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日本と海外で違う!? シティポップの聴かれ方

シティポップ・ブームは異国情緒ブームではなかった

日本のシティポップが海外でブームになっている。
イギリスのネットメディアで竹内まりやの「プラスティック・ラブ」が紹介されたことをきっかけに、70年代後半から80年代の日本産ポップ・ミュージックへの関心が高まっているという。
海外では以前から山下達郎の楽曲がサンプリングのネタに使われるという現象が起きていた。
その時点では海外のポップスマニアやトラックメイカーだけが支持していたから、注目度は広範囲にはわたってはいなかった。
しかしいまや、シティポップは各国の音楽ファンから1ジャンルとして認知されつつある。
ブームを牽引するのが山下夫妻だというのが興味深いが、もちろん他のアーティストも注目されている。
YouTube動画のコメント欄に外国人から賞賛の書き込みが多いシティポップのアーティストを以下にざっと並べてみよう。

松任谷由実、杏里、佐藤博、大貫妙子、越美晴、大瀧詠一、細野晴臣、山下達郎、村田和人、角松敏生、吉田美奈子、ブレッド&バター、大橋純子、笠井紀美子、宮本典子、濱田金吾、芳野藤丸、松下誠、松原みき、中原めいこ、ニ名敦子、当山ひとみ、門あさ美、間宮貴子、亜蘭知子、木村恵子、秋元薫、今井優子、藤原美穂、CINDY。

挙がった名前をみていくと、いずれも洋楽志向の人だという共通点がある。
有名なアーティストの名が目立つなか、間宮貴子など国内では知名度が低いアーティストも混ざっているのがおもしろい。
彼らは海外のライフスタイルや文化に憧れ、積極的に洋楽を聴いて育った人たちである。
その作品を聴けば、楽曲の端々からアメリカやヨーロッパの匂いが感じられ、その匂いに自身らが酔っていると思われる。

では、そんな彼らの音楽のどこに外国人は興味を持ったのだろうか。
YouTubeで上記アーティストに寄せられたコメントをのぞいてみると、グルーヴや歌声への賛辞が多いが、中には楽曲について、クオリティーが高いとか、ユニークとか讃える声もある。
何と比較してユニークでクオリティーが高いとされているのか。
書き込みのなかには、70年代や80年代のジャズ、フォーク、ロック、ソウル、ファンクといった音楽を引き合いに出しているものが目につく。
とすれば、比較対象はシティポップと同時代の洋楽だと考えられる。
その頃の洋楽にない独特のユニークさを感じさせるもの、ハイクオリティーだと思わせるものがシティポップにはあったと見られているのだろう。
それは何か。
日本人ならではのセンスだろうか。
洋楽を愛好してきたアーティストたちといえども、その音楽には日本人らしいセンスも反映されている。
育ってきた環境の中で培った土着的な音楽性が、少なからず出ているはずだ。
和洋の混ざりぐあいがシティポップにあらわれているとしたら、たしかにユニークかもしれない。
ただ、和洋のブレンドなら現在のJポップでもいいし、他のアジア圏にだって洋楽とその国の土着的な音楽が混ざったポップスは存在しているはず。
和と洋が融合しただけでは、ユニークさが出るとしても、ハイクオリティーになる理由が見当たらない。
ならば、いったいシティポップのクオリティーの高さはどこに由来しているのか。
クオリティーに直結する何かがあるとしたら、それは職人技ではないかと思う。

70年代中盤から80年代初頭の日本は、演奏技術、作編曲技術が急速な発展を遂げていた。
この頃に頭角をあらわした荒井由実、山下達郎、尾崎亜美といった洋楽を愛好、研究してきたシンガー・ソングライターは、コードやリズム、グルーヴの複雑な楽曲を生み出していた。
高度な楽曲を演奏するには高度なテクニックが必要とされる。
彼らの周辺には、腕に磨きをかけたミュージシャンが集まった。
たとえば大貫妙子「SUNSHOWER」のレコーディングメンバーは一流中の一流ミュージシャンばかりで、クレジットを見ると、今ではグローバルな活躍をしている人の名前もある。

坂本龍一、今井裕、細野晴臣、後藤次利、斉藤ノヴ、山下達郎、渡辺香津美、大村憲司、松木恒秀、向井滋春、清水靖晃。

シティポップの製作現場にはこうしたミュージシャンたちが集結していたのだから、クオリティーが高いのは当然といえば当然だ。
ソング・ライティングと演奏の職人技が合わさってシティポップは成立している。

