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2017年6月15日

山下リン (23歳)
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流動体の上に生きること

小沢健二と記憶

 今年の冬、和歌山へ行った。ひとり旅だ。飛行機と特急列車を乗り継ぎ、新宮(しんぐう)へ向かった。
 戦後生まれとしては初めての芥川賞作家・中上健次の墓を訪ねた。地元の飲み屋で作業服のおじさんとしゃべった。ホテルへの道は暗かった。新宮の夜は、早く眠るようだ。
 翌朝、水平線から朝日が昇るのを見ながら、電車に揺られた。JR串本駅から、本州最南端の潮岬(しおのみさき)へ、レンタサイクルで走った。中上健次の小説『岬』に出てくる「岬」は潮岬のことであると、言われているそうだ。
 風が気持ちよかった。汗が飛んでいった。潮岬の芝生は、あいにく枯れていた。中上健次もここへ寝転んだのだろうか、などと考えながら草を踏んで歩いた。派手なものは何もない。あるのは、自然ばかりだった。
 帰りも自転車をこいだ。海岸沿いの道で、やはり水平線を見た。私の地元にはない風景だ。海と空の境界を眺めながら、私はふと、小沢健二の曲の歌詞を思い出した。
 
《青い空が輝く 太陽と海のあいだ》(“さよならなんて云えないよ(美しさ)”)

 私の頬がふるえていた。これまで幾度も聞き流した歌詞に、色や、かたちが、生まれる気がした。あの歌詞の、言いあらわせなかったすごさが、いまだに言いあらわせないけれども、実感として肌に染みこんでいくようだった。私は、すごい、すごい、とつぶやきながら自転車をこいでいた。小沢健二の目には、太陽と海のあいだに、青い空が映ったのだ。それがそのまま言葉になったのだ。わけもなく感動的だった。
 そう感じはじめた途端、あらゆるエピソードや記憶が頭に浮かび、つながっていった。
 CMでも流れていた小沢健二(けんじ)の“さよならなんて云えないよ(美しさ)”は、曲中の歌詞をタモリがほめたことで知られている。その歌詞を思いついたのは、私の故郷であるらしい。私はこの曲の歌い出しのすばらしさに、中上健次(けんじ)の故郷をめぐる旅の途中で気づいた。そして潮岬のある町の雰囲気は、私の祖父母が住む島のそれに似ている。
 《左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる/僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも》(“さよならなんて云えないよ(美しさ)”)
 まさしく海が見え、風が吹き、記憶がよみがえる……。

 ある音楽を聴いていて、別の音楽、さらには本や映画、いや表現に限らず、あらゆる言葉や思い出が呼び起こされ、風景、素材、影響などによって、あちこちでかかわりを持ってつながっていく……そのような感覚を味わったことがある方は多いと思う。ものごとを広く深く感じ続けることの楽しさ、うれしさが、そういった感覚には詰まっている。

 小沢健二“流動体について”を聴いていても、似たような感覚が味わえる。

 “流動体について”を、タモリが司会を務めるミュージックステーションで初めて聴いたとき、これはまさしく小沢健二としか言いようのない曲だと思った。それは《甘美》や《しばし》といった言葉を自然に歌詞へ折り込む技術や、サビで伸びていく高音に象徴的なフック、ストリングスのメロディーなど、ところどころに小沢健二らしいエッセンスを感じたのも理由として挙げられる。
 しかし何より、この曲を聴いていると、小沢健二にかかわる記憶や、それを思い出してみること、さらにはありえなかった現在について考えてみることに意識が向かい、ああ、小沢健二を聴くとはそういうことだったのだと、実感するのだ。感覚に密接した音楽はうまく語りようがなく、だからこそ《青い空が輝く 太陽と海のあいだ》のすごさについても言葉にできなかったのだ、と思い知らされる。

