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ライブハウスで見つける自分

LOCAL CONNECTが、すきです

去る7月13日、雨の福岡。
京都府長岡京市出身のロックバンド、LOCAL CONNECTのワンマンライブがここ、天神の街で行われた。窮屈なスーツもヒールも脱ぎ捨てお気に入りのスニーカーを履いて、見慣れた景色を横目に足早に向かった先はライブハウスQueblick。イヤホンはカバンにしまい、チケットを握り締めて既に整列が始まっている人々の中へ。

開場。階段を下り地下へ。ひやりとした空気。学生の頃に比べ訪れる回数が減ったからこそ、ここに来ると一層高鳴る気持ちが止まらない。この日はフロアの真ん中あたりで観ることに決めた。ミントタブレットを口に放り込み、高鳴る気持ちを落ち着かせる。それから数十分の間目を閉じ静かに開演を待つ。

定刻5分を過ぎた頃だろうか。落ちる照明、徐々に大きくなる聞き慣れたSE。幾度となく耳にしているはずなのに、毎回この音を聴くと条件反射だろうか、鼓動が早くなる。これからステージ上で行われる出来事に、期待をしてしまう。

最初に姿を見せてくれたのは、メンバー最年少のDr.Natsukiだった。常に後ろからバンドを見ている彼の真剣な眼差しとストイックさは、この日もその丁寧なお辞儀から見て取れた。登場の仕方や頭の下げ方など、誰に強制されているわけではないだろう。LOCAL CONNECTのメンバーは、とても真摯にライブと向き合っている。お辞儀ひとつではあるが、彼等のそれはとても丁寧で、顔を上げた時睫毛の奥に見える瞳はしっかりとフロアを見据えている。その行為ひとつで、決意を感じる。意志を感じる。思わずこちらの背筋が伸びてしまうような、そんな感覚。

福岡で2回目のワンマンライブ。待ってた、お帰り、久しぶり、初めまして。Queblickに集まった人の思いは様々だろう。きっとどこで観てもライブというものは楽しいけれど、自分の住む街に来てくれたことが、この上なく嬉しくて嬉しくて堪らないのだ。

1曲目からVo.ISATOの声に引き上げられるように、観客は熱を帯びていく。彼のハイトーンボイスは一度聴いたらきっと忘れることはない。地声と裏声の中間から、裏声に変わる瞬間がとても好きだ。楽器とも水音や風の音とも違う。例えようがないほどに、こんなにも綺麗な声の男の人がいるんだと思った。それにふわりと、時に激しく合わさるVo&Gt.Daikiの力強い歌声。彼等の目は観客をよく見ている。私はいつもそのあまりの熱量に、つい圧倒されてしまう。目と目を合わせるのが怖いと感じることさえある。そしてこちらが恥ずかしくなってしまうくらいに真っ直ぐな言葉を、聴き手側にいつだって与えてくれる。

「ここ(ライブハウス)では、ありのままの貴方で」

間奏中にISATOはフロアを指してそう言った。メンバー全員が、自分達の音楽を愛しているということが痛いくらいに伝わって来る。ありのままの彼等でぶつかって来てくれている。ライブハウスに集まる人は年齢性別職業、様々。どうしてライブに来るのか、そんなことをいちいち聞いて回るのは野暮な話。ISATOの言葉を借りるなら、「ありのままの自分になりたくて」来ているのではないだろうか。私だってきっとそうだ。

2019年5月6日、彼等はnew digital single「アンダーグラウンド/Sailing」をリリースした。共通しているのはどちらも前に進む曲だと、Vo&Gt.Daikiは語っている。

「アンダーグラウンド」に関して「頑張っても頑張っても届かないことはある。しかしそこで気持ちを折ることなく次に踏み出す力になればいい」のだと。真っ直ぐな、バンドの心臓、リーダーである彼らしい言葉だ。2018年に行われた彼等のツアー「無完成」でISATOは「俺は一生未完成のままでいい」と言った。彼等にとって届かないこと、未完なことは大した問題ではないのかもしれない。未熟な自分、不甲斐ない自分を前に進ませ、好きになれるような気持ちを与えてくれた。具体的にああしたらいい、こうすればうまくいく、だなんてことは彼等は言わない。曲に、音に乗せて全て伝えてくれる。どうするかはその熱を受け取った、私達オーディエンス次第なのだ。熱いステージを観せられて、「自分の毎日はどうだろう、本気で向き合えているだろうか」と頭をよぎる瞬間がある。全力な彼等を観るだけで満足する自分には決してなりたくない、と対抗心にも似た気持ちが生まれる。

