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眠らない夜に祈りを

[ALEXANDROS]・ツアーファイナル さいたまスーパーアリーナ公演2日目に寄せて

アンコールも残すところあと2曲。肝心の4人のメンバーはというと、小さなサブステージの上でアイドルのコンサートでよく見かけるといううちわについてこの日1番くだらない会話をしていた。あーでもないこーでもない。そんなことを言い合いながら、「それじゃ」ということでバンドらしくうちわではなくそれぞれが持っているタオルをオーディエンスに掲げてもらったとき、その光景を見た川上洋平(Vo&Gt)があることをポロッと口に出した。彼は何も大それたことや珍しいことを言った訳ではなかったけれども、それは理屈なしでは簡単に語れないはずのこの日を一瞬で特別な夜へと変えてくれた魔法の言葉だった——。

《月のあかりを頼りにして/「時間」のない夜に旅立つ》(“LAST MINUTE”)

[ALEXANDROS]にとって約2年ぶりの本的な長期戦となったアルバムリリースツアー「Sleepless in Japan Tour」。ひとまず日本での集大成となるさいたまスーパーアリーナでのファイナル2日目は、拍手と歓声が波のようにグワーッと押し寄せる中、アルバムと同じ1曲目“LAST MINUTE”で幕を開けた。オープニングから波動してきた大らかな空気と残響が重なり合う不思議でアンニュイなサウンドに揺られるまま、それから程なくして眩いばかりの夜空が広がった“Starrrrrrr”をキッカケとして、私たちは様々な表情を見せる「眠れない夜」を過ごすこととなった。

《あなたに出逢えたら/心が騒ぐでしょう/「さよなら」その日まで/「いつまでも」遊びましょう》(“LAST MINUTE”)

とその前に、今改めて振り返ってみると、このアルバム制作開始は実に2年以上も前へと遡ることになる。タイトルを見ても分かる通り、メンバー4人でニューヨークはブルックリンの地で数年ぶりに共同生活を送りながら作り上げられたこのアルバム。昨年11月のリリース日、川上はこれまでのことを感慨深そうに振り返ると共に、『この作品、「届ける」という想いはもちろんあるのですが、なんとなくですが、「シェア」したいという気持ちが強くあります』とそこへ寄せる想いを綴っていたが、確かに言われてみれば、初回生産限定盤にはいくつもの曲の原型となったデモ音源がCDとして付属してきたり、ニューヨークの風物詩であるストリートベンダーのイベントとコラボして制作の合間にメンバーが実際に食べていたという思い出の味を日本で再現して振舞ったりと、私たちはリリース当初からすでに、音のみならず食の面からまでも、彼らの制作現場を知らず知らずの内にまさに「シェア」していた。しかし驚くべきなのは、それがリリース当初に限らず半年間に及んだツアーにも通ずるということ。もちろんこの日も例外でなく、それを感じ取れるような場面が大きく分けて3つほどあった。

まず1つ目。やっぱりまず最初に触れておきたいのは、今回のアリーナツアーのために準備されたという圧巻のステージセットだ。全面に広がる大きく高いレンガ調の壁には所々スプレーでストリートアートが施されており、さらによーく目を凝らしてみると、向かって左側には「Subway」と書かれた地下鉄の駅に下って行くような階段があったり、きっと街中に本当にあるのであろう街灯や消化器・標識までもがリアルに再現されていたりと、そこには今にもブルックリンの風が吹き抜けていくような居心地の良さが漂っていた。そして以前、磯部寛之(Ba&Cho)がこう明かしていた言葉にもあるように、他でもない このステージに広がっている風景こそが、彼らの心を日々震わせてきたのだ。そう思えば、イレギュラーなアリーナという場に突如出現した 行ったことも見たこともない1つの外国の街並みも、気づけばぎゅっと抱きしめたくなるようなたまらなく愛おしい空間へと変わっていた。

