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歌のメーターの針はいつもちょうどいい位置

杏沙子の1st「フェルマータ」から見えてくるコントロール力と表現力

歌い上げているのに、押し付けがましさは皆無。
杏沙子の歌声をラジオではじめて聴いたとき、そんな印象を受けた。

他の楽曲ではどうなんだろうと興味を持って、アルバム「フェルマータ」を聴いた。
驚いた。
楽曲ごとに明確な歌い分けをしているのに、どれも歌唱の力加減が的確だったから。
歌い上げるタイプの「着ぐるみ」「恋の予防接種」「ユニセックス」「アップルティー」「天気雨の中の私たち」、キラキラした声色の「チョコレートボックス」、語りかけるようなトーンの「よっちゃんの運動会」、ややドスの利いた声の「ダンスダンスダンス」、ウィスパーボイスの「半透明のさよなら」、しっとりと歌う「おやすみ」、語りかけから歌い上げに持っていく「とっとりのうた」。
こうしたバリエーションがあるなかで、 力の入れ方をしっかりコントロールしている。
これをさらりとやっているのは実はかなりすごいことだと思う。
この道数十年のベテランならいざ知らず、デビューからまだそう経っていないアーティストがこんなにハイレベルなスキルを持っているのは驚異的だ。

コントロールについてもう少し詳しく言うと、杏沙子は力の抜き加減に長けている。
たとえば「ユニセックス」のBメロ。
「楽しいウラハラの世界を 乗りこなそう」の「乗りこなーそう」をサビに向けた助走として力を入れて歌わず、むしろ力を抜く。
もうほんの少し力を強く入れれば歌にクドさ、押し付けがましさが出てしまうかもしれない。
歌い上げてきたと思うと力を抜く方へ行ってくれる。
この緩急が、聴き手にとって心地よい。

歌い上げることを期待されているアーティストだと、力んで歌ってしまいがちだが、杏沙子は力加減を心得ていて、踏み外さない。
しかも楽曲の歌い分けをしながら。
歌い上げても、メーターの針が振り切れないギリギリのところでとどまってくれる。
こんなふうに歌い分けと力加減のコントロールを両立させられるのはどうしてだろう。

杏沙子は聴き手の立場を第一に考えて歌っているように思える。
どう表現したいかより、相手にどう伝わるかが優先。
ときに歌唱力をあえて抑えて力を抜いたりするのは、聴き手が歌唱力を圧力に感じることがあると知っているからではないだろうか。
歌唱力によって生じる聴き苦しさを避けようとしている。
つまり聴き手への配慮が、行き過ぎ、踏み外しを防止しているのだ。
歌い分けも、この配慮に基づいていると思える。
杏沙子の歌のメーターが振り切ることなくいつもちょうどいい位置を指しているのは、聴き手の耳にやさしい歌を届けようという気持ちのあらわれなのではないか。

ビクターエンタテインメントのオフィシャルインタビューによると、杏沙子の「音楽体験の原点」は「母の運転する車のなかでよくかかっていた松田聖子さんや槇原敬之さんやドリカム」だという。
まさにカーステで聴き手にやさしい歌のメーターを見て育ったのかもしれない。

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