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BUMP OF CHICKENが好きだということを思い出した日

生きていて良いんだと思えた日のこと

いつの話になるだろうか…もう数年、いや十数年昔の事になる。生きる事全てに疲れ果て好きな事があったのかさえ思い出せないそんな毎日を仕方なく送っていた初夏の頃…大きな病気にかかった。すぐに手術が必要だった。

なんだよ…もう極めつけにはコレかよ…手術なんかしないで放置しておこう。どーでも良いんだから…と自分だけ密かに明日が来なくて良いと覚悟を決めた。

心配した家族という名の私の苦手な人達が、どうしてだろうか詳細を知ることになるのは、それから1週間も経たなかった…
何だよもう。何なんだよ。めんどくさい…それしか思わなかった。あっという間に手術の日が決まった。4時間の手術で術後の急変もありえる。と言う話だった。正直ハイハイと言う感じだった。

その日が来た。変な術着に着替えて、家族と言う苦手な人達に見送られながら「じゃ!!行ってくるわ」と手を振ると…その人達は大きな声で泣いていた。私は明日が来ないかもしれない事に笑顔だった。4時間の手術は大幅に伸びて8時間後、沢山の管や装置に繋がれた私を見て、家族と言う苦手な人達は笑っていた。助かったことに、良かった!!良かったね!!と笑っていた。

目が覚めて、私は泣いた。目が覚めて今日が来たことに泣いた。今日が来ない事を楽しみにしていた。生きていたこと。またこの世界で生きないといけないこと。大人なのに年甲斐も無く大きな声で泣いたんだ。

生きていたことに絶望して術後熱発して寝たきりのまま耳に入ってきたBUMP OF CHICKENのアルバムの話。
へぇ…BUMPアルバム出るんだ。そう言えば、好きでCD買ったことあったよな。。と思った。
お見舞いに来た家族に、BUMP OF CHICKENのアルバム出るんだけど買ってきてくれないかな?とお願いした。
present from youだった。
入院中毎日聴いていた。イヤホンから流れる藤原基央の声は優しかった。心地よかった。

退院して帰りたくない家に帰った…毎日抜け殻だった。
起きて掃除洗濯アイロンかけ。ご飯作り。送り迎え。
嫌だった嫌悪感しか無かった。生きたくなかった。
そんな毎日を仕方なく生きていた。

そんな毎日の中で、どうした事だったか、BUMP OF CHICKENのLIVEに行くことになった。へぇ…BUMP好きだし行くか!!と私は久しぶりに家から解放されLIVEに行った。知らない街で右も左も分からない。新鮮だった。GGTアスティ徳島だ。飛行機やバスに乗って遠征した。楽しかった!!初めて聴いたBUMP OF CHICKENの生演奏。鳥肌が止まらなかった。
 

度肝を抜かれた。全身全霊で音楽を聴いた。
足の裏から身体に生きてる証拠が走った。

私は変わった。帰って仕事を探した。資格も取った。外に出た!!
嫌いな人や物は捨てた!!苦手な人達とは不器用にも上手くやって行こうと決めた。

毎日、BUMP OF CHICKENの音楽を聴いた。
LIVEがあれば当たったところに飛んで行った。

思い出した。
幼い頃、繁華街の街の中に住んでいた。近所中の人が顔見知りで街を歩けばお菓子を貰い、人懐っこくて可愛がられていた。好奇心旺盛で明るい女の子だった事。

いつの日からか人の目を見ただけでその人の事が分かってしまう。空気を読みすぎる。誰も信じない。人が苦手。そんな人になってしまった。こんなんじゃない!!嫌だ!!そう思った。

もうきっと多分大丈夫
どこが痛いか分かったからね
 

ああ、なぜ、どうして、と繰り返して
それでも続けてきただろう

そう藤原基央が唄ううちは私は生きていたいと思う。
ここに自分や誰かのこんな事を分かって唄にして届けてくれるこの人達が唄ううちは私は生きていたいと思う。

あれから、毎日聴いている。
そしてあの日から、もう悲しくて泣いた事は1度もない。

そしてまた、BUMP OF CHICKENに会いにいく。
全身全霊で音楽を聴いて、ありがとうを伝えたい。
聴こえなくても、きっと彼らには届いていると信じている。

私にもあった。
好きな事。
好きな人達。

そんな自分のこと、今はあの頃より少しだけ好きになった。

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