「4人暮らしって今までやったことある環境だし、スタジオもやってることは変わらないんですけど、周りから受ける刺激、見る景色、吸う空気は間違いなく違った」

しかし手が込んでいたのはそれだけでなく、ステージからふと視線を上げた先にある天井には4機の可動式ライトも備え付けられており、登場の時を今か今かと待ち望んでいたかのように動き出しては、宇宙船のように所狭しと緑や赤のレーザーを放っていった。特に、“Follow Me”から“spit!”、さらには“Girl A”というたった3曲で目の当たりにした見違えるほどの展開はまさに怒涛も怒涛。それはまるで地球が宇宙船に侵略されていく様子を目の当たりにしているかのような感覚で、あまりの興奮に表す言葉も見つからなかった。

そんな中で再び落ち着きを取り戻すかのようにサポートキーボード・ROSEが奏で始めたのは、“真夜中”の流麗なメロディー。それを合図にして、ここからは堰を切ったように彼らのこだわり溢れるセットの魅力が存分に開花。その手始めとして“Come Closer”ではプロジェクションマッピングのような技術を駆使してあのステージが忽ちプラネタリウムへと姿を変え、本当に大気圏に放り投げられたかのようなスケールで鮮烈な宇宙空間が目まぐるしく繰り広げられていった。次に、その余韻をくべるようにしてステージ上の街灯へ淡い光が灯った“PARTY IS OVER”では、セットとスクリーンが一体化して1つのレンガ造りの建物へと変身。そこに現れたいくつもの窓から「パッ」と口を鳴らすリズムに合わせてカラフルな色が漏れる中、ハンドマイクで花道を歩いたりサブステージで踊ってみたりと、川上は本当にニューヨークの街並みに溶け込んで散歩でもしているかのように実に気持ち良さそうにしていたが、このときの会場はというと、そこにいる全員でブルックリンでの何気ない日々を共有=「シェア」しているかのような拭いきれない身近さで溢れていた。

そして同時に彼らはこうも歌う。

《Party is over/I’m not over》(“PARTY IS OVER”)

「埼玉に季節外れの雪を」とより一層の日常感を吹き込むようにして始まったのはもちろんこの曲、“SNOW SOUND”。ずっと白の照明に照らされていた会場がパッと鮮やかなピンクへと色付いた最後の場面は、毎年訪れる冬から春への季節の変わり目でもなければ、ただ誰かにときめく恋する瞬間でもなく、「冬は必ず春となる」という言葉のように、これまで幾度となく困難を喜びへと変えてきた彼らの その最も新しい瞬間に立ち会えたかのようで、もう反射的に涙がとめどなく溢れてきた。でも、ちょうどそのあとのMCで磯部が改めて伝えてくれた感謝の言葉に、本当にどうしようもなく胸が締めつけられそうになってしまうほど、私にはこの景色を見てそんな風に感じること自体、ずーっと前から決まっていたことのように思えてならなかった。

《例えるならそれは白い音/まだまだ誰にも何にも染まってない音/いがみ合い、許し合いが折り重なり/色鮮やかなまでのメロディーになっていく》(“SNOW SOUND”)

それもそのはず、このアルバムに関わった期間というのは彼らにとっても私たちにとっても決して楽だとは言えないものだった。バンドにおいては、制作のために通った何の変哲もないスタジオに有名なアーティストがふらっと練習しにくる姿や、「CD流してんじゃねえの?」と思うほどのアマチュアバンドの高い演奏技術を目の当たりにし、街に溢れる音楽のあまりのレベルの違いに打ちのめされ、心底凹み、私たちの知らないところで悔しい想いをしたそうだ。さらに、アルバムがリリースされたという安堵も束の間、ようやく回り始めたツアーでのこと。1月末に川上の急性声帯炎発症により岡山2日目のライブが当日の直前になって急遽延期になってしまい、4月には庄村聡泰(Dr)が腰痛により療養を余儀なくされたのだ。ちょうど春フェスシーズンとツアー最中だったこともあり、バンドはその代わりに2人のドラマーを助っ人として迎えることとなったが、さあここからファイナルまで一気に駆け抜けようとしていた矢先、追い打ちをかけるかのように今度は磯部が福岡でのライブ中に派手に転倒して骨折。幸いにも腕が無事であったため椅子に座れば演奏に支障はないということだったが、彼らを襲う試練がひとつ、またひとつと続くにつれ、私は自分の中で沸いてくる感情をどんどん言葉では言い表せなくなっていった。多くの人がそのとき同じような想いを抱えていたはずなのに、一度「それは不安なんだ」と認めれば何かがガタガタと音を立てて崩れていってしまいそうで、とても口に出してはいけない想いのような気がしていた。

