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たゆたう

米津玄師とwowaka

2019年5月10日(金)

その日は朝から大号泣だった。

朝の情報番組の予告に〈米津玄師〉の文字を見つけたわたしは、きっと新曲のことだろうとその時を楽しみにしていた。
だが、その新曲『海の幽霊』はわたしにとって思いがけないものだった。
映画『海獣の子供』の予告第2弾トレーラー映像。1分あまりのその中で初公開された『海の幽霊』。
歌詞はあまりよく聞き取れなかったけど、この曲が『海獣の子供』の主題歌ということは置いておいて、わたしにはオーケストラの音なども入った壮大なスケールのこの曲がある人物へのレクイエムのようにしか聞こえなかった。
その人物とはヒトリエのwowakaさんだ。
わたしには初めて聞いた時からこの曲がヒトリエのwowakaさんへのレクイエムのようにしか聞こえなかった。
そして自分でもわけがわからないくらい大号泣した。
タオルが必要なくらい大号泣した。どうしても涙が止まらなかった。自分でもびっくりするくらい泣いた。ここ数年どころかこんなに泣いたのは人生で初めてじゃないかってくらい大号泣した。
 

2019年5月28日(火)

朝の情報番組で『海の幽霊』のMV先行視聴会の様子を放送するとのことだったので、今度は泣く覚悟でかたわらにタオルを用意して見た。
テレビでは船の中で行われたMV先行視聴会の様子が放送されていた。
偶然にもこの前日にヒトリエの『センスレス・ワンダー』を聴いていたからなのか、やはり『海の幽霊』がwowakaさんへのレクイエムに聞こえて、また泣き出しそうになった。

泣かなかったことにホッとしたのも束の間、その数時間後にYouTubeで『海の幽霊』のMVが公開された。
それは映画『海獣の子供』のアニメーション映像を用いたMV。
さっきは泣かなかったからと安堵していたわたしは、もう泣くことはないだろうと思い再生した。でもそれは違った。
2分54秒あたりからのラスサビでわたしは再び大号泣した。

《星が降る夜にあなたにあえた / あのときを忘れはしない》

ここからはもう大号泣だった。感想をTwitterに書き込もうとしたものの涙でキーボードがうまく打てなかった。

《あなたが迷わないように / 空けておくよ》

《風薫る砂浜で / また会いましょう》

頭の中ではおそらく違うんだろうなということはわかっていても、どちらの歌詞もwowakaさんに宛てたようにしか聞こえなかった。
フルサイズで聴いて、わたしの中でこの『海の幽霊』という曲はヒトリエのwowakaさんへのレクイエムという位置づけが決定的になった瞬間だった。

その日、わたしは米津さんのTwitterにこんなようなリプライを送った。

〈『海の幽霊』MV拝見いたしました。
ラスサビの《星が降る夜にあなたにあえた / あのときを忘れはしない》でもう号泣しました。
米津さんは違うと仰られるでしょうが、わたしにはこの『海の幽霊』がwowakaさんへのレクイエムのように聴こえます。
わたしの中ではそういうことにさせてください。〉

ところが、だ。
その2日後にわたしはそんなリプライを送ったことを少し後悔することになった。
 

2019年5月30日(木)

この日に発売された米津さんが表紙のロッキング・オン・ジャパン7月号。その米津さんのインタビュー記事で、米津さん自身からこんな発言が飛び出した。

「この歌詞を作り終わってから、ヒトリエのwowakaさんがいなくなって」
「もう歌詞をつくり終えたあとだったんですけど、今、この曲の歌詞を読み返してみると、ほんとに彼に向けた曲にしか思えなくなってきて」
(ロッキング・オン・ジャパン 2019年7月号より引用)

米津さんのこの発言を読んで驚いたと同時に、それ以上にしまった、と思った。
米津さんはそういう風に思われることを嫌がるだろうと、そう思っていたから。だから〈米津さんは違うと仰るでしょうが〉とリプライした。
だけどまさか米津さん自身からwowakaさんの話題が出てくるとは全く思ってもみなかった。
偶然とはいえそう書いてしまったことを今でも少し後悔している。
 

米津さんとwowakaさん。このふたりが仲が良いことは知ってはいたけれど、ふたりがボカロPとして活躍していた頃、その当時PCを持っていなかったわたしは当時のボカロシーンの盛り上がりに乗れなかった。
だからふたりがどのくらい仲が良かったのかは正直わからない。せいぜい何年か前に一度だけふたりが一緒にお酒を飲んでいる写真をSNSにあげていたのを見たことがあるくらいだ。
でも米津さんはwowakaさんのことを前出のジャパン7月号で「親友」と言っているし、ふたりとも自分で歌うことを選んでボカロシーンから出てきた先駆者だけに、思うことや悩みなど共通することは多かったんじゃないか、なんて思う。

だからだろうか、『海の幽霊』がwowakaさんへのレクイエムのように聴こえるのは。
たとえば《夏の日に起きた全て》という歌詞では、ここで言う「夏の日」とは米津さんとwowakaさんがボカロPとして活躍していた頃のことを差しているようにも聞こえるし、《叫ぼう今は幸せと》という歌詞では、どんなに悲しくても、強がりでも、今は幸せと叫んでみせる。そんな風に聞こえる。
こんな想像こそ、米津さんだけでなく、これを読んでくださった人たちにも気持ち悪いと嫌がられそうだけど。

『海の幽霊』という曲は聴いているとまるで海の中あるいは宙をたゆたうような不思議な感覚になる。
またMVのアニメーション映像もまるで海の中をたゆたうような感覚になる表現がきれいだと感じた。
米津さんとwowakaさん、きっとふたりだけの思い出も宙をたゆたうようにふたりだけの中に存在する。そんな気がする。

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