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ゴミなのか夢なのか「分別奮闘記」

~どんなちっぽけな夢でも手を差し伸べてくれるBUMP OF CHICKEN~

『君の夢がゴミと化して はや幾星霜
 ……
 君の夢がゴミと化して はや幾星霜
 ……
 君のゴミが夢と化して はや幾星霜』

上記の歌詞は、BUMP OF CHICKENのアルバム「COSMONAUT」の4曲目に収録されている楽曲「分別奮闘記」の、それぞれ1番、2番、そして最後の、Aメロの歌い出し。3回目だけ「ゴミ」と「夢」が入れ替わっている。ボーっと聞いていたら気づかないかもしれない。私自身も、リリースして間もない頃はボーっと聞いていたので気が付かなったけど、数年後、BUMPが大好きになって改めて歌詞カードを見ながら聴いていたら、気が付いたのだ。

ゴミがどこでどうなったのか……。そんな、ゴミの行方を追っていく物語のような曲である。

最初に聞いた感じは、「可愛い」「リズミカル」「絵本や童話に出てきそう」な印象だった。軽快なリズムに乗って、ゴミがあっちこっちを飛び回っているような情景が思い浮かぶ。

私にも、ちょっとした夢がある。ただ、特定の職業に就きたいわけではない。エンタメクラブを作って、自分の好きな音楽やゲームのことを語り合って、一緒に唄ったり演奏したり、プレイしたりイベントを企画したりできる仲間がいればいいなと思うぐらいである。
これは、学生時代に会員制のフィットネスクラブでアルバイトをしていたときに思い付いたことで、スポーツがあるならエンタメでもいいじゃないかと考えたのだ。経営のことを調べたり似たような会社がないか探したりした時期もあった。
でも、苦しみに苦しんで一応就職はできた。今の会社でなんとかやっていけているし、プライベートでもそれなりにやることはある…。
だからそんな夢、諦めていいんじゃないかと思った。色々と面倒なことも多いし、一緒にやってくれそうな人にアテがあるわけでもない。たとえ実現したとしても何が変わるのか、仕事としてやるほどの価値があるのか…とちっぽけに見えてしまう。こんなくだらない妄想は捨ててしまおう、何より、いざ始めてみると今の落ち着いた生活が崩れてしまうのではないかと怖くもなるから。しかし、やっぱり捨てられなくて、それを実現してみたいという自分がどこかにいる。
 

『見るからにしぶとそうだ 不燃物だろう
 指定された火曜日 ほっと一息

 だけど 持って行かれてないぜ 紙が貼ってあるぜ
 なになに「燃えるゴミは月曜日」

 燃えるのか これ燃えるのか
 燃えなさそうでも 燃えるのか
 燃えますよ 灰に出来ますよ
 あなたがそうしたくないだけなのでは』

どうせ捨てるなら、なかなか燃えない、しぶといものだと思いたい。
しかし、あなたはなかなか燃えない『不燃物』だと思っていても、世間的に見れば簡単に灰にできる『燃えるゴミ』のようだ…。月曜日に出し直せば処理できるのだろうけど、実は心のどこかで、“まだ捨てたくない”と思っているのではないか…。そう突き付けられているような気がした。
 

『明らかにでかいから 粗大ゴミだろう
 これを捨てるためなら 金も払える

 だけど 持って行かれてないぜ 紙が貼ってあるぜ
 「普通のゴミはゴミ袋へ」

 入るのか これ入るのか
 小さな袋に 入るのか
 入るでしょ それ3,000個ぐらい
 大きくあって欲しいだけなのでは』

どうせ捨てるなら、お金を払ってやっと処分してもらえるほどの大きなものだと思いたい。
しかし、あなたは金を払わないと持って行ってもらえないような『粗大ゴミ』だと思っていても、世間的には小さな袋にたくさん入るような『普通のゴミ』のようだ。ゴミ袋に入れて出し直せば処理できるのだろうけど、実は心のどこかで、“まだ捨てたくない”と思っているのではないか…。またもや私の気持ちを見透かされているような気がする。
 

『出来るのか 処理出来るのか
 そんなすぐ片付く ゴミなのか
 ゴミなのか これゴミなのか
 認めたくないけど違うのか』

捨てたいけどなかなか捨てられない。もし捨てるのだとしたら、簡単に燃えるものであってほしくないし、小さな袋にたくさん入るほどちっぽけであってほしくない。“捨てたい”はずなのに実際には正しい捨て方をしない、思っていることとやっていることが違う。ゴミと夢の間で生じる心の揺れ動き・苦悩が繊細に表現されている。

『持ち主がいるのなら夢ですよ

 あの日からずっとずっと夢のままですよ』

エンタメクラブなんて夢と言えるものではないかもしれないし、自分以外の人が見れば鼻で笑われるようなゴミかもしれないけど、私はそれを夢だと思っている。この「分別奮闘記」を聴くと、こんなちっぽけな夢でも肯定してもらえているような気がする。だから私はこの夢の持ち主でありたいと思う。

『君のゴミが夢と化して はや幾星霜』

もともとは夢だったものがゴミになって、それがまた夢になって。もの自体は変わっていないけど、見る人によって、あるいは同じ人が見てもその時の心持ちによって、ゴミにも夢にもなり得るのかなと思う。

後半に出てくるコーラスは、“ゴミ”もしくは捨てようとして思いとどまった“あなた”の気持ちを表している気がする。最後の、

『持って行かれてないぜ』

の繰り返しと、その間にあるコーラスは、夢と認められて込み上げてくる嬉しさ・喜びの感情が爆発しているのではないかと、私は感じた。
 

何かしらの夢を持っていて、その夢を諦めそうになった時に聴くと響く曲かもしれない。しかし個人的には、具体的な「夢」と認識して堂々と人に語れるほどのものを持っていない人でも、ちょっとした「〇〇したい」「〇〇になりたい」「〇〇が好きだ」といった願望や憧れを大切にしてほしいというメッセージが込められているのではないか思う。それが余暇の充実につながるか、仕事や家庭の出来事に結び付くか、死を選ばずに生を選ぶことになるか、どのように転ぶかは人それぞれでわからないけれど、自然と前を向けるのではないかと信じている。“ゴミ”という、どちらかといえば遠ざけてしまいがちな言葉を何回も使っているのに、決して自虐的になることなく、こんなにも励まされるのは、本当に不思議で素敵なことだ…。

※『 』内の歌詞は、全てBUMP OF CHICKEN「分別奮闘記」から引用

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