しかし、そんな中で足を運んだほんの数週間前のあるライブでのことだった。その日は理由が理由だっただけに一段と気を引き締めて会場に向かったつもりだったのに、いざ会場に足を踏み入れて痛感したのは、そこに集まった全員の予想を遥かに超えるほどの殺気。さっきまでの決意は無情にもあっという間に砕け去り、集まったオーディエンスのまるで一滴の水をどこまでも求めるようなその渇望感はもはや執念と化していた。でもそこにいたのは、ある理由から思いもよらず来られる運びになった人。片や、学校や仕事、家庭やお財布事情とまたプライベートな問題に向き合わなければならなくなった中にも、再びこの地に舞い戻ってくることが出来た人。そして何より忘れてはならないのが、様々な理由から来ることを泣く泣く断念せざるを得なくなってしまった人。そのどれかに当てはまる当事者でありながら、いや当事者だからこそ、1人1人の想いというのは私には到底計り知れないものがあったが、思いもよらず来られたという歓喜の裏には、やっと会えたという誰かの悲願もある。どうしても諦めざるを得なかったというこの上ない哀しみも、突き上げる悔しさだってある。でもそれが本当に自分の限りある時間をかけた末に行き着いた想いなら、私たちはそれを握り締めて、何をすればいいというのだろうか?

実はこのライブというのは、延期になってしまったあの岡山2日目の振替公演だったのだ。

《RAWR RAWR/You know/You gotta go/It’s about time to put that rages in your fist》
(対訳:ガオー ガオー/わかってんだろう/そろそろその拳に怒りを込めて)(“Kaiju”)

さて時は戻り、彼らはやっと話し始めたMCも程々に切り上げて、今度は濁流のような苛烈さ渦巻くゾーンへ突入。その火種となった“Kaiju”では《Strike it down to foes/You’re gonna sing La》(対訳:お前の敵を全員攻撃しろ/そして高らかに歌え)と投げかけられる声に続いて、会場にいる全員が《La La Li La Li La Li La La》(対訳:ラララ~ってな)と文字通りの大合唱で応え、最後に鳴る「カーン」というゴングの音に合わせて自らの頭を打ってみせた川上がその場にバタリと倒れたまま、今度は間髪入れずにものの1秒ほどで“MILK”へ。終始ドスの効いたアレンジが光る中で意外にもそこで一際目を引いたのが、カラフルなリリックムービーと会場の至る所で飛び跳ねる巨大なバルーンの演出。しかし、そこから否応なしに滲み出るポップさと滑稽さはむしろ逆の効果をもたらしており、まるで料理に振りかける悪魔のスパイスのように、彼らが《TAKE THIS AS A WARNING》(対訳:これはある種の警告だと受け取ってくれ)と言って吐く言葉にどんどんと皮肉を上乗せしていったのだ。こうして切れ味抜群のストリートモード全開の2曲であのときのライブハウスのような勢いが会場の隅から隅までフツフツと滾り渡ると、騒ぐも良し、暴れるも良し、そして何もしないも良しと前置きした上で「自分でいることがロックなんだぞー!」とありったけのでっかい声で叫んだ川上。そうして披露された“Mosquito Bite”はまさにあのブルックリンでの出来事を経て完成した楽曲であり、以前彼はインタビューの中でこの曲についてこう話していた。

