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2017年6月16日

中野聖華 (22歳)
50
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待っているだけではいられないんだわ

パスピエが魅せた決意表明

<巡り会い 巡れば巡る くるりくるり隣り合わせ>

開演予定だった19:00ちょうど。パスピエは、「トキノワ」からライブをスタートさせた。はじまりもおわりも、「トキノワ」なんだと気づくのにそう時間はかからなかった。またここから始まるんだと考えると、少し瞳が潤んだ。
2017年6月1日、高松festhalleで行われたのはUNISON SQUARE GARDENの『fun time HOLIDAY 6』。彼らはこのツアーを、ふたつのバンドがただ格好いいライブをする、ただそれだけのライブだと言っていた。ここではそのうち、ゲストバンドとして出演していたパスピエに焦点を当てて、物語を進めていきたいと思う。

<とおりゃんせ とおりゃんせ 道無き道ゆけ>
<まだ見た事のない その世界が見たいだけ>

オープニングから、涼しげな顔で指を滑らせる露崎独特のベースラインが平成版・御伽草子のような「とおりゃんせ」、まさに”その街”から飛び出してきたようなボーカルの大胡田なつきが片足を上げて拳を振る「チャイナタウン」と続いた。私は、前に立つ人と人との間にあるわずかな隙間から見えるステージを覗き込むように凝視していた。4人がどんな表情でステージに立っているのかを、確かめたかった。

2016年6月17日。私は、こんな素晴らしいツーマンはなかなかないだろうと、飛行機や電車を乗り継いで新木場STUDIO COASTで行われたパスピエ主催の『印象E』へ足を運んだ。この日は、UNISON SQUARE GARDENの方がゲストバンドとして呼ばれていた。もう二度と見られないかもしれないくらいの覚悟で東京へ行った当時の私に、”来年、車で行ける距離の場所で同じツーマンがあるよ!”と言ったらどんな顔をするだろうか。
まぁそんなことはともかく、その時の新木場でのツーマンは実に素晴らしい夜で、両者が見せるポップと精密さの融合に驚きの連続だった。この絶妙なバランスは何なんだと、感嘆した。今までに感じたことのない統率の取れた音に酔いしれる一方で、その完成度の高さからは想像もできないほど、まるでスキップしたくなるようなポップさが隠れていたのだ。まるで精密にプログラミングされた高性能なソフトウェアの中で無数の流れ星が踊っているようだと感じた。
どうして対極のものが水を溶いた絵の具のように美しく交わり合っているのか。その謎を解くためにわかった暗号は、実にシンプルな話で、自由な音楽と自由なフロアというのが一寸の狂いもないほど美しい比例関係にあったということだった。両バンド共に余計なものは削ぎ落とし、ただ自分たちが信じて生みだした音楽をフロアにぶち込む。バンドだから音楽ですべてを伝える、それを当たり前かのようにそつなくこなしているように思えた。さらにその音楽には、強制送還の赤紙ではなく、”ご一緒にいかが?”という招待状が添えられている。きっとその招待状には、”どうぞお楽しみください”といったとてもシンプルな文言しか記されていないだろう。だから、謎の連帯感などがない独特の自由さが生まれているんだと思う。
ではなぜ思い思いの熱をぶつけた自由なフロアにも、不思議と一体感が生まれているのだろうか。その答えもきっとシンプルで、自由という根底にはUNISON SQUARE GARDEN、そしてパスピエが鳴らす音楽を愛しているという共通の潜在意識があるからだと思う。そんな思考を巡らせながら、私は思わず不敵な笑みを浮かべ、”今日もやってくれるなぁ”と心の中で呟いていた。

<忘れてたって何度だって 思い出せばいいんだって 向かい風吹いてても 辿り着いてみせるから>

「スーパーカー」のイントロは、ドラマチックで怪しげな成田ハネダのキーボードの音色と、その流れるような鍵盤にリズムを彩るスネアの音が印象的である。そのスネアを叩いていたドラマー、やおたくやはつい先月、NHKホールで集大成を迎えたツアーファイナルの直後、パスピエを脱退した。脱退することが発表されてからラストライブの脱退日まではわずか3日。あまりにも突然の出来事だった。
実は、4人のパスピエが初めてたどり着いた舞台が、この日のライブだった。喜んでチケットを取った時には微塵も考えなかったメンバーの脱退。でもそれは私だけに限った話ではない。この世に本物の予知能力者でもいない限り、誰も知りえなかったのである。

<変わりゆくもの目を逸らさずに そばで見ているから>

ステージの中央にスタンドマイクが設置された。私の頭の中にはなんとなくあれだろうなという楽曲が浮かんでいた。しかし、聴こえてきたイントロは私の予想とは全く異なる楽曲、大胡田なつきの伸びやかな声がより澄んで響き渡る「花」だった。

