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動き出したiPod

6月1日、wowakaさんの追悼会に参加した日の話。

どうやらもう、みんな集まりだしているらしい。
SNSで現地の状況を確認した私は、家の扉を開けて外に出た。

空を見上げて、今日はとてもいい天気だと思ったことを覚えている。
いつものようにバンドTシャツを着て、タオルとチケットを持って、新木場STUDIO COASTに向かった。

ヒトリエのボーカル、wowakaさんの追悼会に参加する為だ。
いったい何が起こっているのか。私はそれをこの目で確かめたかった。
 

4月8日。

母親が、今までに見たことがないような神妙な顔で、まだそのニュースに気がついていない私を見てこう言った。

「ねぇ、あんた大丈夫?」

え、何が?という何気無い返事をしたと思う。

「wowakaが死んだって」

私の母親はファンではなかったが、私がヒトリエというバンドが好きで、wowakaという一人の人間をどれだけリスペクトしていたかを知っていた。

その日は何も食べることができず、翌日は仕事があるから眠らないといけないのに眠ることなどできず、次の日は目を真っ赤に腫らした状態で出社した。

あんなに声を出して一晩中泣き続けたことは、22年間生きてきて一度もなかった。

あの日から2ヶ月、ついにやって来た6月1日。
まるで生きた心地がしない2ヶ月だった。
 

会場に到着した私はとりあえず、写真を撮ろうと思った。
ライブの名称とアーティストの名前が表記される、有名な新木場STUDIO COASTのいつもの看板のところに『THANK YOU WOWAKA』と書かれたそれを、私は写真に収めた。

階段を降り、「献花 最後尾」と書かれたスタッフを見つけて私はその列に並んだ。そこで初めてまともに顔を上げ、辺りを見回してみた。私と同じようにヒトリエのグッズを身にまとった数千人のファンが、静かに集まり、静かに列を作っていた。献花台のある部屋から出てくる人たちが、次々と泣きながら出てきた。出口付近で座り込んでいる人、抱き合ってわんわん泣いている人、ただ何処かを見つめてボーッとしている人。

あんな光景は初めて見た。

本来ならばこの日、新しいアルバムのリリースツアー「Coyote Howling」のツアーファイナルが行われるはずだった。こんなことになるなんて思わなかったし、黒いスーツを着たスタッフの方に花を渡され、「HOWLS」のアルバムの曲が流れる部屋で、素敵な笑顔で笑うwowakaさんの遺影を目の前にしたとき、あぁ、本当に死んじゃったんだな。これは本当に、大変なことが起きてしまったと、私はこのときようやく納得するのだった。
 

追悼会には、中止になってしまった8公演分のチケットを持っている人たちだけが会場の中に入ることができた。私は今回チケットを取るのがかなり遅かったようで、整理番号が呼ばれたときにはもう、後ろには十数人しか残っていないようだった。

会場の中に入り、無事に場所を確保した私はその時が始まるのを待った。

正直追悼会と言っても、何をやるのか全く予想がつかなかった。隣にいた2人組のお兄さんたちが「何やるんだろ」「メンバーのトークとかかな?」「そもそもメンバー出てくんのかな」「ツイッターで集まる日って言ってたんだからメンバーは出てくるだろ」「そうか」「映像とか流すんじゃないの」と、なかなか進まない時間を埋めるように話しているのを、私は一緒に話しているような気分になって聞いていた。

開演時間まで残り1分になったことを確認した私は、スマートフォンの電源を切り、ペットボトルのお茶を一口飲んでカバンにしまい、拳をぎゅっと握りしめた。
 

その時は来た。

BGMが消えて会場がフッと暗くなる。耳がちぎれそうになる程の拍手と、色んな声がした。ステージを覆っていた黒い幕がゆっくりと開いていった。

ステージにはいつものようにマイクスタンドが3台と、中央奥に置かれたドラムが見えた。まるでこれからいつも通りライブが始まるかのようだった。しかし次の瞬間、始まったのはライブではなく映像だった。

ステージの上のスクリーンに映し出されたのは、2年前、この新木場STUDIO COASTで行われた、「IKI」のツアーファイナルの映像だった。スクリーンの中のwowakaさんは言った。

「ツアーファイナルいけますか!新木場COAST!」

それはあまりにも、残酷な現実だった。会場全体が崩れ落ちる音がした。さっきまで何気なく喋っていた隣のお兄さんたちは、その映像を目にした瞬間に泣き崩れた。スクリーンの中の4人と私たち観客は、こんなことになるなんて知らずに、その時間を幸せそうに楽しんで生きていた。もうこの人の声を聞くことができないという現実に、私たちはただその姿を見つめ、泣くことしかできなかった。2曲の映像が映し出された後には、360度から泣き声と、鼻をすする音と、嗚咽が聞こえた。

