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繋いでいく音と言葉。

あの日ヒトリエから受けとったもの。

4人に出会えた時の気持ちを形に残したくて、昨年の秋頃に音楽文を書いた。
ライブの感想や他の事も音楽に関することならば投稿しても良いと知り、次のツアーが終わったらもう一度文字にしようと思っていた。

しかしそれは、4月8日の時点で叶わなくなった。
 
 

4月6日、公式から京都(6日)岡山(7日)の公演中止の知らせが入る。一瞬で体の芯まで冷えていくのがわかった。
「ただ事ではない」
ヒトリエを見つめてきた人たちはきっと同じように感じていたと思う。頭の中でサイレンが鳴り響いている感覚だ。
メンバーが体調不良で1人、2人欠けようと、どんな形であっても私たちに向き合ってくれた彼らを知っている。
その彼らがライブを中止にせざるを得ない「何か」。
「それ」を考えるのは恐ろしくて、少しでもマシな最悪の事態を想像した。
事故、怪我、身内に関するどうしようも無い事、などなど。
どれも良くない事ばかりだけれど、最悪、どれかであって欲しかった。

公式もメンバーも何も言わぬ2日間。
知らせを待って、スマホの通知が来る度に見てしまう。
いよいよ疲れて、その他の全ての通知をオフにした。
何があったのか、色々な場所で根拠の無い噂が囁かれたようだが、本人たちの口から聞くまでは何も信じないと決めた。
生活では極力いつも通りに振舞っていた。・・・つもりだったが、多分普段よりも明るく笑顔でいたように思う。体は動くし、家事も仕事も出来たけど、気づくと震える手と手をぎゅっと握っていた。
怖かった。
 
 

4月8日、11時。公式からお知らせが届く。
たまたま休みで、家には誰もいなかった。1人、その知らせを読んだ。
「いやだ」
嫌だ。心の声が音になって出てきた。
誰もいなくてよかった。1人でよかった。
「いやだ」「なんで」
どうにもならない声と涙が止まらなかった。
 
 

あの日から6月1日の新木場の夜まで、日常をこなし、たまに1人で泣いて、好きな音から遠ざかり、信じたくない事実から目を背け、できるだけ考えないようにして過ごした。
考えたら悲しすぎて日常に戻って来られなくなるとわかっていたから。
 
 

6月1日当日。献花の列に並ぶ。白いカーネーションを一輪受けとって献花台の前に進む。左には愛用していた三本のギター。中央に光の中微笑むwowakaさんの写真。大好きなウィンドミルが聴こえる中、手を合わせ「ありがとう、大好きです。」とだけ伝えた。
皆が泣いている中、涙が出ない自分がいた。
「泣けなくてごめんなさい」と思った。
ここに来てもまだ現実を見ていないのだ。
「リーダー、逃げててごめんね」
献花台から離れたところで、もう一度謝った。
 
 

開場の17時まで、ヒトリエを通じて繋がった人達といつも通り過ごし、会場に入ってからは1人その時を待った。
これから何が起こるのかについても一切考えず、新木場に来た。
『みんなが望むかどうかはわからないけど、ちゃんと考えてるから待っててください』
イガラシさんがツイートしてくれた言葉を思い出す。
どんな形でも、メンバーが真剣に考えてくれた今日だから、それだけで十分だった。
 
 

18時。
ステージを覆っていた幕が開き、3人分の楽器が見えた。
スクリーンが明るくなり、映し出されたのは2017年IKIツアーファイナルの日のwowakaさんの姿だった。
今日と同じ場所、STUDIO COASTのステージに立っている。
私が初めて行った、彼らのワンマンライブだ。
リーダーの顔を見た途端、涙がボロボロ出てきて、まともに前を向けなかった。
ちゃんと目に焼き付けようと思うのだけど、体は全く自分の言うことを聞いてくれない。
リーダーが歌っている、笑っている。居るのに。
頭で理解したつもりでも感情は追いついてきてくれなくて、やっぱりどうしても信じたくなかった。
会場はリーダーの声に合わせいつものライブのように手を上げ熱を発していた。
ワンミーツハー、目眩の2曲が終わり映像が消えると、所々から嗚咽が聞こえる。
間もなく3人がステージに現れ、シノダさんがwowakaさんのギターを高く掲げた。
ピックの刺さったマイクスタンド、ペットボトルにはストロー。そしていつもと同じ場所にギターを丁寧に置く。
『リーダーが最も信頼してくれた3人で演奏する日だと思った。』
『ヒトリエです、よろしくどうぞ。』
いつも通りの言葉で3人だけのライブが始まった。
 
