りがわかるほどに蘇り、持て余したことを覚えている。
 2年たった今、言葉にしたくなったので、ここに記そうと思う。

 つばきは10代の頃の私の、欠かせない一部だった。そう本気で思っていた。
 つばきだけではない。あの頃下北沢や新宿の数百人規模のライブハウスで活動していたバンドたちが、間違いなく私のつまらない感受性をいっちょまえに育ててくれたのだ。

 ランクヘッドの「月と手のひら」、LOST IN TIMEの「きのうのこと」、メレンゲの「初恋サンセット」、BURGER NUDSの「symphony」、GOING UNDER GROUNDの「h.o.p.s.」、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「ソルファ」、スネオヘアーの「フォーク」、思い入れのあるアルバムを挙げたらきりがない。バンプの「ユグドラシル」も銀杏の「DOOR」もすきだ。
 初めて行ったROCK IN JAPANは2004年で、私は17歳だった。ひとりで鈍行列車とバスを乗り継いで、初めて自ら予約したホテルにひとりで泊まった3日間。大冒険だった。

 つばきを知ったのは高校時代よく行っていた都内のはずれにあるHMVで、ジャケ買いをしたのがきっかけだった。インディーズ時代の1stフルアルバム「あの日の空に踵を鳴らせ」を、Syrup16gの「COPY」と一緒に買ったのを覚えている。

 それまで、「世界観」だとか「独自性」だとかにどうしようもなく焦がれていた私は、つばきを聴いて初めて、そんなもんなくていいんじゃないかと思えた。
 夜になるといたたまれなくなり、雨が降ると無性にかなしくなり、一人はすきだけれど独りにはどうしたってなれない、きっと世界中に溢れる普遍的な悩みや絶望のなかで、頑張ったり頑張れなかったり頑張ろうともしなかったりする、まったくもって特別な人間じゃない私に、つばきの音楽は寄り添うわけでもなく、許すわけでもなく、ただそこで同じような気持ちを鳴らしてくれた。こんな感覚は初めてだった。

 CDをすべて購入し、都内近郊のライブにはなるべく足繁く通った。つばきは10代の頃の私の、欠かせない一部になった。高校生の自分はそう本気で思っていたし、大学生の私も就活中の私もそう思っていたけれど、いつからだったっけな。音楽を聴かなくなったのは。

 社会人になり、人並みに忙しく過ごし、そのなかで恋愛なんかもして、結婚を考える歳にもなったけれど、自分には恋愛も結婚も合わないことを思い知り、また仕事に没頭した。30代になった私は、音楽を通勤電車のなかで数十分間ぼんやりと聴くだけになっていた。
 よく、歳を重ねるうちに若い頃寝る間も惜しんで没頭していた趣味、たとえばゲームや読書になんかに、気力的に時間を割けなくなっていくというけれど、まさにその状態だったと思う。音楽を聴くことに疲れた。あんなに足繁く通っていたライブにも行かず、YouTubeに公開されるライブ映像をたまに見るだけになった。確かに忙しかった、けれどそれだけが理由ではなく、なにかに感情を揺さぶられることが、ただただ億劫で面倒だった。
 

 最後につばきのライブを観た日から5年以上たっていた、忘れもしない2017年5月9日24時過ぎのこと。
 私はふと、ほんとうにふと、前触れなくつばきのことを思い出した。
 最近活動してるのかな、ボーカルの一色さんが病気になったのは知っているけど、音源は出してるのかな。と、なんの気なしにつばきのオフィシャルサイトを見てみたのだ。

 そこのトップ画面にあった「つばきを応援していただいた皆様へ」の文字、その先に書いてあった「2017年5月9日午前10時8分、Vo.一色徳保が脳腫瘍のため、逝去いたしました」という文章を読んだその瞬間、周囲の音が消えて、自分の心臓の音だけが聞こえた。

 内容もそうだけれど、とにかく驚いたのは、その日付だった。

 私はもう何年もつばきの音楽を聴いていなかったし、そもそも音楽自体が生活から遠ざかっていたのに、久しぶりにつばきのことを考えたその日の朝、彼は亡くなっていたから。
 教えに来てくれたのかな。私というか、あの頃の私に。
 ぼんやりとそう思った。そんなきれいごとしか考えられないほどに、なにかに思いを馳せるという行為が苦手になっていた。

 その日の2日後、ファンも献花することができるお別れ会があることも知った。仕事があったので行けなかったけれど、ずっとつばきのことを考えていた。つばきの音楽をすきだったあの頃の自分のことを考えていた。帰り道、雨が降っていたから、久しぶりに、もうずっとずっと久しぶりにつばきの「雨音」を聴いた。5月の雨の歌だ。出来過ぎだろうと思った。感情がぐちゃぐちゃになって身体の中で暴れまくった。きれいなだけでも、汚いだけでもない感情が、自分のなかにまだ存在したことに驚いたし、一体どこに隠れていたんだろうと呆れた。そのあとで、無性にかなしくなった。だって雨が降っていたからだ。雨が降ると無性にかなしくなることも、久しぶりに思い出した。それだけが理由じゃないけれど。
 なくしたと思っていた感受性が、音楽を純粋にあいしていたあの頃とまったく同じではなくても、今もこの手にあることにようやく気づいた。気づかせてくれた。

 それが2年前のはなしだ。

 2017年、18年、そして今年、5月になるとつばきの音楽を聴く。今もこの文章を書きながら聴いている。一色さんの声が、「思ってるより幸せな僕らは そんな事さえ見失うけど 忘れないでいれたらな…」(「予定のない日曜の朝」)と歌っている。同じことを考えている。

 明日も頑張ろう。明日になったところでやっぱり頑張れなくても、いつも死んだふりばかりしていても、いつかは頑張ろう。そんなことを思う。少なくとも今は、つばきを聴いているかぎりは。

 一色徳保さん、歌ってくれて、鳴らしてくれて、紡いでくれてありがとうございました。届かなくても、ようやく言葉にできました。

 5月の晴れの日に、両耳のイヤフォンからつばきの音楽が聴こえている。

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