ただ、ここで疑問が湧く。
海外の音楽にも職人技はあるはずだ、と。
シティポップと同時代の音楽といえばAORやフュージョン。
このジャンルの音楽は、高い演奏技術や洗練された作曲技術によって支えられていた。
代表的な作品をひとつ挙げるなら、ドナルド・フェイゲンの「ナイトフライ」。
莫大な費用をかけ、当時のテクノロジーの粋をあつめて作られたとされるこの作品は、職人技の結晶である。
高い演奏技術、綿密な楽曲制作、最高の録音技術がどこを切ってもある。
そうなると、職人技は日本独自のものではないということになる。
アメリカにもあるし、同時代の洋楽にだってある。
当時としては普通のことではないか、と。
結局シティポップは同時代の音楽と比べると普通なのだろうか?
そんなことはないと思う。
シティポップは音づくりの過程で画期的なことをしている。
コードの解釈、音の重ね方。これらに本場の洋楽にない発想力がある。

山下達郎の楽曲はブラック・ミュージックからの影響を強く感じさせるが、本場のブラック・ミュージックではここまで細かいコードの動きがない、というものがある。
たとえば「踊ろよ、フィッシュ」。
イントロのクリシェで小刻みに動くコード進行は、歌に入ってもおさまらないどころか分数コードを伴って複雑に展開していく。そしてサビでダイナミックな同主調の転調へ突入する。
こうしたコードの動きの細かさや複雑さは、80年代のブラック・コンテンポラリー、サーファー・ディスコにはない、きわめて独特な構成だと思える。
当時のシティポップにはこの他にも、本場で使われないようなテンションコードを随所に用いた楽曲も多い。

音の重ね方も特殊だ。
角松敏生にこんなエピソードがある。
渡米して音楽プロデューサーのデイヴィッド・フォスターに会った角松は、フォスターの音づくりについて訊ねたという。
ある楽曲がフェンダー・ローズに別のエレピの音色を重ねているように聴こえた角松がそのことを指摘すると、フォスターは「いや、フェンダー・ローズしか使ってない」と答えたとか。
角松はそこで、アメリカの音楽はそんな手の込んだことをしていなかったと気づいたと語っている。
アメリカの乾いた気候のなかで録った音は、音圧が日本の高湿度のなかで録った音とは違う。
その音圧は、日本のシティポップの制作現場では「複数の音を重ねる」といった手法で再現されてきたのだろう。

もう一例出そう。
大瀧詠一はフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドを徹底的に研究した結果、フィル・スペクター本人も実践していない録音にまで踏み込んでいった。フィル・スペクターが複数で同時に同じ楽器を演奏することで厚みのある音を作ったことに対して、大瀧はさらにその演奏にエコーをかけたり音の加工を施したりと手の込んだ処理を加えた。
こうした音作りは、現在のDTMの制作方法に近い。

10年代はソフトで制作した音楽をネットにアップロードするという行為が身近になった時代。
それに伴って、世界的にマニアックな音楽制作をするトラック・メイカーやDJが増加した。
フューチャーファンクとかヴェイパーウェイヴといったジャンルの盛り上がりは、そうしたオタク的な音楽制作者たちの活躍の場になった。
オーバー・グラウンドのポップスもこの動きと連動していて、トップ・アーティストに、マニアックな音楽制作をする人が台頭してきた。
カルヴィン・ハリス、タキシード(メイヤー・ホーソーン)、マーク・ロンソン、ダフト・パンク、ファレル・ウィリアムス。
ポップ・ミュージックの世界でビッグ・ネームとなった彼らも、過去の音楽をオタク的に掘り下げている。
シティポップは、「ナイトフライ」のリリース時に外国人が耳にしたら違和感だらけの音楽と思われただろう。
ところがDTMの時代には、違和感なく馴染む。
洋楽解釈や研究、分析にやりすぎや間違いがあることが、画面で音をあれこれいじりまわす今の音楽の制作方法と似ている。
似てるからこそ、アイデアの宝庫と感じられるのだろう。つまり楽曲制作のヒントや直接的な答えになる、と。
職人技によってDTMの発想を先取りしたシティポップは、画期的な音づくりでありながら、時代のニーズに応えるクオリティーやユニークさがあった。未知の領域であると同時に、10年代の価値観にぴったりハマった。
だからシティポップは時代の潮流に乗ったのではないかと思う。

日本人が洋楽を解釈したシティポップという音楽に、外国人たちは未知の領域を見出した。
また今回のシティポップ・ブームのおもしろいところは、日本のアニメやマンガと同様に、未知の領域が「異国情緒」ではないこと(作品クオリティーの評価)だが、もしかしたら今の日本人のほうがシティポップを聴いて異国情緒に近いものを見出すかもしれない。
80年代のシティポップは、90年代の渋谷系を通って10年代のSuchmos、WONK、Yogee New Waves、LUCKY TAPESらにつながる。こうしたマニアックな音楽が当たり前のように脈々と続いてきた国内の状況下では、シティポップのマニアックなアイデアを特別おもしろいと感じることはないのでは。
ともすれば、日本人はシティポップからクオリティーよりも歌謡曲的な要素を多く感じとり、そっちを斬新なものとして受けとられるのではないかと思う。
歌謡曲が異質な音楽に聴こえるならば、むしろ日本でこそシティポップは異国情緒になる。

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