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愛しておくれ!

グッバイフジヤマの活動終了に寄せて

 
6月30日、渋谷WWWでのワンマンライブをもって、グッバイフジヤマは活動を終了した。
たくさん泣いてたくさん笑って、私はなんだか抜け殻のようになってしまった。

私がグッバイフジヤマに出会ったのは2年ほど前。それまでは、「カバー曲(チェリー/スピッツ)でメジャーデビューするなんて変なバンドだなあ」くらいの印象しかなかった。

とあるイベントで初めて彼らのライブを見たとき、チェリーのSEでメンバーがステージにあがり、SEに合わせてみんなでチェリーを合唱した。ボーカルの中山さんは「自由に楽しんでいってね!」と屈託のない笑顔で言い、ライブが始まった。振りつけのある曲、みんなでタオルを回す曲、恋愛を歌った曲。。。当然知らない曲ばかりだったけど、印象に残ったのは、「メンバーが楽しそう」ということだった。

ひねくれものの私は、最初は、「カバーじゃなくて自分たちの曲でやればいいのに」とか、「振りつけのあるバンドなんて嫌だ」とか、そういうマイナスの印象で彼らのことを片付けるつもりだった。それでも、「正解なんてないから自由に楽しんでいいんだよ」という中山さんの言葉が忘れられなくて、YouTubeで動画を検索したり、音源を聴いたりした。

それから少しずつ彼らのライブに行くようになって、今思えば、私はグッバイフジヤマの人間臭さに惹かれていたのだと思う。特に、中山さんのMCはいつも素直で、不器用で、自分の想いを伝えたくて頑張って、でも家に帰ると後悔している(らしい)。もう少しで彼女ができそう、なんて言っていたこともあったし、社会への不満をこぼしていたこともあったし、すごくうれしそうな表情でほかのバンドの好きなところを挙げていたこともあった。なかなかの高確率で、「ああ~~」「こういうのがよくないんだ…」と目を覆って、直前にしたMCを後悔するようなそぶりをしていた。

なんだか、すごく人間臭い。と思うのは私だけでしょうか。

グッバイフジヤマのライブはいつも、多幸感にあふれていた。メンバーもお客さんもみんな笑顔で、ポップでキャッチーな(という言葉で簡単に片づけたくはないけど)曲でどんどんお客さんをつかんで離さない。

そして、去年、「高円寺でぶっとばす」の企画が発表されたころからだろうか。彼らのライブは、どんどん「ヒリヒリ」するものになっていったように思う。MCで「初期みたいなアルバムができた(2019年にリリースされたキャッチャー・イン・ザ・ヘル)」と言っていたように、衝動的な、思わず体が動いて鼓動が速くなるような、そんなライブになった。曲が始まると、途端に中山さんの眼光が鋭くなって、メンバーの演奏も激しくて、初めて見たころとはちょっと違うけど、でも彼らのライブが大好きだった。フロアもぎゅうぎゅうに押し合って、大声で歌って、まさに「退屈を殺」してくれる、ライブ。

まさか活動終了が発表されるなんて思っていなかった。それでも、中山さんの「lueがいないとグッバイフジヤマじゃないから」という言葉はすごく腑に落ちた。そんな風にメンバーを、バンドを大事にするバンドだから好きになったんだな。

発表されてからの4か月、できる限りライブに足を運んだ。サポートギターを迎え入れて、やっぱりヒリヒリするライブをたくさん見た。ドラムの星美さんと同じバンドだったという哲平さんの弾くギターやライブパフォーマンスは、すごくグッバイフジヤマに合っていて嬉しかった。ライブのMCでは、活動終了をいい意味で笑いに変えるような明るい言葉が多くて、「誰よりも悲しくない活動終了にするから」とか、「俺たち音楽はやめないから」という言葉にはだいぶ救われたように思う。

lueさん脱退後初の見放題、リリースツアー、インストアイベント。泣いちゃだめだと思いつつも泣いてしまう、そんなライブをいくつも越えて、6月30日はやってきた。

本番、「グッバイフジヤマみたいなバンド(グッバイフジヤマの3人にサポートギターを迎え入れた形)」で、11曲。ちょっとだけ緊張感の漂う中、新譜を含めた3曲が演奏され、MC明けの「戦争しましょう」「きるみべいび」でお客さんの盛り上がりが加速したように感じた。「チェリッシュ!」の歌詞、「きみがいないとぼくはなんにもないのさ」にこもる中山さんの気持ちが強くて、いつもここで心が熱くなる。そして最後の「ぼくらのファンファーレ」。「高円寺でぶっとばす」企画と一緒に育ってきた曲のように私は思っていて、5公演が走馬灯のように脳内に浮かんだ。

アンコール。耳によくなじんだ「チェリー」が流れ、グッバイフジヤマの4人が入ってくる。涙が止まらなくなってしまう。久しぶりに見た正真正銘のグッバイフジヤマが嬉しくて、lueさんがいないと完成しない曲が聴けているのが嬉しくて、あっという間に時が経ってしまった。久しぶりのlueさんのMCもいつも通りで、グッバイフジヤマが帰ってきた、と素直に感じた。

最後のMC、中山さんが話しているうちに、まるで小学生のように泣いてしまった。自分の劣等感と戦っていて、メンバーが大好きで、ファンの言葉にもよく耳を傾けて、家ではファンの表情を反芻して。中山さんの不器用なMCがやっぱり大好きだ。

「またlueと歌える日がくるまで、この曲はやりません」と言って、「BOYS IN THE BAND」が始まる。以前に「この曲ってなんかlueって感じするんだよね」と言っていたメンバーの言葉を思い出す。歌詞も、演奏も、本当にグッバイフジヤマを体現したような曲だ。こんなに大好きな曲なのに、もうしばらくはライブで聴けない。

ステージからメンバーが去り、「グッバイフジヤマみたいなバンド」が帰ってくる。その名を、「愛しておくれ」と言うらしい。「BOYS IN THE BAND」くらい、彼らに似合うなあ、と思った。何度かライブで見たことがあった「アイ・スタンド・ヒア」、歌詞が直接的過ぎて本当にずるいなあと思う。袖にいたであろうlueさんを見ながら演奏するのもずるい。それでも、この日までは悲しくなるだけだったこの曲を、愛することができるようになった気がした。続けて2曲演奏し、ライブ終了。

「愛しておくれ」というフレーズは、グッバイフジヤマの「ダーリン!」の歌詞でもある。なんとなく、私の認識している中山さんの人格と、少し合致しないところのある言葉だなと思っていた。愛してほしい、と表明することにも臆病になって、いろいろ考えあぐねてしまうようなイメージがあった。でも、だからこそバンドを通してなら、ある意味声高らかに、「愛しておくれ!」と言えるのかもしれない。

グッバイフジヤマが大好きで大切だけど、愛しておくれのことも、同じくらい大切にしたい。愛したい。そんな風に、前向きになれる活動終了ライブだったと思う。

グッバイフジヤマ、本当にありがとう、これからもよろしくお願いします。
愛しておくれ、これからよろしくお願いします。愛させておくれ。

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