「必ずしもニューヨークらしい曲だとかロックな曲を作ろうじゃなくて、自分たちがここでプレゼンしても自信満々でいられる曲を作っていこうよって。バラードでもロックでも、ポップでもいいじゃんってことを、自分の中では最初の1週間で定めた気がします」

この精神はライブに寄せるオーディエンスの感情にもきっと同じように言えることで、少なくとも毎日こうして生きている以上、私たちはいつだって楽しさや嬉しさの中だけに居る訳ではない。様々なことを味わって、悲しい思いだって、嫌な思いだってする。しかし、[ALEXANDROS]のライブにおける激しさというのは、アリーナだろうがライブハウスだろうが関係なく、頭を使って相手の心を読む心理戦でもないし、自分を守るターンが用意されている攻防戦でもない。不動のロックチューン“Kick&Spin”に《“you gotta live with what you get”》(対訳:「君は自分の手持ちで生きていけ」)という彼らからの言葉があるように、それはまさに日々感じる感情をそのまま曝け出す撃ち合いなのだ。だからこそ、曲調が激しいからという理由以前に何もしたくなければ何もしなくていいと川上は言うし、正直なありのままの気持ちにわざわざ蓋をすることもなければ、マイナスな面持ちをプラスの感情で故意に塗り固める必要もない。彼らのライブですべきことはただひとつ、謙遜も躊躇も遠慮も後ろめたさも迷いも一切かなぐり捨てて、喜びは喜びのままに、哀しみも哀しみのままに、とにかく思いの丈をすべてをぶつけること。言うなれば、分かり合ったり狎れ合うためのものでは決してない 本音の共有だ。

これこそが、私が見つけた2つ目の「シェア」だった。

そして、最後に3つ目。

本編も残りあと3分の1まで来たところで、突然ガチャガチャという機械音と共に何とサブステージの頭上からドラムセットが吊るされて登場し、花道の先端にあった彼らの踊り場があっという間にセッションスペースへと早変わり。そこで「4人よりこっちの方が気楽でいい」なんて冗談を言いながら、川上が1人でアコースティックギター片手におもむろに弾き始めたのは、彼らにとっての初めてのラブソング・“You’re So Sweet&I Love You”だった。

《オンリーワンじゃクソ食らえだ/ナンバーワンが良い/単純明快なこの歌を/世界に投げつけよう》(“You’re So Sweet&I Love You”)

曲が進むにつれて、メインステージから花道を歩いてきたメンバーが1人、また1人と加わっていって、ずっと前からファンへ歌ってきた「お前らムカつくぐらい最高だ、愛してるぜ」という意味のこの曲のタイトルを今こうして2万人を超えるオーディエンスといっしょになって口ずさんでいるという何とも不思議な光景を目にした瞬間、もう幾度となく見てきたはずなのに改めてどうしようもなく感慨深い思いが込み上げてきて、あぁここには4人がバンドを結成して多くの人に愛されるまでのストーリーがぎゅーっと詰まっているんだなと今更ながら身に染みて分かったような気がした。

そして口ずさむと言えば、あるときは「お客さんに世界一歌わせるバンドなんで」と言ってみたり、またあるときは「もっと声出せんだろー!」と一瞬本当に怒ってるんだろうかと心配してしまうほど叫んでいたりと、このツアー中 参戦したどの公演でも感じたのが、彼らのオーディエンスに歌わせることへの並々ならぬ貪欲さだった。かくいうこの日も「最初から最後まで声出してもらいます!」と言って始まった宣言通り、お馴染みの曲を中心に熱いシンガロングを巻き起こした前半戦に続いて、“明日、また”、“NEW WALL”とここでもその貪欲さを発揮。でも彼らがこんなにも自分たちだけじゃなくみんなで歌うことに、そしてみんなが歌うことに心を砕いていたということは、私たちが彼らの曲を口ずさむからこその何か大きな意味がきっとあるのだろう。

