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ノンフィクションの世界を生きるということ

SEKAI NO OWARIのツアー『The Colors』新潟公演を観て

人生は、2時間半の体験で、変わることがある。
もっと言えば、たった5分の体験でも、今生きている世界の見え方が変わることがある。

 何のことかというと、“音楽を体験する”ことで、人生が変わるかもしれないということだ。もちろん、音楽だけでなく、スポーツ、読書、ものづくりなど人によって自らの人生に影響を与える体験は違うと思う。重要なのは、自分で体験すること。結局、自分を作っていく材料は、自ら経験したもの以外にはない。人から聞いた情報なのに全てを知った気になっている。小説、ドラマ、映画、漫画などのフィクションの世界で起こった出来事を、自分で体験したことだと錯覚している。これらは、自分の経験にカウントできるものではない(小説を読んだり、ドラマを見たりする行為自体は、自ら体験したことといえるが)。当たり前すぎて、鼻で笑った人もいるかもしれないが、そのことに気付いていない人もいるのだ。数日前までの私のように。

 7月20日、SEKAI NO OWARIのツアー『The Colors』新潟公演1日目を観てきた。セカオワを好きになったのはもっと前であるが、ライブを観たのはその日が初めてであった。これを書いている今はまだツアーの途中であるため、何を歌ったか、演出はどうだったか、MCで何を話していたかについては一切触れない。その代わり、たった2時間半のライブが私にとってどういうものとなったのか、そして、セカオワの音楽を好きになるきっかけとなった曲について書く。

 セカオワのライブは、ライブDVDでしか観たことがなかった。高校生の頃にセカオワを知り、歌詞に惹かれ、その世界観に魅了されていったが、勉強と部活動が忙しく、ライブに行く時間を確保することができなかった。いや、時間は作ろうと思えばいくらでも作れたが、そこまでしてでも行きたいという熱量がなかったのかもしれない。そんな中、セカオワが好きな友達から、ライブに行ってきたという話を聞いた。その子は、初めて彼らのライブに行ったらしいが、感極まって泣いたと言っていた。そうか、そんなにすごいものなんだ、ライブというのは。そう思い、DVDを買うことにした。その時に買ったのが『炎と森のカーニバル』のライブDVDだった。それを観てみると、鳥肌が立った。一曲一曲の素晴らしさのみならず、ライブならではの演出により、メンバーの魅力が溢れんばかりに伝わってきた。そして思った。ライブに行きたい。とにかく行きたい。テレビという媒体を介さず、自分の目で、耳で、彼らの音楽を感じたい、そう強く思った。そんな思いを抱えたまま過ごすこと数年、ついに今年、『The Colors』のツアーチケットが当たった。「チケットがご用意できました」という無機質な当落確認メールの文面が、「是非ライブにいらしてください」という招待状に見えてしまうほど嬉しかったのを覚えている。
 ライブ会場に入ると、これからセカオワの音楽を体験できるという高揚感と、その気持ちをコントロールしようとする冷静さが拮抗して、わけの分からない緊張感を味わった。あと30分、あと15分、あと1分…。そして、ずっとテレビの中や写真でしか見たことがなかったセカオワのメンバーが登場したとき、なぜだか涙腺が刺激されたのだった。といっても、泣いてはいない。ただ、ぐっとこみ上げるものがあった。別に疑っていた訳ではないが、あのとき友達が言っていたことは本当だったと、私のこの感情が証明しているような気がした。それからはあっという間だった。あっという間に、2時間半ほどの時間が過ぎていった。本当に、幸せな2時間半だった。時に優しく、時に感情的な歌声で魅せるFukase、表情豊かにピアノを弾くSaori、コーラスやギターなど様々な手段で表現をするNakajin、ステージ中央でどっしり構えるDJ LOVE。この4人と同じ空間で音楽を共有できたことは、一生忘れられない体験となった。

