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カネコアヤノにまつわる美しさについての所感

日々を愛してやまないわたしたちへ

生きていることを思い出す瞬間、みたいなものが突然きらきらと降ってくることがあって、それに出会えるのは、たとえば平日に突然海に行くときだったり、好きなものの話しかしないでいい金曜日だったりする。つまりそれほど頻繁にやってくるわけではなくて、自分で掴み取りにいかないと一生出会えないという緊張感すらある、節目のようなものだ。わたしがわたしらしく生きていいということの手触りから遠ざかっていくこわさが、いつも両手に余っているわたしたちのための音楽の話。

「いまカネコアヤノよりかっこいいライブする人いる?」

あの日そう呟いた友人を、わたしはこれでもかとまっすぐに見つめてしまった。そうだよね、そう、いないよだって、だからわたしは、彼女が歌っているのを観るたびに、平日の夜の潮風や気を使わない時間と同じくらい、生きていることを思い出す!そんな風に言葉があふれてきて、何だかいろいろなものが止まらなくなってしまって、それが嬉しくてたまらなかった。

朝になるたび、そして夜になるたびに、わたしたちはどうしてこんなにさみしくて、何がそんなにつらいのだろうと考える。朝のニュースを観て怒りに狂って涙が出ること、満員電車のまなざし、一生わかりあえないとわかりきっている人のそばに、現状はいなくてはならないこと。くだらない話、役に立たない言葉、ばからしい夜は生きていると数え切れないほど襲いかかってきて、襲いかかってきてというよりは、好んでそれらに立ち向かってしまうことがよくあって、ばかは自分の方だなあと思いながらも、いろいろなことを上手く表現できなくて、言葉にできてたまるか、みたいなラベルがついた箱にどんどん放り込む。蓋をする。そんな毎日に嫌気が差しているいまという時代にカネコアヤノと出会うとき、わたしたちは正しさを与えてもらったような気分になるのだと思う。

リキッドルームで観た、音源で聴くよりもずっと駆けていくような“恋しい日々”の、鼓動のような美しさ。知らない町の海辺で観た、文字通り叫び出してしまうほどの意思を介在させた“とがる”の、どくどくと流れるような美しさ!素朴でフォーキーなバンドサウンドを引っ張っていく芯のある歌声が、わたしたちがきっと数十年後も捨てられない毎日を歌う。時折歌唱に力がこもる瞬間にどこかぞわっとするまでの美しさを感じるのは、わたしたちと同じようにいろいろなことを無視できない彼女の、わたしたちでは言葉にできなかった感情を、日々に対する愛でまるっと包み込んでやろうという気概の表れにも思える。そしてそんなあきらめない愛と向き合うことは、全然悲しいことなんかじゃない!わたしたちが求めていた生きていることへの実感は、そんな曲たちの中でばったりと出会えるのだ。

言葉にできてたまるか、と下書き保存していた感情は、彼女の正しい歌によって花束になっていく。きっと次の日の朝に思い出しては、この昂りや揺らぎをそれぞれ自分のものにしていくのだろう。 ちょっとした掛け違いや偶然の出来事で自分らしくいられなくなってしまうこの世界で無敵になるための手段は、きっとこういうものが一番良い。くだらない話や役に立たない言葉やばからしい夜と真っ正面から向き合わないと生きていけないわたしたちへ、彼女のようなきらきらの美しさに出会えておめでとう。そして、これからも。

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