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2017年6月16日

ひそか (30歳)
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生きて、生きて、生きて、生きて、また会いましょう

ドラマチックアラスカと過ごす2度目の青春

熊本に生まれ、熊本で育った。
都会に憧れたこともあったが、結局地元から離れることが出来ずこの町で暮らして30年になる。
 

10代の頃、わたしは音楽専門チャンネルに夢中だった。
学生でお金が無かったのでライブには行けなかったが、それがわたしにとっての日常だったので苦ではなかった。
テレビを点ければたくさん音楽に触れられるし、お気に入りの一曲を見つけてその曲が入ったアルバムをレンタルして聞くだけでも十分刺激的だったのだ。
ただやはりライブハウスに対する憧れはあり、大好きなバンドのライブ告知を見ると大人になったら見にいきたいと漠然と思っていた。
 

大学を卒業し、社会人になった。
自分のやりたいことを仕事に出来た喜びに浸っていたのは最初だけで、自分がいかに力不足かを痛感する日々。
楽しいこともあるが、それよりもきついこと・しんどいことの方が上回っていた。
休みはどこかへ出かけたり趣味に費やすよりも、少しでも疲れを取ろうと寝て過ごすことが多かった。
だんだん音楽から離れていく実感はあった。
あんなに夢中だった音楽専門チャンネルも見なくなり、嫌いになったわけではないが好きだったものへの興味が失われていくことに対し仕方がないことだと諦めつつも虚しく感じていた。
 

社会人8年目の春を迎えた頃。
熊本地震発生。
この日を境に生きることへの考え方が変わった。
ながらや惰性で過ごしていた日々ともう一度しっかり向き合って考えて生きてみたくなった。
自分の好きなことってなんだろう、やりたいことってなんだろう。
仕事は好きだ。これからも続けていきたい。
でも仕事以外のことでも好きなことはたくさんあるじゃないか。
わたしは知っているはずだ。
本のおもしろさとか、お芝居の楽しさとか、音楽のすばらしさとか。
もっと自分が好きだと感じるものに積極的に、能動的に触れていきたい。
いきたい、だけじゃない。触れていこうと。
 

生活が落ち着いてきた秋頃、熊本城で行われたイベントでフリーライブがあった。
たまたま休みだったので見にいったそのライブが、わたしとドラマチックアラスカの出会いだった。
4人の奏でる音楽が最高にかっこよくて一瞬で心を奪われた。
中でも印象に残っているのが「河原町駅」
ラスサビ前の静寂。
野外でのライブでステージ近くには出店もたくさんあったのに、この瞬間は完全に音が消えた。
数秒後、晴れた10月の空に響き渡るラスサビに鳥肌がたった。
神戸のバンドである彼らは、神戸の小学校で歌い継がれているという阪神淡路大震災の時に作られた「しあわせ運べるように」も披露してくれた。
やさしい歌声に聞き入りながら、当時支えてくれた人たちの顔が浮かんだ。
 

しばらく音楽から離れてしまっていたし、最近のバンドのことはよく分からない。
でもドラマチックアラスカの歌の良さやライブのかっこよさは自分にとって唯一無二の存在であると直感したし、そこにはなぜか絶対的自信があった。
フリーライブの後そのままお店へ行って全CDをレンタルし、どのCDもすばらしすぎて結局買い直した。
ライブを見にいくようになってもその自信は崩れていないどころか、揺るがなくなる一方である。
 

初めて見た日から毎日のめり込むようにドラマチックアラスカの音楽を聞いている。
それは10代の頃のような、あの毎日何時間でも音楽専門チャンネルを見ていた時と似ている。
青春というものが何かに夢中になって没頭できることであるとしたら、わたしは2度目の青春をドラマチックアラスカと共に過ごしている。
 

映像でしか見ていないが、METROCK2016のステージ終わりにボーカルのヒジカタさんはこう言っている。

『生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、また会いましょう』

生きて、ドラマチックアラスカのライブに行くことができる幸せ。
ただ、それは何かひとつかけ違えていれば叶わなかったものだ。
 

そんな夢のような現実を、わたしは生きている。

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