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ハルカトミユキが肯定してきたもの

ひとりぼっちのためのベストアルバム「BEST 2012-2019」

生きてやろうよ。

ニュースを見る度に溜め息が出る。
事件や事故によって失われた命、いちいち心を痛めてる暇もないほど、悲しい話題は尽きることなく日常に顔を覗かせては消えていく。それにしてもここ最近、理不尽な理由によって奪われた命があまりに多すぎやしないだろうか。

ハルカトミユキがベストアルバム「BEST 2012-2019」をリリースした。

本来、ベストアルバムは過去を振り返るものだが、ハルカトミユキのベストに感じたのは、この先に続いていく未来だった。

新録によって音源化された曲や新曲も含まれているが、ほとんどは身体中に染み付くほど聴いてきた曲たちである。「Honesty」と「Madness」と名付けられた2枚組、全32曲、更に初回限定盤にはインディーズ時代のデモたちが10曲収録されている大ボリュームである。

キャリアを余すとこなく網羅した曲たちを通して聴いていく。各楽曲の持つカラーは、何ひとつとして同じものはない。それはハルカトミユキがいつも挑戦を繰り返してきた証だ。特にミユキの制作した楽曲は年を追う毎にどんどん進化と深化を続けている。

今回新録された“どうせ価値無き命なら”。ツアー「溜息の断面図 TOUR 2017-2018 種を蒔く~花~」でリリース未定の新曲として披露されていた楽曲である。スリーフィンガーのアコースティックギターを奏で、「どうせ」なんて付くタイトルとは裏腹の命の尊さを真摯に唄う。

生きることは復讐だ。ハルカトミユキは音楽性こそ多種多様だが、そのメッセージは決して変わることはない信念を唄ってきた。たとえば初期の人気曲“ニュートンの林檎”において《上から潰されている/理不尽なだけの日々も/勝てないお前が悪いから》という歌詞のように、どんなに辛い状況でも「負けずに生きてやれ」と。

一人の力は決して強くない。音楽は何も救ってくれない。お腹が膨れるわけでもないし、世の中を良くしてくれることはない。それでも、どんな孤独にも音楽だけは寄り添ってくれる。音楽は自分を見つめ直させ、自分を自分でいさせてくれる。

2015年にハルカトミユキが初めて日比谷野外大音楽堂で行ったライヴのテーマは「ひとり×3000」。正直、無謀とさえ思えた野音の観客席を埋め尽くした3000人のひとりぼっちたち。あの夜にしかなかった熱は、確かに今の自分を動かす原動力のひとつとなっている。そのテーマを唄う、大切な楽曲が“肯定する”だった。3000人のひとりぼっちたちを前にハルカトミユキは宣言した。
 

《肯定するよ、生きてく君の 全てを》
 

ハルカトミユキは初の野音のために、懸命の宣伝活動をした。そして遂にはハルカは過労で倒れてしまった。そんな状況で、野音で伝えたかったメッセージを振り絞るように唄い上げたのだ。

そんな野音のために生まれた新曲“LIFE”は、やがて“LIFE 2”と姿を変え、今回のベストアルバムにも収録された。
 

《乗り越えた昨日がある
蹴飛ばされた今日がある
だけどまだ時間がある
あたたかい命がある》
 

ハルカトミユキの音楽ルーツのひとつはフォークだ。フォークソングは、日常を唄う。そして日常とは、日々を生きていくことだ。日々の生活の中で磨り減っていくもの、抱える怒り、それでも毎日を生きていくことを唄う。それこそが、尊くて価値のあるものだと。

そんな命を唄う曲たちが詰まったDisc.1から、Disc.2へ。

そこで、言葉を使ってつながれない者、ひとりぼっちたちの復讐は始まる。
人類が持つ最大の武器であり凶器でもある、言葉によって。

匿名希望人間、支配しているつもりの人間、絶望している自分に酔う人間、想像力のない奴ら、退屈しのぎに裁判ごっこする近眼のゾンビたち。誰もが他人に何かを期待して、勝手に失望している人間たちだ。
 

ベストアルバムに収録された色とりどりの楽曲たち。それがトラックを重ねていくうちに、楽曲の持つ色が混ざりあっていく。そして最後の楽曲に辿り着く時に、それは深淵のような黒になる。
 

《「お前みたいにだけは
なりたくないよ」って
あの日の僕が吐き捨てて消えた》
 

《薄暗い道の先に
崖があっても誰も気が付けない》
 

ベストアルバムはまさに吐き捨てるような怒りを放つ“終わりの始まり”で終わる。長いファンからすれば直前の“青い夜更け”をよくライヴの最後に演奏していたイメージもあって、終わりという感覚になるだろう。しかし、ハルカトミユキはそこで終わらず、あえて“終わりの始まり”をラストに据えた。

未来は誰にもわからない。不条理も死も、すぐ近くに横たわっている。しかし、幸せも喜びも暗い道の先に同時に横たわっていることも忘れてはならない。そこで待ち受けるものがどんな不条理であっても、どんな幸せな瞬間でも、それを味わえるのは命がある限りなのだ。

自分ではどうしようもない理不尽な出来事が世の中にはあって。
現実でもネットでも、社会や世界とつながったとしても、そこにあるは無数の孤独の残像だけだ。

誰にも惑わされず、自分が信じたものを胸に生きていくこと、それこそがパンクの信念だ。“二十歳の僕らは澄みきっていた”についてのエッセイではこう記されている。

「言葉だけは誰よりもパンクでいてやろうと、その時心に誓った」

パンク(punk)には「青二才」や「若造」みたいな意味もあれば、火をつけるための「つけ木」という意味もあるという。青い炎は赤い炎よりもエネルギーが高く、強い熱を放つ。それは人を傷つけるエネルギーではなくて、自分を燃やすためのエネルギーとなる。

やるせないニュースに悲しみに染まった黒い溜め息をつく。そして、いつしか怒りが湧いてくる。誰に対して憤っているのだろう。誰が不幸になればいいのだろう。

本当は気づいてる。そんな自分に一番腹が立っていることに。

ニュースで流れた不条理な事件や事故で思ったことを、メールの下書き画面に怒りの言葉に換えて書き連ねていった。しかし、見返したそれは、どれも薄っぺらい感情の羅列でしかなくて、吐き出したその先に、残るものは何もなかった。

どうしようもならない感情に出逢った時、他人にそれを委ねてはならない。自分の感情さえまともにコントロールできないのに、なぜ他人の感情をわかった気になれるだろうか。

表現者に成れなかった自分という人間は、音楽を通して伝えようとするハルカトミユキに、嫉妬に近い感情さえ抱いてしまう。怒りをぶつけているのに、それが自分にとって大切な曲になって、無我夢中に浸って楽しめる音楽に落とし込める2人が羨ましかった。

湧いた怒りを抱えるのも、それを許せないのも、狂えないのも、何もできないのも、すべて自分だった。

音楽が事件も戦争も止められないように、ひとりぼっちで世界を変えることはできない。けれど音楽によって、ひとりぼっちの世界は変えられる。お手軽に発散した怒りのエネルギーが何も残さないならば、それを今日を生きるエネルギーに変えていけばいい。

そんなひとりぼっちが増えていけば、あの野音の夜のように、奇跡のひとつでも起きるのではないか。

だからこそ。

「生きてやろうよ。」

あたたかい命がある限り、それが続いていく限り。
 

《明日には枯れる花も
可能性と名付けよう
どうせ価値無き命なら
何に怯えるんだろう
当たり前のように風は冷たいさ
生きてやろうよ
産まれたなら》
 

きっとまた、花は咲くだろう。

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