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2017年6月12日

苅野 雅弥 (28歳)
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答えだけが救いになると思ったら大間違い

tofubeatsのニュー・アルバム 『FANTASY CLUB』がもたらす光

 筆者はよく、栃木にある宇都宮駅から湘南新宿ラインに乗り、小旅行をする。宇都宮駅から乗ると、茨城の古河、埼玉の大宮、東京の新宿といった具合に関東を走っていく。電車内には多くの人たちがいて、さまざまな話をしているが、その話に耳を傾けると面白い発見もある。
 しかし筆者は、話を聞いていると、どうしようもない虚無感に襲われることがたびたびある。たとえば若者たちの話。栃木の若者、茨城の若者、埼玉の若者、そして東京の若者が話す言葉に、無慈悲とも言える格差を見いだしてしまうからだ。栃木や茨城といった北関東の若者たちは、郊外にあるショッピングモール、学生だったら学校の話をして笑い合うことが多い。一方で、東京にある駅から乗り込む若者の話には、郊外のショッピングモールが登場することはほとんどない。新宿のどこどこへ行ったとか、立石の居酒屋で美味い馬刺しを食べたとか、内容が多彩だ。学生でも高いハイブランドの話を嬉々としてするし、「そんなにお金持ってるのか!」と驚くことも少なくない。品物自体は、ネットが一般化したおかげで、地方にいても東京のものを買えるようにはなった。とはいえ、お金を一番稼げるのは、やはり東京だ。最低賃金だって一番高いし、もっと身近なところでは、バイト募集の時給を見てもそれを痛感させられる。情報は公平に得られるようになったかもしれないが、お金はそうじゃないらしい。
 

 ある日、湘南新宿ラインに揺られていると、栃木の小山駅から女性2人組が乗ってきた。ひとりは青いワンピースが似合うロングヘアで、もうひとりはショートカットでボーイッシュな格好だった。最初はゲラゲラと談笑していたが、ショートカットの女性が「東京住みたいと思う?」と切り出したあたりから、シリアスな雰囲気が漂いはじめた。するとロングヘアの女性は、淡々と言葉を紡いだ。
 「そりゃあ住みたいけど、移り住めるだけのお金はないし、かといって高い給料の仕事に転職する余裕もない。どうしようもないし、どうすればいいのかもわからない。憧れと諦めの気持ちを抱えたまま、死んでいくんだろうなあ…という感じ(苦笑)」
 この女性と同じ気持ちを抱えながら生きる人は少なくないのだろうな。そう筆者は感じながら、やりきれない想いに襲われた。
 

 tofubeatsの最新アルバム『FANTASY CLUB』を聴いていると、そのときの想いがフラッシュバックする。tofubeatsといえば、藤井隆やBONNIE PINKをゲスト・ヴォーカルに迎え、良質なポップ・ソングを作るプロデューサー的なイメージが強い。パーソナリティーを前面に出すよりは、自らの嗜好を散りばめつつ、多くの人に聴かれるための音を作る、いわば職人のようなところがあった。
 ところが『FANTASY CLUB』では、パーソナリティーが前面に出ている。まず、オープニングの「CHANT #1」からして、これまでのtofubeatsとは違う。オートチューンがかかった声で歌われるのは、〈本当のこと 触れてしまう時 これ以上もう気づかないで〉という言葉。そこには哀しみと切実さが宿り、良質なポップ・ソングが収められただけのアルバムではないと教えてくれる。
 

 続く「SHOPPINGMALL」は、KOHHを連想させるヒップホップ・チューン。『FANTASY CLUB』の色を決定づける曲であり、ときめきを求めても得られない虚無が描かれている。〈ショッピングモールを歩いてみた 最近好きなアルバムを聞いた とくに 話す相手はいない〉など、カラフルな風景の中にある空っぽな感情を上手く切り取ったフレーズがいくつも飛び出す名曲だ。こうした空っぽな感情はアルバム全体を覆い、KANDYTOWNのYOUNG JUJUが参加した「LONELY NIGHTS」など、孤独や寂しさといったものが『FANTASY CLUB』では色濃い。
 

 もちろん、ロマンティックなハウス・トラックの表題曲や、ダンスフロアでの一夜を歌う「WHAT YOU GOT」など、キラキラとした瞬間もたくさん詰まっている。とりわけ、執拗に反復ビートを刻み、音のピッチが上がりつづける「THIS CITY」は、『FANTASY CLUB』のキラキラした部分を象徴する曲だ。しかしそのキラキラは、大都市のネオンではなく、ショッピングモールでよく見かける子供向けのゲームセンター、あるいはさまざまな色が集まる雑貨屋さんといったイメージを抱かせる。そんな『FANTASY CLUB』のキラキラは、洗練よりも、いなたさを醸している。
 

 『FANTASY CLUB』は、「BABY」で〈どこか遠くに行きたいけれど なぜか行けないのさ〉と歌われたあと、「CHANT #2」が鳴り響いて幕を閉じる。ちなみに「CHANT #2」は、フィールド・レコーディングによる音で終わる。車から降りてドアを閉める音や、遠くのほうから船の汽笛が聞こえてきて、そのままゆっくりフェードアウト。これはおそらく、tofubeatsが住む神戸の風景だろう。神戸が海に面した街なのはよく知られている。船の汽笛が聞こえる場所で佇む者は、何を想うのか?それは定かじゃないが、それでも言いたい。この者が抱えている想いと、先に書いたロングヘアの女性が抱えている想いは、似ているのではないかと。それこそ、〈どこか遠くに行きたいけれど なぜか行けない〉気持ちだ。
 

 この気持ちに対する答えを、『FANTASY CLUB』は教えてくれない。人に囲まれて楽しいのに感じてしまう、孤独や寂しさだけがアルバムには込められている。ゆえに、船の汽笛が聞こえる場所で佇む者と、ロングヘアの女性では答えが違うかもしれない。前者は、今いるところから移り住みたいと考えていないことだってありうる。それでも、想いを共有できる音楽に触れるだけで、一歩前進できることもある。そこから始められるというのは、まぎれもなく希望なのだ。少なくとも、「という感じ」と言ったあとの苦笑を微笑みに変える力はある。あのロングヘアの女性は、『FANTASY CLUB』を聴いているだろうか。

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