 《この線路を降りたら/虹を架けるような誰かが僕を待つのか?》

 これは“ある光”の歌詞の一部だ。自分がいまいるところとは別の世界、いま進んでいる道とは違う道にも「可能性」があるという事実。それをポジティブな思考でとらえられるならいいのだが、“ある光”のころの小沢健二は、危うい欲望をもとに《この線路》を降りようとしていたように思えてならない。
 “ある光”において寄る辺となっているのは、小沢健二の内側だ。《心の中にある光》であり、《今そんなことばかり考えてる》自分だ。想像するのも《この線路を降りたら赤に青に黄に/願いは放たれるのか?》と、抽象的なできごとでしかない。
 自分の感覚のみが、ひとつの決断に力を持っている状況は、危険でもある。もちろんそういう精神状態こそが、前述した、記憶やイメージの結びつきを生むこともあるのだが、そのとき、たいていの人間は、冷静さを失っている。

 しかし、”流動体について”はどうだろう。

《もしも 間違いに気がつくことがなかったのなら?/平行する世界の僕は/どこらへんで暮らしているのかな》
《誓いは消えかけてはないか?/深い愛を抱けているか?》

 かつてと同じように疑問符で問いかけられる言葉に、実感がこもっており、強い信念が感じられる。
 “ある光”の、《この線路》を降りた世界は、“流動体について”の《平行する世界》というフレーズと呼応している。「そこ」に行けばどうなるのか? という苦しまぎれの現実逃避ではなく、「ここ」にいることへのゆるぎない確信が、“流動体について”にはある。

 私はこの曲を聴いて、これまでの小沢健二には感じられなかった、ものごとを受け入れる強さ、あるいは弱さを感じた。
 大ヒットしていたころの小沢健二にも、強さはあった。しかしそれは、もともと才能がある、深く、ぶれない人間の本来的に持つ強さでしかなかった。達観した人間が何を言われても動じないのと同じだ。
 今の小沢健二は、一度その強さを手放し、経験を通してふたたび手に入れた強さを歌にしているように思える。彼は自分が弱い人間であることを自覚したうえで、それでも最小限の強さで曲を作るのだ、歌うのだ、という決意をもとに、音楽シーンに帰ってきたのではないだろうか。《子供たちも違う子たちか》《無限の海は広く深く/でもそれほどの怖さはない》など、昔は歌えなかったはずだ。

 そんなふうに、小沢健二について思うことや、考えること、そしてエピソードを引き連れて、“流動体について”は聴こえてくる。

 小沢健二『LIFE』は、大学時代にいちばん聴いたアルバムだった、CDショップへ買いに行ったときの、新生活にわくわくした気持ち、店員さんにばれていなかっただろうか? 小沢健二にあこがれて、白いジーンズを買った、うまく穿きこなせない私を「似合ってないね」と笑う友人たちは、フリッパーズ・ギターを知っていただろうか? 私が作ったプレイリストの“ドアをノックするのは誰だ?”を聴いた友だちは、何この古い曲、と思わなかっただろうか? “流動体について”の《君の部屋》は、“愛し愛されて生きるのさ”の《君の住む部屋》だろうか? 《東京》や《港区》は、小沢健二と切り離せない場所なのだろうか?
 “流動体について”から、また新しい記憶が生まれるだろうか?

 小沢健二にまつわるものだけではない。
平行する世界や、宇宙、というイメージが、大江健三郎の小説『個人的な体験』にも出てきたのを思い出すこと、アルバイト先のおばさんが毎日飲んでいたカルピスも、《ほの甘い》味だろうかと思うこと、《神》という言葉があるから宗教的だとか、《文学的》と歌うから文学的だとか、そういう意味ではなく、音と言葉の印象そのものが、神や文学に近づいていること、どちらが上とか下もないこと。

 あらゆる考えが、記憶が、風景が、つながっていく。
 《流動体》は、地球だと思った。これは、地球についての歌だ。すべてがここにある。聴き手として、しばらくそう考えたのち、曲が響くだけの範囲へ、また意識は戻る。流動体についてただ思いをはせるばかりでは、何ひとつ達成できやしない。
 小沢健二が歌う。《神の手の中にあるのなら/その時々にできることは/宇宙の中で良いことを決意するくらいだろう》……。その決意こそを、小沢健二に求めていたし、私たちも抱くべきなのだろう。

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