 

ライブの内容は、様々な所でレポートがあがっているので、そちらを見ていただきたい。写真も一緒に。
この日、カメラマンの西槇太一氏が5年間に渡り撮り続けたヒトリエの写真展が開かれていた。元々開催予定ではあったが、飾られた写真はこの日の為に選ばれたものも何枚か含まれていたのだと思う。
自分が行けなかった公演のライブレポートを見るのが楽しみだった。終演後のメンバーの写真でその日の空気を感じる事も出来た。
けれどそれはもう見ることが出来ない。
4人の写真が大好きだった。
 
 

ステージでシノダさんが歌う声に不思議とリーダーの声が重なって聴こえる。
足りない音を補いながら、3人が紡ぎ出す音は紛れもなくヒトリエのものだった。それを聴きながら足りない空間を見つめ、現実を思い知る。
目の前にいるシノダさんは消えてしまいそうで、イガラシさんはとても熱く、ゆーまおさんは努めていつも通りに動いているように見えた。
終演間近、「解散はしないと思います。」絞り出すような声を聞いた。
この日の形はこの日だけのものだと、今は思っている。
まだ先のことは考えていないと言っていた。
どんな形になっても「ヒトリエ」を応援していこうと誓った。
だってこの日、彼らは涙を見せず最後までやりきったのだ。
私たちに『泣き笑い踊り歌う』(ポラリスの歌詞より)場所を作ってくれたのだ。
彼らが泣いていたら、きっと自分は泣けなかったと思う。
そう気づいて、改めて「ありがとう」と言いたかった。
あの日の3人の今まで見た事のなかった表情を忘れない。
あの日ステージに立つと決めてくれてありがとう。
 
 

ヒトリエに出会って自分の人生は動き出したと思っている。
そこから繋がり、広がっていったものに救われた。
大切な物も人も増えた。
出会いは人によってタイミングがある。
4月8日以降ヒトリエを知った人たちも、これから世界が広がっていくんだと思う。
彼らの音にはその力がある。
泣きたくなる程、心震える音なのだ。
だから、たくさんの人に伝わって欲しい。
 
 

音や言葉の向こう側には必ず「人」がいる。
出会って繋がって伝わって、それまで知らなかった繋がりに気づいて、そしてまた広がっていく。
そうやってずっと続いていくものが音楽や作品で、人を介して初めて完成するのだと思う。
ひとりひとりの中に生きている音は小さいかもしれないけど、大切に掴んでいればきっとその先がある。
wowakaさんの音と言葉をこれから伝えていくのは私たちだ。
時間がかかっても苦しくても無くさずにいたい。
情けない事に、まだHOWLS以外聴けていないし、映像も全然見れないし、新木場のライブ映像を見るまでも時間がかかってしまった。
まだまだ全然ダメで、逃げっぱなしで、最初に書いた「リーダー、逃げててごめんね」が今でも続いている。
でも、3人に少し勇気を貰ったから1つずつ見つめていこうと思う。

この音楽文を書くこともその1つだった。
更新されていく音楽文を眺め、書くと決めていたヒトリエTOUR2019“Coyote Howling”の文章を想像した。
彼らの進化が目に見えるツアーだったと聞いている。
ライブでどう化けるのだろうと楽しみな音源もたくさんあった。
これらが更新されることは二度と無い。
それが辛いのはメンバーで、その事を思ってまた辛くなる。
この文章の先にも「人」がいて、自分が言いたかった事の一部だけでも伝わっていたらいいなと思う。
 
 

1人の人間が世界から居なくなってしまって、その事に心を痛めている人に対して世間は意外と冷たかったりする。(もし、親身になって話を聞いてくれた人がいたならその人とは良い関係が築けると思う。)
「会った事もないのに」「知り合いでもないのに」「画面の向こう側の人なのに」『いつまで苦しんでいるの?』と。

持っていないと思っていた小さな闘争心に火を付けてくれたのもヒトリエだった。
ちっぽけな自分の願いと、無くしたくない思いだけは握ったまま歩いて行く。
他人なんて知らない。今はそれでいいと思う。

何年何十年経っても、出会った事、別れたことは忘れない。
毎年思い出すし、令和が終わる時、
「令和は綺麗だったよ」ってリーダーに伝えると思う。
誰かに笑われても、それでいい。
 

リーダーが居なくてさみしい。
いつでも伝えたいのは「ありがとう」だけだ。
何時かそちらに行って会えるような事があれば感謝の気持ちを伝えたい。
思い出すのは笑顔ばかりで、今も笑顔でいてくれたらと願う。

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