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旅立ちの日に向けて

アシュラシンドローム RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 出演決定

誰かの夢に相乗りしている感覚。故郷とはいったいなんだろうと考える。
 
 

4月25日、わたしはそのお知らせを、仕事で外出中のランチタイムに知った。

『アシュラシンドローム RISING SUN ROCK FESTIVAL (以下RSR)2019 in EZO. 出演決定』

スマホに表れたTwitterの通知を何気なく押して、出てきた文字を二度見して、何度か眺めてからようやくその意味を噛み砕いて飲みこんだ。

「わーマジか…マジか! マジか!!!!」田舎の道の駅に併設されている食事処の入り口の前で、思わず声が出たわたしを、地元でとれた野菜を買いに来たであろう老夫婦が不思議そうに眺めては通り過ぎて行った。
 
 

アシュラシンドロームはボーカルを担当する青木亞一人が札幌で結成した東京のバンドだ。しかし札幌『出身』のバンドなのである。深い歴史はどこにもまとまっておらず、オタク気質のわたしが納得できるほどその過去をじっくり時系列で知ることは未だ叶っていない。Wikipediaによれば確かに2010年に札幌で結成したとある。公式ページにも簡単な文章で現在までの経緯がつづられている。

バンド名で検索して画像を拾っていけども、初めて検索した人では一体どれが今のメンバーなのか迷ってしまうかもしれないほどにいくつもの画像がでてくる。

青木亞一人=アシュラシンドロームなのか。なんとなくの薄い知識でヴァン・ヘイレンのようだな、と思ってヴァン・ヘイレンのWikipediaを開いてみたら、丁寧に編集されて歴史が書かれていた。もちろんソースがWikipediaというのはきっと本当のファンからすれば賛否両論があるのだろうとは思うが、大好きな誰かがこぞって情報を書き込んでいる様子がうかがえる。

世の中の様々なバンドにはメンバー脱退や活動休止など、いわゆる転換期があるものだ。そのたびに自分勝手にお客さんであるわたしは、寂しがったり、悲しんだり、新しいメンバーと古いメンバーを比べてみたりと忙しい。

それでも誰かが看板を守り続ける事で、形を変えて存続していくバンドもあれば、別のメンバー別の名前で全く違うバンドになってしまうこともある。

アシュラシンドロームは前者であった。
 

わたしはこれまで、後追いばかりをしてきていた。好きになるバンドはいわゆる『再結成』から過去にさかのぼっていく形で、そのバンドの歴史を眺めながら今を楽しむという安全なやり方だ。

分岐点になるような大きな出来事も、いつだって今ではなく過去にあり、既にバンドとして知名度がある結果ありきで昔の姿を見るのは、ただただ楽しい。

夢の入り口に立つ姿をリアルタイムで眺めるのは、昨年滑り込みセーフで飛び込んだ打首獄門同好会というバンドの武道館ライブくらいだ。

その端っこにアシュラシンドロームがいた。わたしは好きになったバンドと仲が良いとかそういう理由でまるっとひっくるめてこの界隈のバンド全部好き、となることが少ない。定額聴き放題サービスのレコメンドに引っ張られる事はほとんどなく、いつも単体でしか見る事ができないのだ。

そんなわたしはデザートビュッフェのようなフェスとは非常に相性が悪く、単体で定食をひたすらむさぼり食べるような音楽の聴き方をしている。
 
 

それでも大好きになってしまった。

2年前のRSR2017、打首獄門同好会のステージにゲストとして姿を現した青木亞一人は、観客の前で「来年必ずこのライジングサンのステージに立つ」という宣言をした。わたしはその様子をYouTubeで眺めながら、内心ハラハラした。この放送自体もリアルタイムではなく数ヵ月遅れで目にしていたのだが、打ち合わせた様子や、裏で何かの根回しをしているような事もなく、衝動的な発言に見えたからだ。

そしてそれは演出としてそう「見えた」だけではなく、きっと本当にそうだったのだろう。リアルドキュメンタリーとしてのスタートがしっかりと映像として残され、当日そこにいた観客だけでなく、切り取られることもなく、数多の人の目に触れる状態で公開されていることに驚いた。

わたしは袖からの映像を眺めながら、一体どんな気持ちだったのだろうとそんなことを思う。それまで共に飲食ブースを盛り上げていた打首獄門同好会のステージ袖で一体彼は何を思っていたのだろうか。