私はなんてところに来てしまったんだという思いと、同じ悲しみを抱えた人たちがここにこんなにもいるという安心感で、ボロボロと泣いてしまった。
 

私が奇跡を目撃したのは、その後からのことだ。
 

ステージが光り出し、いつものようにメンバーが入場する曲が流れ始めた。
涙にくれる私たちは顔を上げ、一斉に手拍子を始めた。

舞台袖から、シノダさん、イガラシさん、ゆーまおさんが姿を現した。3人が出てきてくれた。もうそれだけで、その日の目標は達成していたのだと思う。あの日からずっと3人に会いたかった。シノダさんはステージの中央に立ち、wowakaさんのギターを担ぎ上げて私たちに見せてくれた。不安そうで、心に何かつっかえているようで、それでいて何かを決意しているかのような顔をしていた。私は再び3人に会うことが出来た喜びで涙が止まらなかった。

入場曲が終わっても、wowakaさんはやはり姿を現わすことはなかった。

ポツンと置かれたギターの隣で、泣くのを必死で堪えながら、シノダさんがその時を始めてくれた。

今日はwowakaさんが信頼してくれた3人だけでライブをする日だと、シノダさんは言った。
会場中から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

「ヒトリエです、よろしく、どうぞ」

そう言うと、彼らは「ポラリス」を歌い出した。それは奇跡の瞬間だったように思う。つい2ヶ月前にボーカルを失ったばかりのヒトリエというロックバンドは、ライブという最高の時間を始めてくれた。

いつものヒトリエのライブのように、歌って、踊って、頭がおかしくなりそうな、かっこいい、幸せな空間がそこにはあった。どの曲も思い出しかない。人生でしかない。美しくて、憂いがあって、知的で、かっこよくて、それでいて心の奥底がキューッと締め付けられるような、wowakaさんと3人が生み出したヒトリエの曲。ヒトリエが、演奏する曲。本当に最高なんだから。
この時間が永遠に続いて欲しいと思った。

まさか、wowakaさんがいないヒトリエのライブで、慣れないハンドマイクを手にしながらポケットに手を突っ込んで歌うシノダさんの、あんなにも力強く美しい歌声に圧倒されるなんて思わなかったし、「センスレス・ワンダー」のイントロでwowakaさんのパートをイガラシさんがベースで完璧に弾いてしまう光景を目にするなんて思わなかったし、いつもよりよく見えるゆーまおさんが、汗を振りまきながらあんな難解な曲のドラムをコーラスを交えながら正確に叩けてしまう事に、改めて感心することになるなんて思わなかった。彼らはwowakaさんが出会い、信頼した3人なのだ。なんだか悔しかった。wowakaさんの追悼会という日に、彼らの真の魅力と実力に気づかされる事になるとは思わなかった。会場は時間を刻むごとに熱を帯びていくだけだった。
 

「後半戦やるかー。」

何曲か演奏し終え、シノダさんがそう呟いた次の瞬間だった。

「お願いします!!」と、どこからか男性の声がした。

その声を筆頭に、「お願いします!」「お願いします!」と、会場のいたるところへと声が連鎖していった。

「ちょっと、ちょっと待って…、斬新すぎる。お願いしますは斬新すぎる…(笑)」
シノダさんが笑った。会場全体が笑いに包まれた。

今思えばあの瞬間は、「我々は、今とこれからのヒトリエを受け入れました」という、ファンからの意思表示の瞬間であったように思えてならない。

wowakaさんが亡くなったあの日から、何倍も、何万倍も辛い思いを抱えて、痛みに耐え続けているはずの3人が、wowakaさんをヒトリエのライブという最高の形で追悼する為に、短い期間の中練習して、準備をしてくれていた。自分なんてこの2ヶ月、ヒトリエの曲を全く聴くことができなくなってしまったというのに。そんな無理をしなくていいのに、と思うこと自体が申し訳ないと思うほど、3人が魅せてくれたヒトリエは本物だった。wowakaさんはそこにはいなかったが、あれは間違いなく、ヒトリエのライブだった。

3人の思いに、決意に、あの場にいた誰もが圧倒され、必死に食らいつき、答えようとしていた。

あの空間は本当に美しかった。あの3人が演奏する姿が、観客がステージに向かって手を伸ばし、踊り、共に歌う姿が、後ろの方から観ていて、美しいとしか言いようがなかった。あの空間の一部になれた私は幸せ者だ。

残りの人生で、あと何回、あのような心揺さぶられる瞬間に遭遇する事ができるだろうか。

私はヒトリエが大好きで、wowakaという人間に魅了されて生きてきた毎日は本物で、ヒトリエがかっこいいと思うこの感情は本物であると彼らが証明してくれた。

今はただ、あの何物にも代えがたい最高の時間を魅せてくれた3人に、私は何を返すことができるだろうかと、模索する毎日を過ごしている。
 

wowakaさん。改めて、私の人生に出会ってくれてありがとう。
 

シノダさん、イガラシさん、ゆーまおさん。
私のこれからの人生に、ヒトリエを与えてくれて本当にありがとう。

おかげであの日家に帰った後、iPodの電源を2ヶ月振りに入れることが出来た。
最初に画面に映ったのは、再生途中だったけど、やっぱりヒトリエの曲だったよ。
 
 

令和元年6月1日という日を、私は一生、忘れることはない。

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