もう一つの新曲「Sailing」はDr.Natsukiと制作された一曲。いつもバンドを後ろから支えている彼の気持ちを少しでも楽曲から感じることができ、新鮮さと嬉しさを感じた。新曲を叩くNatsukiの表情は、どこか柔らかに見えた。「超えるべきはいつも自分なんだよな」という歌詞は、彼の自分に厳しい面を顕著に表しているような気がする。毎日を過ごしているとつい人と比べてしまい、自分を見失ってしまうことがある。だが私はLOCAL CONNECTのライブを観ると、他の誰でもない「自分」と向き合える気がしてならない。

ステージの中心で歌うISATOの手を、どれだけの人が注目しているだろうか。彼の手には楽器はない。マイクを握り、懸命にバンドをけん引する。手がマイクを離れた時、彼の手は沢山の気持ちを表現する。キラーチューンに激しいロックナンバー、バラードでも。手話のようでそうではない。フロアを指さしたり、宙を指が歩いたり、弧を描いたり。それは目を閉じている時も、鋭い視線を走らせる時も。言葉よりも実際に見てもらった方が全て伝わることは重々承知であり、言語化するのは極めて難しいがあえて言葉に残したい。彼の手は意思と意味を持っている。その意味を考えずにはいられない。単なるいちバンドのボーカリスト、ではないISATOの存在をひしひしと感じる一面だ。

新旧織り交ぜられたセットリストは、彼等を知った年数は関係なく誰もが楽しめるものだった。配信シングルはもちろん、2nd mini album「7RAILS」からも曲が披露された。ある種の新鮮さや懐かしさが、鼓膜から全身を駆け巡る。

華やかなツインボーカルに目が行きがちだが、歌声を支える3人からも目が離せない。ファンの贔屓目もあるかもしれないが、全員がとてもチャーミングなのだ。個性は強いけれど、決して喧嘩し合うことなく音が空間に溶けている。あの空間の中にいると、音とひとつになってしまうような感覚に落ちてしまう。全てを観ていたいけれど、つい目を閉じて音だけを感じてみたくもなってしまう。

「言葉を交わさなくても伝わる瞬間がある」(1st mini album「過去ツナグ未来」より「幸せのありか」)

そんな瞬間に人は誰しも出会ったことがあるのではないだろうか。大切なことは言葉にしないと伝わらないよ、なんてよく聞く言葉だ。だけど私の大切な友達は、耳が聞こえなかった。名前を呼んでも届かない、だけど私達はいつだって心を通わせていた。周りから見たら一方的に話す私は、少し妙だったかもしれない。

LOCAL CONNECTに出会った時この歌詞を聴いて、救われた自分が確かにいた。言葉が一番大切だなんて言わない彼等の言葉を、音楽を好きになった。きっと沢山の意味を込めた歌だと思う。自分のための歌などない。そんなことは誰しも分かっている。だけど私はこの曲が当時の自分に寄り添ってくれた気がした。大切な友達はもう二度と会えない所へと行ってしまった。だけど彼等の音楽を聴く度彼のことを思い出す。私は嬉しい時も、悲しい時にも彼等の音楽を聴きたくる。

年に数回しかライブに足を運べなくとも、確かに彼等は私達の生活に寄り添ってくれている。そしてこれはファンのエゴになるけれど、いつまでもそんな音楽をし続けていて欲しい。いなくなってしまうのは寂しいから。

夏の始まり、LOCAL CONNECTの音楽と共に幕を開けることができた。どんな夏になるのか分からない。正直辛いこともある。だけど少しでもあの日ライブハウスで見つけた、「ありのままの自分」を愛して前に進んでいけたら、とても幸せだ。私は彼等が、ローコネが、好きです。

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