そんな中、“FISH TACOS PARTY”を終えた広い会場にオルゴールの音色が響き渡ると、歌詞と共にスクリーンに流れ始めたのは、その理由を紐解くことになる ある1つのショートストーリー——。

赤いリボンで結ばれたよくある小さなプレゼントボックスがスクリーンに映し出されると、その中に入っていたのは、今となっては懐かしのポータブルCDプレイヤー。そこにアルバム『Sleepless in Brooklyn』のCDをセットし楽しそうに聴く主人公の女の子のすぐ側では、手と足が生え 人間のように心を持ったこのアルバムが実に嬉しそうにいっしょに踊りながら、温かい目で彼女の成長を見守っていた。しかし、成長と共に便利な音楽プレーヤーを手に入れたことで、いつしか必要なくなりベットの下の収納スペースへと仕舞われてしまう、CDプレイヤーとアルバム。そうして時は流れ、大学生となり迎えた就職試験に行く道中も彼女はずっとイヤホンをして音楽を聴いていたみたいだったが、どうやらその手応えが悪かったようで、帰りの足どりはというとどうもおぼつかない様子だった。そして後日、分かっていたとはいえ、手元に届いたのは不採用の知らせ。でも“Your Song”と名付けられたこの曲曰く、《無責任な/励ましは嫌いだけど/このカラダは/そのために出来てるみたい》なんだそうで、ベッドに倒れ込んで泣き崩れる彼女の姿を見るなり、バラバラに砕け散っていたはずの欠片が1つに集まってギターとなり、他の誰でもないこのアルバム自身がそれを手にして《I’ll be by your side》と歌い始め、ただずっと励まし続けたのだ。

さらに、この後のMCでのこと。4人はデビューしたての頃、自分たちの力だけではとても動員なんてできっこないということで先輩バンドのツアーに付いて回ることになったらしいが、その迎えたツアー初日の会場というのが、この日の会場となったさいたまスーパーアリーナの近くにある小さなライブハウスだった。普段からあまり回顧的な話をせず、お涙頂戴的な美談にはしたがらない彼らだが、これまで路上ライブで1日1枚売れればいい方だったデモ音源のCDがこの日は何と70枚も売れたそうで、自分たちの音楽がちゃんと誰かに届いているんだと実感をもって感じることが出来た初めてのことだったと話す磯部の顔はあまりにも優しい表情をしていた。

《君のそばで鳴るよ/世界中の誰もが敵でも/僕は味方さ》(“Your Song”)

でも改めて彼らの曲を頭に思い浮かべてみると、そこには特に誰かを応援するための言葉もなければ、優しく慰めるための言葉もまずほとんどない。むしろ、その代わりにある自分たちを鼓舞するためだけの言葉たちを彼らが堂々と歌う姿を見れば、「何てタフな人たちなんだろう。どうしてここまで強く居られるんだろう?」といつもその凄さをつい崇めてしまいたくなるくらいなのだが、直後に「俺らは1番になります!まもなくそれを証明してみせます」と誓いを立てた後に本編の締め括りとして演奏されたある2曲が、そうした私の固定観念を見事に払拭してくれたのだ。

《大胆な作戦で/言葉にならないマスタープランで/いつだって僕達は/君を連れて行く》(“Adventure”)