推し量ることは出来ない。想像の中にはきっとない。整えられて取り出されたものの綻びを少しだけ眺めてしまうのは、わたしの癖のようなものだ。
 

そして昨年、RSR2018の出場者の中に、アシュラシンドロームの名前は無かった。わたしにはそれを「なぜだ!」と憤ることも、「当然だ」と叱咤することも出来るはずもなく、一体どうなってしまうのだろうというただ漠然とした不安だけが目の前に広がっていた。宣言とはあちら側からこちら側に取り出される『約束』である。期限を切ったものであれば、明確にタイムリミットが訪れ、リスケジュールをするのか、それとも撤回してしまうのか、決断していかなければならない。

どのように取り出されるのであろうか。そんな不安をよそに、わたしの予想など驚くべき状態で飛び越えてその瞬間はやってきた。2018年8月19日、打首獄門同好会とアシュラシンドロームのツーマンという形で、Zepp Sapporoという場所にて『アシュラシンドローム、来年こそはライジングに出てやる宣言式典』というライブが執り行われたのだ。

大がかりなリスケジュールが、またも宣言という形で行われるその日、わたしがその場所に行くことは叶わなかった。

無念にもお留守番組となったその日のわたしのツイートは、1日で231という自分史上最高値をたたき出している。

後日その宣言式典に密着した映像もYouTubeにて公開された。わたしはそれを眺めながら、手を差し伸べながら退路を断つ優しさに、共に走ってきたであろう2つのバンドの信頼関係を目の当たりにした。

そして同日、札幌でのアシュラシンドロームワンマンライブ開催という告知がなされ、2019年3月30日、年度末最後の土曜日という社会人にはいささか優しくないその前日の有給取得を心に決め、前乗りで札幌行きの飛行機チケットを予約したのであった。
 
 

5月の空は青く、馬鹿みたいに晴れている。

この勢いならば今年の夏はきっと猛暑で、日本列島の南の方にあるわたしの住まう町は、いったい何℃まで気温が上昇するのだろう。

わたしは約2ヵ月前に初めて降り立った、北の大地のことを思い出す。

3月の北海道は、まだ交差点の端っこに冬の名残を抱えていて、こんもりと積み上がった雪は踏みしめられた靴跡で黒く汚れていた。札幌の道は所々凍っていて、無印良品で買った安物のスリッポンで歩くには少々荷が重い。

自宅からの距離はGoogleマップでなんとなく測って1700キロほど。まさか自分がライブを観ることだけを目的として、こんなに遠くまでやってくるとは思ってもいなかった。

アシュラシンドロームというバンドを知って約1年。彼らの活動拠点は東京だ。いわゆる東京在住のインディーズバンドである。彼らの町からわたしの町までは物理的距離が遠く、バンドワゴンで移動する彼らにとってそうそうやって来られる距離ではない。

一極集中型の日本では、エンターテイメントの中心はいつだって東京にある。田舎暮らしの良さを求めて地方に移住するなんて話もあるが、地方で生まれて地方で生きるわたしにとって、求める良さは見え辛いのが現状である。

多くのバンドマンが故郷を離れて東京で活動をしているのも、きっとそんな理由からなのではないだろうか。

凱旋ライブとはよく言ったもので、全国ツアーと銘打って各地を回るときだって、生まれ育った地域での開催は少なからず皆特別な想いを抱いているものだ。
 

札幌ワンマンライブは3日前に発売された新譜『ロールプレイング現実』のツアー初日に位置している。わたしはフラゲ日に近所のタワレコへ午後には入荷していると言われたので仕事の昼休みに行ってみたら、店員さんが困った顔で「15時頃には届いていると思うのですが…」とそう言った。

午後という曖昧な表現によるすれ違いはあれど、無事手にして3日間、とにかくひたすらに聴いた。今回のアルバムは、歌詞も含めてメンバー全員で作ったというだけあってこれまでとはまた違った魅力にあふれている。ベースのNAOKI、ドラムのカズマ、そしてギターNAGA、ボーカル青木亞一人、それぞれの個性を持ち寄って試行錯誤した上で満を持して世に出したアルバムなのである。

新譜のツアーはその中からセットリストが組まれていることが定石だ。知らない曲でも楽しめるけれど、曲を知っていればもっと楽しめる。
 

3月の札幌は想像よりは暖かく、それでも夜はぐっと気温が低くなった。ライブハウスの入場列は残雪を踏みしめながら開場を待つ人々で溢れていた。

チケットは開催ギリギリではあったが見事にソールドアウト。遠征組も多かったように思う。このライブがRSR2019への出場に大きな意味をもたらすのだということは、あらかじめ8月の時点で告知されていた。

