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パスピエ結成10周年によせて

いつまでも別枠であり続けるということ

結成10周年というと、ベストアルバムを出したり記念ツアーを行ったりするアーティストが多いように思う。もしくはデビューの周年の方を大事にして、結成の周年はさほど気にしないアーティストもいるだろう。その中で、2019年2月に結成10周年を迎えたパスピエがオリジナルフルアルバムをリリースしたことを、私は少し珍しく感じた。

今回のパスピエのニューアルバム「more humor」は、前作から2年4ヶ月ぶり、ドラマーが脱退してから初めてのフルアルバムで、なんと10曲すべてが新曲である。

結成10周年を冠していて、しかも既出の曲がない、すべての曲がこのアルバムに収録するためにつくられた。そう思うとリスナーとしても期待が膨らむ。せっかくの機会、先行配信などで聴き慣らすことなく、10曲すべてを新鮮な気持ちで迎え入れることとした。

発売日も近づき宣伝の売り文句を見ると、「新境地」「変化」というような言葉が多くあった。ドラマーが脱退して以降、パスピエの新譜が出るたびに似たような言葉を言われてきたように思うが、果たして今回はどんな新境地や変化が見られるのか、さらに期待が高まる。

アルバムを手に入れて、外装を剥がし、CDを取り出す。プレイヤーの電源を入れて、CDを読み込ませ、再生ボタンを押す。

10曲すべてにドキドキを切らすことなく聴きこむ。

「more humor」のパスピエは確かに新しく、でも今まで通りのパスピエだった。いつものように、成田ハネダが作ったデモにメンバーで手を加え、大胡田なつきが詞を重ねて歌う。そこには不変的な安定感がある。

しかし確実に新しいパスピエの音であった。
いったい何が変わったのだろうか?
 

「グラフィティー」は記号的で攻撃的なキーボードに対し、歌のメロディーはどこかゆったりとしていて、歌詞にもある“矢印”に指図され動かされたくない気持ちを表しているようである。

「ONE」はこのアルバムのリード曲であるが、今までのパスピエにはなかったダウナーな曲調だ。低めのメロディーに高く響くコーラスが重なって実体の捉えにくいボーカルと、アコースティックギターやピアノなど生楽器のような音色があわさることで、落ち着きつつも絶妙な浮遊感が出ている。

「resonance」はテンポが速い曲ではあるが、音数に緩急をつけることで全体的に落ち着いた曲となっている。歌声はまっすぐしていて、歌詞にある失いそうな自己をひたむきに探しているのを想像する。

すべて新曲のなかでも先行配信されたのが3曲あり、「煙」もその1つである。1語1語ゆっくりと強調された歌い方が、煙に纏われて離ればなれになりつつもしっかり筋のとおった様子を表しているようだ。

「R138」のタイトルはボーカル・大胡田なつきの地元である御殿場を通る国道138号線から来ている。パスピエらしいオリエンタルな曲調に語感の良い歌詞が乗ることでとても聴き心地の良い曲となっている。

「だ」もまたオリエンタル感の強い曲だ。“Ah”でも“LaLaLa”でもなく“だ”と歌うコーラスが、YMOなどにもルーツを持つパスピエらしい。また、この“だ”をタイトルにしてしまうのもパスピエらしくて好きである。

「waltz」は季節に合わず冬の歌となっている。歌詞は男女の関係をスノードームに見立てているが、メロディーのキーの高さがまた、感情の脆さや儚さを表しているようだ。

今作は「ONE」「煙」などコーラスが曲を彩っているものが多くあった。「ユモレスク」は楽器ソロや音数が少なく単調に感じるが、所々でコーラスが入って声が幾重にも重なることで、曲全体が立体さを増し、全身が音で包まれているような気分になる。

「BTB」は昨年のワンマンライブで先駆けて披露された曲である。1番2番、間奏を挟み3番というシンプルな構成になっている。しかしそのテンポ感や癖のあるメロディーによって、飽きずに何周でも聴けてしまう。

「始まりはいつも」はパスピエのアルバムの最後の曲にしては珍しくアップテンポな曲だ。音の上下が少ないメロディーに載せた歌詞はひたすらに韻を踏んでいて、まさに言葉の“ユーモア”が表れている。
 

1曲ごとに見ていくと、歌声に関する印象が強いことがわかる。私は大胡田なつきのボーカルの進化が、今回のアルバムでパスピエの新しさを感じる理由の1つであると考えた。

パスピエのボーカルというと高くてかわいい声の印象が強かったが、「more humor」は低くて色気ある声が多く聴こえる。根本的な声質は変わらないが、文字に書くと正反対と言えるような歌声になっているのである。今までの特徴的なイメージとは異なるそれに、10年間積み重ねてきた上での挑戦、進化という決意がみえる。

歌声の進化が曲そのものにも影響を与える。

今までのパスピエは、曲の速さに加え、様々な音色を繰り出すキーボードによって曲の個性を出していた部分が多かったように思う。しかし今作では、ボーカル自体がかわいい声に色気ある声、高い声、低い声、弱い声、まっすぐな声、またコーラスを重ねたり、エフェクトをかけたり…と何変化も見せることで、曲の個性を共に作り上げていると感じた。

ボーカルによっても曲の個性を作り出せることは、曲のイメージの明確さにもつながる。「waltz」の高く弱めな声は、まさに歌詞のテーマである脆いスノードームのよう。「ONE」はメロディーが低いことで、より暗めで落ち着いた雰囲気が強調されてみえる。

私は音楽に関して詳しい知識があるわけではなく、わからないところでも他に変わったことがあるはずだ。しかし、ボーカルの進化によりパスピエの音楽の可能性が広がったことは間違いないだろう。

もちろんこれは結成10周年だから変わった、という話ではない。大胡田なつきが「低音に挑戦したい」と言ったのは、ドラマーが脱退した直後、初めて4人でつくった曲をリリースしたとき、約2年前のことだ。

10年間、特にこの2年間でパスピエは色々なことに挑戦し、変化してきた。そのなかで進化を続け、パスピエの音楽の可能性が広がった、と言えるのはとても嬉しいことである。これからも曲ができるたびに大胡田なつきは進化していく、パスピエは進化していく、そう実感できる。

今回のアルバムは、これまでの10年間をまとめるのではなく、この10年間を踏まえつつこれからの活動に向けて追い風を与えるような作品であった。この作品が見せてくれた進化は、これからも彼らを応援し続けて行くための自信となった。

アルバムの最後の曲「始まりはいつも」のサビで、シンセサイザーのメロディーが少しずつ音階をのぼっていく。この段々と登っていく音に、私は飛行機の離陸する瞬間を重ねた。これからのパスピエへの期待を乗せた飛行機が空高く飛んでいく、そんなイメージ。飛行機が飛び続ける限り、彼らは進化し続けるのだろう。そして私はそんな彼らの進化を目で、耳で、五感で感じ続けたい。

結成10周年おめでとうございます。
そして、これからもよろしくお願いします。

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