 そういえば、私がセカオワを知るきっかけとなった曲は、“スターライトパレード”だった。いい曲があるから聴いてみて、と妹に勧められて聴いたのがはじまりだったような気がする。が、しかし、セカオワの音楽をこれから先ずっと聴き続けるのだろうと確信した曲は、別にある。それは、“深い森”である。『ENTERTAINMENT』のアルバムの最後に収録されている曲だ。なぜこの曲なのかと問われても、明確に答えることはできないのだが、初めて聴いた時の衝撃が最も大きかったから、というのが理由の一つだと思う。ワルツの軽快で楽しげな曲調であり全て英詞だったことから、はじめはファンタジーな曲なんだと思っていた。でも、和訳を目で追っていくと、まるで雷に打たれたように全身に電流が走った気がした。自分がこれまで感じていた違和感にも似た感情を、こんなにも的確に表現した曲は初めてだったからだ。

《In a pet shop where life has a price tag
 We pick up and hold the lonely cat to our chests
(命に値段のついたペットショップの孤独な猫を
 人間が優しく抱きあげる)》         (“深い森”)

 私はそれまでの人生で、“動物をお金で買う”という感覚がどうも理解できなかった。ペットショップという言葉の響きも苦手だった。家でペットを飼っていなかったかったので、小さい頃から犬や猫は家族であるという概念に触れていなかったことが要因かもしれない。ペットを飼っていて、家族の一員として大切にしている方にとってはこの感覚は理解しがたいのかもしれない。でも、どうしても、動物に値段がついていることへの違和感を拭い去ることはできなかった。そんなことを考えている自分がおかしいのかとも思った。“深い森”という曲を聴いて、これまでの違和感の正体が分かったのではない。考え方を変えることができたのだ。「その違和感は間違いではないが、ペットを家族として受け入れている人を非難できる権利を持つ訳ではない。そうは言っても、お金を払って命を買うことが絶対的に正しいことだという訳ではない。誰かにとっての普通は、他の誰かにとっては違和感であることもある。」というように。この曲のみならず、セカオワの曲には正義について、命について考えさせられる曲が多い。何が正義なのか、命の価値は同じなのか。これらの問題には答えがない。むしろ、明確な答えを作ってはいけない気もするが。その意味では、“深い森”という曲は私にとって、『ENTERTAINMENT』というアルバムの“おわり”の曲ではなく、これから答えのない問いと向き合い、考え続けるように促すような“はじまり”の曲だったのかもしれない。この曲を初めて聴いた当時は深く考えていなかったが、今思えば、その曲との出会いがきっかけで、まるで深い森の中に誘い込まれるように、SEKAI NO OWARIというバンドの魅力に取り憑かれていったのだろう。

 人生は、たった2時間半の体験で、変わることがある。
随分と格好つけたことを書くものだと自分でも少々反省しているが、あながち間違っていない。私は2時間半ほどのライブで、セカオワの音楽を全身で感じて、この人たちの音楽を好きでよかったと心から思い、幸せな気分で会場を後にした。でも、それだけではなく、もっときちんと自分と向き合い、自分の選択に責任をもって生きていきたいという思いも芽生えた。私にとって今回のセカオワのライブは、人生を180度変える経験とまでは言えないが、ほんの数センチ前進させるための勇気をもらえた経験だった。音楽を聴く、ライブに行き全身で音楽を感じる、自らが楽器を演奏したり歌ったりする。これらの音楽体験は、必ず自分自身の財産となる。そして、それを材料として自分を変えることができる。つまり、体験によって人生が“変わる”のではなく、その体験を糧に人生を“変えていく”ことができるのだと今回のライブで気がついた。自分の人生は、変わるのを待つのではなく、自分で変えなければ何も変わらないのだ。だとすると、冒頭の2行は訂正する必要がある。

人生は、2時間半の体験を糧に、変えることができる。
もっと言えば、たった5分の体験でも、今生きている世界の見方を変えることができる。

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