もう少しで年度が変わるという社会人にとっても学生にとっても、生活が慌ただしくなる時期に、誰もが予定を調整しその場所に集ったのである。

ただ音楽を楽しむだけにあるはずのライブに、上乗せされたたくさんの背景。本来はこちら側に届くのは結果だけのことが多い。しかしその過程をもさらけ出しながら突き進むのは、過酷すぎるのではないかとそんな風に思う。自分たちだけではどうにもできない第三者にジャッジされる姿を全て見せていくというのはどれほどのプレッシャーなのだろう。

しかし飛び道具はない。おそらくできる事は限られている。曲を作り、演奏をして、ライブを行うというただそれだけだ。シンプルに地道に、丁寧に。
 
 
 
 

【冬景色はもう何度目だろう 歯痒さはただ積もるばかり いつかはきっと旅立ちの時はくる】

―アシュラシンドローム 中野新橋ラプソディ―
 
 

中野新橋とは札幌を旅立ち上京した青木亞一人が現在住まう東京の地名だ。ギターのNAGAも同じ街に住んでいて2人の出会った街と聞く。わたしにはその街が一体どのようなところなのかを知る由もないが、彼らの中では馴染み深く、別の曲ではMVのロケ地になっている場所である。

この曲は歌謡曲の色を押し出したメロウな曲で、色気のある声で歌い上げるところが大好きだ。その日のライブで聴けることを楽しみにしていた。

曲に入る前のMCで感極まったのか青木亞一人は泣いていた。まだライブの前半も前半だったが、彼は感激屋さんで思った以上によく泣く。

NAGAが「今いる場所から少しだけ外に出てみようと思って」とそう言った。

WEB媒体の全曲解説を読む限り、歌詞を担当した青木亞一人は中野新橋を出るつもりはないと言っていたが、反してこれは旅立ちの歌なのである。

居心地の良い場所に定住したいと誰しもが考える。見慣れた景色の中で、小さな喜びや楽しさを温めて生きていく事を人は幸せと呼ぶのだろう。

自宅に帰る、故郷に帰る、大人になれば帰る場所は増え、「ただいま」の言葉が向かう先が複数になる事は珍しくない。

もう20年近く故郷とは別の場所で暮らすわたしにとって、それはある時突然訪れた意味のある気づきの1つだ。

札幌『出身』のバンド、という不思議なネーミングに彩られ、それでもバンドを結成したフロントマンである青木亞一人の出身地がイコールでバンドの出身地となっている。わたしはこの事実を眺めながら、故郷とはいったいなんだろうかと思いめぐらすのだ。
 
 

日本4大フェスと呼ばれるうちの一つであるRSR。

いつの間にやら日本の音楽シーンの中心は、CDの売り上げ枚数ではなく、春から秋にかけて全国の様々な場所で開催されるフェスに移行している。

北海道の石狩市で開催されるそれはたくさんあるフェスの中でも歴史が古く、その分出場ハードルはとんでもなく高い。世の中のフェス事情に疎いわたしでも理解できる単純な図式だ。

これまでの人生で、わたしは一度もステージ側からの景色を見た事は無い。その事実と同じくして、わたしに届くのはいつだって結果だけだ。

アシュラシンドロームというバンドが、どれほどRSR出場を願っていても、それが叶う瞬間を知る事は出来ても、その過程についてを知るには至らないのが本来なのである。当たり前だ。わたしはただの地方に住まうお客さんで、彼らとの接点といえば発売された音源や、ライブ、そしてSNSで共有される断片的な情報に限られている。

ただ、今回は断片的であるはずの情報が、かなり大きな塊となってわたしたちの前に取り出されていた。

伴走型というのだろうか。もちろんタイムラグは大いにあるが、それでも充分すぎるほどにその出来事はわたしたちを巻き込んでそこにある。全てとは言わない。そんなことはありえない。見えないところで様々な想いや事情が複雑に折り重なっているだろう。

しかし、わたしはたった1年。いや、彼らのライブを初めて観たのが昨年7月なので正確に言えばたった10ヵ月という短い間に、バーチャルな世界とは言い難いほどに近しい親しみを与えながら、彼らは夢の入り口に立つ姿を『魅せて』くれたのだった。

RSR2019が開催されるその日程は、世間はお盆というハイシーズンで、九州から北海道の間にはとんでもなく距離がある。おかげで飛行機のチケットは、わたしという何ら普通の人間を1人運ぶだけだというのに、驚くべき金額をたたき出しているのだが、夢の入り口をくぐりその先へと進む瞬間を目の当たりにするために、交わる事のない道を走り出してしまった。

もっと長い時間、彼らの活動を見守り続けている人たちもたくさんいるのだろう。その人たちの高揚感とわたしが感じているものは大きく違うのかもしれない。しかしたとえ短くとも、精一杯走り続けたいと願う。
 
 

アシュラシンドローム、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO. 出演決定おめでとうございます。

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