どんなものも、どんな人も、存在する限り変化し続けている。それは、時計の秒針のようにゆっくりかもしれないし、リニアモーターカーのように速いかもしれない。
いずれにせよ、人は時々変化を拒んでしまうことがある。私なんかはその典型例で、自分だけでなく、自分以外の周囲の変化にも物凄く敏感になり、変わっていくことに恐怖さえ感じることもある。当たり前のことだと頭ではわかっているのに、感情がついていかない。
でも、そんなことばかりは言っていられない。例えば、人生ゲームで止まるマスのすべてが同じ内容のものだったら、ゲームのかなり序盤で飽きてルーレットを回すのをやめてしまうだろう。たまに”おいおい、勘弁してくれよ”と嘆きたくなることもあるけれど、”神様ありがとうございます”と天に向かって真剣に手を合わせたくなるようなこともあるから、人はルーレットを回し続ける。ゴール前、最後に止まるマスにどんなドラマがあるかは、その瞬間までわからない。

<ツバメの子のように口を開いて 待っているだけではいられないんだわ>

「名前のない鳥」で三澤がかき鳴らすギターの音はまるで、現代社会を嘆く声のようである。廃墟に生い茂る蔦のように人が這う渋谷のスクランブル交差点に立ち尽くしていると、いろんな人の姿が見えてくる。自分がどのように歩けばいいのかわからず立ち尽くしていると、急に辺りは暗くなる。その暗闇の中にぼわっとスポットライトが当てられて、大胡田なつきが姿を現し、ぽつりと呟くのである。待っているだけではいられないから、私たちは今日この舞台に立ったんだ、と。

<いつしか 永すぎた春が終わりを告げたの 人も世も移り変わり 空だけ青いまま>

自分たちの決意表明ともとれる「永すぎた春」。
そういえばパスピエはこの楽曲のMVで顔出しを解禁した。それまでメディアへは、顔の一部分(たとえば口など)を必ず隠しての出演だったのだ。視覚的な情報をある程度排除し、音だけで勝負したパスピエがたどり着いた日本武道館というロックバンドの聖地。これを機に、彼らは変わることを決断した。そう、パスピエはこのときだって変化することを自ら決断していたのである。

<ちょいと開いて頭の中を ちょいと暴いて心の奥を>

今回だって、パスピエは4人で活動し続けることを決断した。それはすなわち、変化を拒むことなく、バンドとして次にどんな景色を見せられるかを模索し続ける、物語をここでは終わらせられないという新たな決意表明である。

少し前屈みになって大胡田なつきが何かを手繰り寄せる。本当にそんなものがあるのかどうかは知らないが、赤や黄色の原色使いが印象的な中国のお祭りのオープニングセレモニーのような華やかさが溢れるイントロから、たった数秒の間に対照的な重低音の露崎のベースラインと大胡田の気怠そうな声が聴こえてくる、そのギャップにドキッとさせられてしまう。
ライブも終盤に突入して披露された「メーデー」では、再びステージが光に照らされ、大胡田が現代版・天女のような振舞いで縦横無尽にステップを踏みながら全身でパスピエというバンドを体現していた。

<アイデンティティ守っていたい>

タイムマシンに乗って旅をするSFのような世界観を醸し出す「MATATABISTEP」の不可解で呪文のような歌詞の中にも一節、こんな歌詞がある。
パスピエというバンドの凄みは、常にメンバー全員が花形であるということであると思う。女性が一人で楽器を持たない完全なボーカリストとして中央に立ち、そのわきを固める楽器隊が全員男性となると、どうしてもその女性一人にスポットライトが当たってしまいがちだ。しかし、パスピエは例外である。どの曲も、すべての楽器の音が独特のグルーヴで絡み合っており、その素晴らしさがライブとして可視化するとさらに際立つ。5人を初めてライブハウスで見た時も、その全員プレーの姿勢に驚いた。さらにその姿勢は楽曲から感じる、魔法に包まれたような浮遊感からではなく、紛れもないロックバンドとしてのプライドから生まれる確固たるものだと感じ、さらにこのバンドのことを知りたいと思ったのだ。その探究心が今日までつながっている。これを彼女、彼らの再スタートと表現するのが的確かどうかはわからないが、この高松の夜がこれからのパスピエにとって特別な夜になったことは間違いないだろう。

<最初で最後のお願いだから ねえ どうか叶いますように>

1本のリボンがするりとほどけ、4本になったリボンはまた複雑かつ繊細に絡み合った。これがまた、最終的には芸術品かと見惚れてしまうほど美しく編まれたひとつの作品になるのだろう。私たちは変わることを恐れて、後ずさりしている場合ではない。パスピエというバンドが作りだした音楽が私たちをカラフルな靄が立ち込めるような世界に誘い、その世界で様々な編み方のリボンを見せてくれたように、今度は私たちがその世界で、編み方が変わったリボンの先をぎゅっと握っておかなければならない。
黄色い線を飛び越えて「最終電車」に乗り込み、ステージを静かに去った4人がたどり着く次の駅にはどんな景色が広がっているんだろう。そして、どんな表情でその駅に足を踏み入れるのだろう。きっと、次の駅はもうすぐそこまで迫っている。

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