じんわりとした温かいオレンジ色に囲まれながら始まった“Adventure”では、会場にいる全員が今こうして彼らの音楽を求めて聴けていることへのこの上ない感謝を込めて歌う姿がとても印象的で、《Hello Hello Hello/I wanna sing a song for you》と歌ってくれる太陽のような彼らの光を浴びて無音の海の水面が少しずつ揺れてやがて大きな波になる過程を見ているかのような光景には、心がじーんと温かくなった。そして、川上は曲が終わってもなお2万人超のオーディエンスにそのまま歌うように促すと、何と驚くことに、一回りも二回りもダイナミズムを増したそのシンガロングが曲間の橋渡しとなって、会場中に煌々と響き渡ったのだ。ちなみに次に披露されたのも《Oh~》という出だしで始まる曲であり、これは果たして彼らのアイディアなのか咄嗟の閃きだったのかは今でも私には分からないが、そうして輪に加わった1人でありながら思わず歌うのを止めてしまいそうになるくらい圧巻の歌声を聴いたとき、ここにいる全員が誰に言われるでもなくそうすることを選んだのだと確信せずにはいられなかった。しかし、 続く“アルペジオ”ではさっきまでの「全員で」という空気がガラリと一変。その代わりに、気丈に睨むようにステージの床を寒々と刺していたのは、キリッとした蒼白い光だった。

《誰の真似でもない「あなた」がいるなら/笑われても、嫌われても/染まらないよ》(“アルペジオ”)

確かに私がいつも感じている通り、このバンドの曲には彼らが自身を奮い立たせる言葉ばかりがズラリと並んでいるのかもしれない。しかし事実として、この曲の最中には夢も目標も違う何万通りもの決意を空中に掲げて歌う1人1人の姿があったように、私たちオーディエンスがひとたび彼らの靱やかな強さをいっしょになって口ずさめば、その中で歌われている決意や意志が忽ち私たち自身のものへと変わっていく。そう、つまり《君に届いた今/これからは「君の歌」》(“Your Song”)。彼らの曲を口ずさむという行為は、その瞬間から曲の中の主人公が自分自身になるということを意味しているのだ。

「広い会場なのに何かアットホームだよね」

そうして迎えた最後のアンコール。そこで川上が口にしたというのがこの言葉なのだが、私はこれを聞いたとき、ずっとステージに立っていたはずの彼がライブ中もそう思っていたんだと知ってとても驚いたと共に、本当になぜかそうなんだよなあと心の底から頷きたい気分でもあった。というのも、ステージセットを通して何気ない日常の空気を感じたり、ライブハウスさながらの熱気を凝縮させた激しい曲たちでありのままの本音をぶつけ合ったり、彼らといっしよになって歌うことで何年も何十年もお互いの人生を側で感じたり、おまけに狭いライブハウスで整理番号1番という特等席を体験させてもらったりと、「世界制覇」を目論む孤高のバンドを物理的にも精神的にもまさかこんなにも近い距離で感じられる日が来るなんて、いや実はずっと前から近くに居てくれていたんだと知る日が来るなんて、まるで思いもしなかった。

『「路線」や「方向性」という言葉がどうしても嫌いで、「らしくない」ものを作る為に ずっと模索していたんだと思います』

でも冒頭に触れた「シェア」の話の後にこうも綴っていたように、2年間 彼らがずっと探し求めていたのは、この国にいる限り保障される世間からの決まった評価や安泰なリアクションではなく、日本を飛び出して何者でもなくなった自分たちを評価するのは自分たちしかいないというまさに背水の陣そのもの状況の中で作り上げる 最高に「らしくない」楽曲だけだったのだ。であるならば、たとえ私だけの勘違いだったとしても、このツアーに参加したオーディエンスの1人が紛れもなくそう近くに感じたということは、ずっと探し求めてきた彼らの願いがここでようやくちゃんと叶ったんだという何よりの証明になるのではないだろうか。

そして、「こうして声が枯れてもこの曲は歌います!」と川上に言わしめた正真正銘のラスト1曲“ワタリドリ”の最後には、こんな歌詞がある。

《ワタリドリの様に いつか舞い戻るよ/ありもしないストーリーを/いつかまた会う日まで》(“ワタリドリ”)

それは、今 目の前で終わったはずの「Sleepless in Japan Tour」が、「眠れない夜」から「眠らない夜」へと姿を変えた瞬間だった。

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