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2017年6月13日

ロウ (38歳)

快挙。

ピーズ・30周年記念武道館。

2017年6月9日。私は、だらだらと10代から音楽を聴き続けて38歳になっていた。
うだつのあがらない人生。何一つとして、人に誇るような輝かしい栄光はなく、ただ汗と恥をかいては少ない金を稼ぎ、日々の憂鬱をぶつけるように空き時間を作りライブを観ていた。多分、このバンドを意識したのは、20代の友人がピーズのファンで何回か一緒に行った事があるからだろう。大人しく野暮ったい服装の私と比べ、いつもラッキーストライクを吸いながら、気だるそうにキャミソールの肩ひもを直しながら、ピーズの話をしていた彼女はこの日に来たのだろうか?将来の夢を叶えるよりも、結婚を選んだ彼女は今も幸せに暮らしているのだろうか?そんな昔のことを想い出したけど、どうしても彼女の顔が浮かばなかった。それくらい年月が流れていたことに気付くと愕然とする。仕事帰りで開始時間に遅れていたせいもあり、いつも以上に速足で向かうとじっとりとした汗が気持ち悪くて、背中のリュックを小脇に抱えて武道館の門をくぐると、いつもライブハウスで聴いていた声が入り口近くで聞こえてきた。武道館の看板の下には、ピーズの名前が入った幕が張られている。チラリと見て、この日は他のバンドのように写真を撮ることなくまっすぐに席に向かう。会場は、満員だった。シンプルなステージで、3人がいつのように演奏していたように見えた。2階の一番上の席で静かに観ていた。多分、5,6年ぶりに観るピーズは、大きなスクリーンで観ても昔と変わらない気がした。
はるさんは相変わらず、カーゴパンツでベースを弾きながら、ぶっきらぼうな感じで歌っていたし、アビさんは昔のようにお父さんのような笑顔でギターを弾いていた。
普段は、iPodで仕事の最中に聴いている曲も演奏されていく。
ピーズの曲は、仕事中には合わないと思うが、それでも口ずさみながら聴いてしまう。
実験4号、日が暮れても彼女と歩いてた、底なし、いんらんBaby、バカになったのに、焼めし…タイトルだけでも聞く人を選びそうな過激な曲名が多い。20代の頃に友人に付いていって観たライブは、狭くタバコの煙と匂いが立ち込めたライブハウスにいかにもロックやパンクをより好んで聴いていたような私よりも少し上の観客が多くて、何故かそこに言いようのない違和感を感じながら観ていた。多分、その頃の客よりも年上になった私が武道館でピーズを観ているが、やはり何故か違和感をまだ拭う事が出来ない自分がいた。今なら、その居心地の悪さの原因が分かる。
ピーズは一度活動休止をして、再度活動をして10年以上は過ぎている。インディーズでの活動をしながら、30周年に武道館をソールドアウトにした。
「生き延びてくれてありがとう」と確か、ボーカルのはるさんが言った。
何だかんだと、私も毎日愚痴と弱音しか吐かないのに生き延びて、ピーズの晴れ舞台を観ている。勝ち組とも呼べるほどの成功も掴むこともなく、負け組とも呼べるほどの堕落も味わうこともなく、何となく生きてきた。ピーズの曲に出てくるような、「可もなく不可もなく、何となく生きてる」感じがいつも心の中で絡まっている。日が暮れても、気が触れても、何となく誰かと歩いていたし、多分これからもそうだろう。それが大切な瞬間だったのかどうかは、その相手が大切な人だったのかどうかも多分、思い出せない。思い出せないにもかかわらず、また誰かと同じように歩いていたりする。お互いに無言で隣を歩いていても、特に無言が怖くもなく、むしろお互いに心地がいいと感じたりする。その時の心地よさと似た感覚をピーズを聴いていると、感じる時がある。そっと振り向いても誰もそこにはいないけれど、何故か穏やかで懐かしい感じ。そんな、柔らかい瞬間が武道館で沢山垣間見えた。

歌詞も過激だったり、乱暴に見えるし、ライブに行っても違和感を感じているのに、どうして観に行ったんだろう?ネットやライブハウスで武道館のチラシを見る度にチケットを買うのを迷っていて、買った時には会場の一番奥のほうの席になっていた。
特に、他の同年代のバンドのように沢山ヒット曲がある訳でもなく、常にインパクトがある存在感でもなく、「特に普通に暮らしてきた私たちに近い身近なバンドマン」が武道館に立つという事が「何かを常に諦めきれずに、引きずり倒してきた、私」にとっては信じ難い事で、他の学生時代の友人のように仕事を適当に切り上げて結婚したり、好きな仕事に全力投球することもなく、ただ何となく「生き延びてしまっただけの人生」を選んでしまった私には、今のピーズのライブを観るのは自分をさらに精神的に苦しめる気がしていたからである。まだ、何とかなる。その根拠のない自信が心の中に住んでしまったら、きっとまた私は振り回されるだろう。「夢」や「希望」というキラキラしたものを、また求めてしまうのだろう。ピーズが30周年に見せたライブは、私がずっと抱えたまま、いつの間にか錆びついていた気持ちや感覚を秘かに刺激した。「夢」や「希望」は幻想でも、寝落ちでもなく、本当に現実で起こることなのだと、心から信じてしまった。そんな気持ちをまた呼び起こしたバンドの「快挙のような時間」を一緒に過ごせた事は何よりも何故か友人のことのように嬉しかった。

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