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分からないことの希望

結城綾香のライブで13曲を聴いて

 少し前の話になります。2018年7月28日、CD『instant hope』制作のためのクラウドファウンディングのリターンの一環で、結城綾香さんのスタジオライブを拝見しました。全13曲、約1時間10分。台風直撃の日でした。
 結城さんを初めて観た2016年からこの特別な日に至るまで、結城さんのライブは断続的に観てきていたのです。しかしいつからだったか、最初の頃のような感覚が薄くなっていました。心底恐怖を覚えた、音楽によって人を殺める寸前のような痛みの放出が鳴りを潜め、とてつもない殺気をまとい斧を振り回しながら走って追ってくる光景、そのようなものが見えなくなっていたのです。
 私にとって音楽家が変わっていくというのはより一層好きになる要因であり、「前と違う」というのは最も歓迎するべき事なのです。それにも関わらず結城さんのこの変化は、私にそれとは違う大きな混乱をもたらしました。
 それは否定的な意味ではありません。結城さんの新たな音楽は、曲は、歌は、演奏は、武装解除された軍隊でした。構えていた銃を捨て、燃え盛る島から対岸に橋を架けるかのような音楽です。それはより完全に近づいた音楽です。
 ただし武装解除したとは言えそれは戦闘放棄ではないのだ、ということには留意せねばなりません。目に見えて危険な武器を下ろした、それだけのことです。それにより結城さんの音楽は更に先へ向かいます。銃を持った軍隊ではなくなったとしても、闘争は続いています。

 この時は特別な機会だったので、最初のころに聴いていた曲をメインに演奏していただきました。いま歌われたそれらの曲は、言うまでもなくあの頃とは別物です。斧も銃剣もありません。もちろんあの歌声、まるで鋼鉄の長い棒が天に突き抜けていくような、あの強力な美しさを持つ歌声は今も変わらずここにあります。その強度と美しさは、今はさらに高じています。しかし、別物です。その価値は揺るぎなく、むしろ高まっているとしてもです。
 歌っていただいた曲のひとつ、『instant hope』。CDタイトルであるのにCDには入っていないこの曲は比較的新しいものですが、結城さんでは初めて聴くような曲調でした。この曲には今までにはなかった感触があり、それを何かの形で言葉にすることも、何か分かりやすい参照先を持ち出すこともできない状態が続いています。
 結城さんの音楽は、そもそも分かりづらいのです。『instant hope』は、結城さんのその分かりづらい曲の中でも、今もっとも分かりづらいものです。この曲は確かに得体の知れない深みを持っている、覗き込んでも全く底が見えない。少しずつ近づいては来ている気はします、それでもまだ分かりません。
 それでも結城さんの曲は、「音楽として難解」というものではまったくありません。ある時期の曲のコードはどれもほぼ同じですし、開放弦を多用するということ以外の特別な技巧はありません。アコースティックギターのみで奏でられる音楽そのものは非常にシンプルです。それでも結城さんの音楽は、分かりやすさからは程遠いのです。
 しかし分かりやすい音楽になど、どれほどの価値があるのでしょう。一聴した時に「なんなんだこれは」と感じる音楽こそ、私にとっては重要な音楽になり得ます。結城さんの音楽はまさにそれでした。「この音楽はそう簡単には分からない」という事実。それは言い方を変えれば、希望です。分かりやすい希望? 笑わせるなそんなものはない。
 この声は、本来の意味に於ける奇跡のひとつです。このような声を持つ、このようなギターを弾く、このような曲を作る、そしてこのような音楽を生成できるソングライターは他に知りません。知ったとしても認めません。認めない限り、存在しません。
 同時にこの音楽は爆弾です。ただしそれはなにか柔らかそうな、信管が水浸しになっている、見た目は安全そうな爆弾です。ある意味、落ちれば確実に爆発する爆弾よりもたちが悪い。そしてそのような音楽は、他には存在しないのです。だからこそ分からないし、困惑するし、理解に時間がかかります。それこそが結城綾香の音楽であり、『instant hope』です。スタニスワフ・レムの小説やエッセイを思い出してください。ああいう文学があるように、結城さんが作り出すような音楽も存在するのです。
 音楽以外の結城さんの音は聞く必要はありません。歌を捉えるにあたってそれらは不要であり、むしろ爆弾の威力を低下させるのみでしょう。音楽への理解は周辺情報からではなく、音楽そのものと自らの頭のみで為すべきです。少なくとも結城さんの音楽はそういうものです。その態度を放棄して、分かるも分からないもありません。

 『instant hope』が収録されていないそのCD『instant hope』を聴いたのは、リリースから1年以上経った時でした。珍しいことではありません。これまでも結城さんの新しい音源を手にした時は、実際に聴くまでに時間がかかっています――ここまでの期間ではありませんが。
 いずれにせよ結城さんの音楽はそんなに生易しくもないし、簡単でもないし、分かりづらい。そんな音楽を気楽には聴けません。という気持ちですが、そこは各人、好きなようにしてください。
 それでも私は、今これを読んでいるあなたにこそ、結城綾香さんの音楽を聴いて欲しい、そして分かって欲しい。そう願っています。

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