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ナンバーワンでオンリーワンのヒーロー

KANA-BOONと生きた過去、これから生きていく未来の話

書くか書かないか、言葉にすべきなのかしてもいいのか、すごく迷った。

だけど、二週間以上が経った今だからこそ、自己満足にすぎないけれど、前向きにだいすきなバンドについて書ける気がした。

6月13日午後9時、ツイッターの通知で目にした6月15日に行われるはずだった企画ライブの中止のお知らせ。

友達と夜の公園で、今夏はじめての花火をしていた時のことだった。

今週末好きなバンドのライブなんだよね、春フェスぶりだから楽しみだなぁと話し、ほんとに好きだよね、楽しんで!と言ってもらった直後。

勿論、嫌な予感がした。

大きく心臓が鳴り、吐きそうになった。

シングルのプロモーションに、メンバーの一人の気配がないこと、まさかとは思っていたけれど、いや、まさか、としか思っていなかったのだ。

彼に何かあったのではないか、通知を見た瞬間頭によぎったのはそれだった。

どうしてこういう時ばかり、予感が当たってしまうのだろう。

受け止められなかった。

彼に関する情報があまりに少なすぎたから、ではない。

単純に今、自分の目の前に表示されている文字の羅列の意味を、理解できなかった、したくなかった。

家に帰り、一人になった後で自分のツイッターのタイムラインを見た。

ファンのみんなのツイート。公式ツイッターへのリプライ。

そして翌日のメンバーからのコメント。

一番辛いのはメンバーのはずなのに、「みなさんもどうか不安や悲しみにとらわれ過ぎずにいてもらえたら」というファンを思いやった言葉に、胸が締め付けられた。

それに対するメッセージも、状況を受け止めきれないままながらも、本当に丁寧に言葉を選んだのだろうということが分かるものばかりで、それを読んで泣いてしまった。

同時に、今までこんなに彼らの音楽に助けられてきたのにいざという時本当に何もできないんだ、という堪え難い虚無感にも襲われた。

私たちは彼らのことが好きというだけの他人であるという当たり前の事実を痛感させられた。

…あぁ現実なんだと思った。

十七年間生きてきてはじめて、涙が止まらず眠ることができなかった。

今から三年ほど前の中学三年生になる直前の春。

ふとつけたラジオでトークをしていたのが彼らだった。

私が聞き始めた時にはもう半分以上内容が終わっていて、関西弁のバンドといえばflumpool、という当時の私の勝手すぎる思い込みにより、数十分の間、これはflumpoolなんだと思って聞いていたのをよく覚えている。

最後にそのバンドの名前が紹介された。

それが私とKANA-BOONの出会いだった。

この人たち、バンドマンなのにこんなに面白いんだ、というなんとも陳腐な第一印象だったのだが、その後ツイッターで、古賀さんが特別に開示していたファンクラブ限定のブログを読んで、衝撃を受けた。

そこには直前にリリースされていた「Origin」について、そして自身のバンド、音楽についての真剣な思いが書かれていた。

この文章を書いたのは、本当にさっきまで他愛もない話をしていた四人のうちの一人なのか?

彼の書いた文章に込められた強い思いに惹かれた私は、どんどんKANA-BOONにはまっていった。

そして事あるごとに、KANA-BOONの音楽に、鮪さんの紡ぐ言葉に、助けられるようになった。

“これから先、後悔もある簡単にいかない時もある けど気にすることはない 君はきっと間違ってない” — 結晶星

先の見えない不安から這い出るきっかけをもらったり。

“雨だって風だって受けながら進んでゆく 僕だってやれるって飛び込んでゆけ” — ダイバー

辛くて立ち止まりそうになった時に手を引いてくれたり。

中学校の卒業式の前日にはランアンドランを聴いて泣いていたし、高校受験や部活の発表など、大事なイベントの前には必ずシルエットを聴くのがルーティーンになっていた。

まだ少ししか生きていない人生の、節目にはKANA-BOONの音楽があった。

イヤフォンからKANA-BOONの音楽が流れればいつでもその音楽の主役になれた気がしたし、ライブでは嫌なことなんて忘れて、大好きな音楽に没頭できた。

いいことばかりなわけもない私の毎日を、どうにかプラスにして生きてこれたのは、KANA-BOONの音楽があったからだった。

そしてWake upのカップリング曲である、「LOSER」をはじめて聴いた時のこと、私は絶対に忘れない。

とにかくベースがかっこよかったのだ。

文章にすると伝わらないような気もするが、とてつもない衝撃を受けた。

スラップという奏法を、その時はじめて知った。

それまでベースという楽器は、縁の下の力持ちといえば聞こえはいいがどこか脇役で、目立たない存在だと思っていた。

そのイメージがガラリと変わった瞬間だった。

ベースってこんなにかっこいいだ、そんな漫画の主人公のセリフのような言葉を本気で思ってしまった。

それだけがきっかけで、私もベースを始めた。

その瞬間から、めしださんはオンリーワンのマイヒーローなのだ。

何の誇張もなく、生まれてはじめて心の底から尊敬して憧れて、間違いなく一番のベーシスト。

KANA-BOONでベースを弾いているめしださんが大好きだし、MCをしている時、演奏している時の笑顔も本当に素敵だ。

四人だからKANA-BOONだ、と思っていた。

そんな中、6月23日、シナリオアートの東京公演で鮪さん、古賀さん、こいちゃん、そしてサポートにシナリオアートのヤマピーさんを加えた四人体制のKANA-BOONをみた。

全く湿っぽくなく、初っ端からハイテンションのライブ。

鮪さんがMCでめしださんの話に触れ、これからもよろしくお願いします、と話した後、ファンからの拍手がどんどん大きくなり、たくさんの人がありがとう!と叫んでいた。

活動を続ける選択をしてくれて、「ありがとう」。

精一杯のファンからの気持ちだった。

その後演奏されたバトンロード。

“砕けたあの夜も 過去だと笑い飛ばす そんな日が来るから” — バトンロード

泣かない、と決めていた。

涙が出た。

四人でKANA-BOONだけれど、めしださんを想いながら前に進む決断をした三人はKANA-BOONだった。

そしてこの先どういう形になろうと、ずっと、ずっと、このバンドが私を支えてくれる、このバンドの音楽と一生生きていきたいと、綺麗事ではなく、本気で思った。

きっとあの日、あのライブを見ていた全員が思ったに違いない。

本当に素敵なライブだった。

KANA-BOONに出会ってくれたことだけは自分に感謝したい、そしてなにより私の好きでい続けてくれるKANA-BOONに、最大の感謝を伝えたい。

“ナンバーワンのヒーロー 君の姿に僕ら何度救われたか だから次は僕の番だ オンリーワンのヒーロー この声で救うよ” — Origin

KANA-BOONの姿に、数え切れないほど救われた、だから今度は、私たちファンの「声」で。

何もできないのかもしれない、ただただ彼らの音楽を愛し、聴くことしかできないのかもしれないけれど、KANA-BOONが音楽をやっている時代に一緒に生きることができて幸せです。

ありがとう。

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